第90話 裸の付き合い

 早朝、眠気覚ましに風呂に入りにいくと、後からそこへアウリエルまで混ざってきた。


 タオルすら巻かずに裸であらわれた彼女は、僕の羞恥心など気にした様子もなく隣に座る。


 恥ずかしいやら嬉しいやら、複雑な気持ちに僕が耐えられるはずもなく、


「残念だけど、そういうことなら僕は先にあがるね! 貸切なんだし、アウリエルは存分に楽しむといいよ! じゃ!」


 そう早口にまくし立てて浴室から出ようとした。


 しかし、その腕を彼女が掴む。


 ぐいっと逆方向に引っ張られ、つるりと足が滑る。


 まっすぐにアウリエルのほうへ倒れこんだ僕は、柔らかな感触を肌で感じながら目を開けた。


「いたたた……って、痛みは感じないけど」


 倒れた際に膝を床に打ったがダメージはない。


 自分のレベルの高さに助けられたな。


「大丈夫、アウリエル? 急に倒れたからどこか痛めて……——ッッッ!?」


 咄嗟に目を瞑った僕の視界が開かれると、眼前にいっぱいの肌色が広がった。


 柔らかい感触は、彼女自身の体だったのだ。


「~~~~~~!」


 すぐに目を横に逸らす。


 アウリエルの豊かな胸はもちろん、腕や脇、腹部やその下にいたるまでバッチリ記憶に焼き付けてしまった。


 顔がみるみる内に真っ赤になるのが解る。


「ま、マーリン様? マーリン様のほうこそ平気ですか? 申し訳ありません、咄嗟に腕を掴んでしまって……」


「そ、そんなことより! いろいろ見えてるから隠したほうが……!」


「隠す? わたくしの体に隠すべきところはありません。余すことなく見てください、マーリン様。マーリン様のためにしっかりと毛の——」


「ああああぁぁぁ————!! ストップ! だからストップだってば! そういうことを男の前で言っちゃダメだよ!」


 前にも同じような場面があったな、などと現実逃避しながらも彼女の言葉を遮る。


 アウリエルに羞恥心はないのか?


 全裸な上、異性に圧し掛かられ、すべてを見られても平然とした声色が返ってくる。


 耳年増なのか、特別羞恥心がないのか。


 どちらにせよ僕にとっては厄介だった。


 そそくさと冷静に、彼女のそばから離れる。


「あら……もういいのですか? マーリン様ならいくらでも触れて、見ていいのですよ? マーリン様だけ特別です。他の殿方が見たら処刑します」


「物騒すぎる……」


「これでも王女ですからね。同じ王族ならともかく、貴族程度が見ていいものではありません。わたくしとしては、マーリン様以外の方に見せる予定もありませんが」


 距離が離れたことで少しは全身に巡った熱も落ち着いた。


 深呼吸を一回だけ挟み、再び立ち上がる。


 腰に巻いたタオルが取れそうになったが、立ち上がる前にきつくまき直して踵を返す。


「とにかく、僕はアウリエルと一緒に風呂には入れないよ。そういうのは、もっと親密になってからじゃないと」


「つまり親密になれば、あんな事やこんな事までしていいと!?」


「ポジティブゥ」


 彼女のそのやる気は一体どこから湧いてくるのだろうか。


 声色だけでも、嬉々とした表情を浮かべているのが解る。


「あくまで僕たちが仲良くなれたら、ね。いまはただの王女様とその護衛だよ」


「構いません。マーリン様のその紳士な対応は、むしろ好感度アップです。ただ……もう少しだけ、わたくしに時間をいただけませんか?」


「時間?」


「はい。せっかく胸襟を開いているのです、もう少しだけお話をしましょう。マーリン様には色々と聞いてほしいことがあるんです」


「それって大事な話なの?」


 大事じゃなかったら後にしてほしい。


「あまり大事とは言えませんね。個人的なわたくしの話ですし。でも、部屋でするには空気が悪くなるかもしれません」


「……そういうことなら、まあ、僕も風呂には入りたかったし……」


「! ありがとうございます、マーリン様」


 ぱあっ、とアウリエルの声色が喜びの色に染まった。


 まだ聞くとは言ってないのに純粋な子だ。


 けど、今さら退くこともできず、ひとつだけ離れたところに腰を下ろし、体を洗いながら彼女の話を聞く。


 アウリエルの話は、基本的に身の上話だった。


 自分の過去やほかの兄姉きょうだいとはどういう関係なのか。


 国王陛下がどれだけ自分を甘やかして、愛してくれているのかなどを聞いた。


 最初はただの自慢話かと思っていたが、次第に話の内容は彼女の思想、理想へと変わっていく。


 すると彼女の中には、世界が平和であってほしいという願いが溢れていることに気付く。


 心の底から人類の幸せを願っていた。


 それを聞くと、自分にもなにか一つくらい手伝えることがあるのかもしれない——と思うくらいには、彼女の話に引かれてしまった。


 まずいな。アウリエルのヤツ、話が上手い。


 ついつい三十分くらいは耳を傾けてしまった。

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