第103話 最後まで苦しんで

 僕は間に合わなかった。


 アウリエルたちを守ると言っておきながら、謎の男に襲撃されたことでアウリエルたちと分断される。


 すぐに封印を解放して彼女たちの救援に向かうが、その時にはすべてが遅かった。


 アウリエルとエアリー、ノイズは辛うじて無事だったが、この異世界で初めて会った住人——ソフィアが絶命していた。


 心臓の鼓動も動きを止めていたし、体温も恐ろしく下がっていた。間違いなく死んでいた。


 それを理解するや否や、僕の中で小さな枷が外れるのがわかった。


 襲撃者の男は強い。


 僕が封印を解除してレベル1000になっても勝てなかった。


 だから残り三つの封印のうち、二つを解除してレベル5000になった。


 そこでようやく、謎の襲撃者を圧倒できるようになる。


 ステータスのすべてが相手を上回った。ほぼ一方的に男をぶちのめす。


 けれど、いくら男を殴っても、なぶっても気分は晴れなかった。


 ずっとソフィアを失った痛みに苦しむ。


 コイツを虐めたところで変わらない。コイツをボロ雑巾のようにしたところで帰ってこない。コイツを殺してもソフィアの気持ちが晴れるかわからない。


 むしろ、一方的に暴力を振るう僕を見たら、ソフィア傷付くかもしれない。




 しかし、許せないのもまた事実だ。


 罪を償わせるとか、暴力に暴力はいけないだとか、そういう倫理的な話は届かない。


 ひたすらに相手が憎い。たとえソフィアがそれを願っていなくても、僕がコイツを許せない。


 全身を引き裂いて、骨を砕いて、何度殴っても足りない。憎悪が内側から永遠に湧いてくる。


 喉を潰し、叫べなくさせて、地面に転がる男の背中を踏みつけた。


 逃げようとするなよ。ソフィアは逃げなかった。逃げられなかった。


 お前も同じ目に、もっと酷い目に遭うべきだろう?


 悲しみの連鎖を受け入れろ。僕の怒りを受け止めろ。




 そうでなきゃ……さっさと死ね。




 めりめりと僕の足が男の背中を歪める。骨が少しずつ折れていく音が聞こえた。


「ぐあああああ! や、やめろおおおおお!」


 男が苦しむ。もう喉が回復したのか。


 けど、これはこれでありだな。苦しそうに叫ぶ姿が、逃げられない状況と相まって悪くない。


 そう思い、今度は喉を潰さないままさらに力を落とす。


 次第に、ポキ、バキ、という音が響いた。


 音が鳴るたびに男は叫ぶ。口から血を流し、無様に命乞いを始めた。


「た、頼む……ころさ、ころ、殺さないで……くれ」


「なぜ?」


「いや、だ。嫌だ。死にたく、ない……」


「どうして? お前は殺したじゃないか。僕の友人を。この世界で最も大切な存在を。そんなお前を、僕が生かす意味はどこにあるっていうんだ? 答えてくれ。そこまで言うお前の価値ってなんだ? 僕にはわからない。お前が憎くて憎くてしょうがない。もっともっともっと苦しみながら死んでほしい」


 お前を許したところでソフィアは帰ってこない。


 あの笑顔をもう二度と見ることはないし、お前を許せるはずがない。


 むしろ、頼むから絶命するまで苦しんでくれ。


 男の叫びが、苦痛こそがソフィアへ送る最後のプレゼントだ。




 さらに体重をかける。


 すると、強化された僕の脚力が、あっさりと男の胴体をぶち抜いた。


 ぐちゃりと内臓を踏みつけて血の海を作る。


 心臓は潰してない。デタラメな再生能力を誇るが、外見は人間のそれだ。内部構造も人間とまったく同じらしい。


 いくつかの臓器は死んだが、それでも心臓と脳があるかぎり男はなかなか死なない。


 ぴくぴくと痙攣を起こしながらも男は生きていた。


「へぇ……すごいね、お前。けど、さすがにそろそろアウリエルのもとに戻らないといけないかな? この辺りのモンスターは僕を恐れて逃げたけど、いつまでも放置するのは可哀想だろう?」


 溜飲が下がって少し冷静になる。


 今ごろ、アウリエルのスキルでみんな回復してる頃だ。


 探知によると、数キロ圏内にモンスターの気配はない。僕が能力を解放したことで、魔力か存在感に気付いたモンスターたちが脱兎のごとく逃げ出した。


 もしくは、この男による仕業か。


 どちらにせよ、アウリエルたちが安全なうちに迎えにいくべきだろう。


 僕の燃え滾る憎しみはまだまだ尽きないが、少しだけ、ほんの少しだけ冷静になったから。


「反応も薄くなったし、特別におまえの罪を許してあげるよ。さようなら」


 聖属性魔法スキルを発動する。


 凝縮された小さな太陽が、ゆっくりと男の体に近付く。


 いまもなお再生している男の体に、小さな小さな熱の球体が触れて————。


 ボウッ!


 一瞬にして男の体が燃えた。


 最後の最後で苦痛に男がもがく。足を離し、僕は踵を返す。


 くれぐれもこれまでの行いを悔い改めてくれ。


 あえて再生力が追いつかないギリギリで燃やしてある。


 断末魔の叫びが、森の中に響いた。それをBGMに、ゆっくりと僕はアウリエルたちのもとへ戻る。


 道中、男の声が聞こえなくなる頃には、すっかりいつもの自分を取り戻していた。


 いつまでも不機嫌のままじゃ、アウリエルたちに心配される。


 もう一度、ソフィアの亡骸に向き合う時がきた。

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