第83話 マーリンの秘密
「マーリン様が、先ほど2級危険種のワイバーンを倒してきたんです!」
「……は?」
ドヤ顔を浮かべてアウリエルがハッキリとそう告げた。
正面に座るヴィヴィアンの思考が、一瞬にして停止したのがわかった。
ティーカップを片手に呆然とこちらを見つめている。
「わ、わわ、ワイバーン……? なんの話? なにを言ってるの?」
「ですから、セニヨンの街の近郊にワイバーンがあらわれたんですよ」
「あなたたちの勘違いとかじゃなくて? 鳥を見間違えた、とか」
「あんな大きなバケモノを見間違える人がいるのなら、ワタクシはぜひ見てみたいですけどね」
「……ほ、本当に? 本当に、ワイバーンが出たの?」
にこりと微笑むアウリエルに、汗を流したギルドマスター。
しばらく見つめあったあとで、ギルドマスターが手にしていたティーカップをテーブルに置いた。
深い、それはもう深いため息が漏れる。
「なんで……なんでまたウチにそんな凶悪なモンスターが……! つい最近、マーリンくんのおかげでアラクネを倒せたっていうのに!」
「落ち着いてください、ヴィヴィアン。件のワイバーンは、マーリン様が倒してくださいました。そこまで気にすることでもありませんよ」
「そういえばそんなこと言ってたわね……。アラクネを素手でボコボコにできるくらいだから、倒したって言われても信じるけど……君の強さにはもう呆れちゃうわ」
ようやく苦笑してくれたギルドマスターが、子供みたいな目でこちらを見る。
その瞳の中に、尊敬や憧れのような感情が見えた気がした。
「マーリン様の戦いは、それはもう素晴らしいの一言に尽きます。あの凶悪なワイバーンを触れることなく倒したのですからね!」
「触れずにワイバーンを……? たしかワイバーンは、風をまとうから遠距離攻撃が効きにくいって聞いたけど」
「ええ。最初はマーリン様の聖属性魔法スキルによる攻撃も、風に邪魔されて届きませんでした。あれはかなり厄介ですね」
「それならどうやって……」
「どうやらマーリン様は、ワタクシと同じスキルを持っているようですよ」
「あなたと同じスキル? それって……もしかして〝魔力操作〟?」
「ええ。幸いなことに僕もアウリエル王女と同じスキルを持っていました。それを使い、ワイバーンの風や飛行能力を乱し、地面に落としてから討伐したんです」
最後は僕自身が答えた。アウリエル王女はニッコニコである。
「またずいぶんとパワーに溢れた戦法ね……」
「力こそ正義と言いますし、強者にしかできぬ戦い方です。……でも、一つだけ気になる点も」
「気になる点?」
アウリエルの疑問に僕は首を傾げる。
どこか確信のようなものを抱く彼女に見つめられたまま、アウリエルの返事を待つ。
「……最初、ワタクシの魔力操作のスキルをお見せになった時、マーリン様は驚いていました。まるでそのスキルを知らなかったかのように」
「——ッ」
核心を突かれる。
彼女の言うとおり、僕はアウリエルのスキルを見て驚いた。便利なスキルだと教えてもらった。
今さらながらに、それを平然と使った自分自身の考えなさに心を痛める。
そして、アウリエルは確実に答えに近いものを持っている。
僕が、望んだスキルを得られる、ということを。
「不思議ですよね。スキルを持っているのなら、その扱いは知っていて当然。それこそが神のもたらした奇跡の恩寵。戦いの最中に習得でもしないかぎり、あの時おどろくはずがないと思うのですが……マーリン様、教えてもらえますか?」
「そ、それは……その……」
やっぱり彼女は答えに行き着いていた。
僕がワイバーンとの戦闘の最中に、スキルを覚えたことも気付いている。
想像でしかないだろうが、僕ならそれくらいできるという自信が彼女の瞳の中にはあった。
どうする? 話すか?
しかし、これは僕の秘密に該当する問題だ。特に彼女にスキルの習得や強化の条件を話せば、また神様の話が始まる。
かと言って誤魔化す理由もまた、いまの僕には浮かばなかった。
「——なんて。ただの冗談です。マーリン様は最初からスキルのことを知ってて、ワタクシのためにわざと知らないフリをしたのでしょう? 驚かせたくて」
「……え?」
きゅ、急にどうしたんだ?
つい今しがた、こちらを蛇のように鋭く見つめていたはずなのに、一瞬にして剣呑な空気はどこかへ消えた。
普段の明るくおおらかな彼女の雰囲気に戻る。
ニコニコと笑みを浮かべて続けた。
「マーリン様は人を乗せるのが上手いですね。ワタクシ感心しました。……さて、そろそろ雑談も終わりにして、ヴィヴィアンにワイバーンを見せましょう。あなたも気になっているんでしょう?」
「そうね。実物をこの目で確認しておきたいわ」
「では決まりです。仲良くみんなで行きましょう」
パン、と両手を叩き、先ほどまでのことはなかったかのようにアウリエルは立ち上がる。
僕とギルドマスターもそれに続き、なんとか不穏な空気から脱することができた。
しかし、本当に彼女は……彼女のあの言葉は、冗談だったのだろうか?
わずかに燻る心を、グッと抑えて見ないようにした。
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