第82話 王女様は欲望に忠実
「ま、まさかギルドマスターがエルフの王女様だなんて……知りませんでした」
アウリエルからもたらされた情報によって、彼女、ヴィヴィアン・ティルタニアが、エルフの国の王女であることが判明した。
そんな相手と気安く接していたかと思うと、今さらながらに肝が冷える。
「そう畏まらないで。いまはただの、小さな街の冒険者ギルドのギルドマスターよ。里を抜けた時に王女っていう肩書きは捨ててきたわ」
「そんな簡単に捨てられるものでもありませんよ。あなたの父親だって、本当はあなたを連れ戻したいと思ってますもの。そうでなきゃ、逐一こちらに手紙を送ってきませんし」
「うっ……」
アウリエルのジト目に狼狽えるギルドマスター。
どうやら彼女は、相当父親に大切にされているらしい。エルフの里とやらから抜け出してもなお、しっかりと両親は心配していると。
それでも無理やり連れ戻しに来ないのは、ヒューマンへの体裁か、もしくは……父親として不器用さなのか。
実の娘に甘いという線もあるが、どちらにせよ僕には関係のない話だった。よそ様の家庭の事情に首を突っ込むつもりはない。
「あの人、まだ手紙を送ってくるの? しつこいわね……あんな男と結婚するのは絶対に嫌よ!」
「なんでしたっけ? 顔だけのクソ野郎、とかなんとか言ってましたよね」
「アウリエル?」
いきなり何を言ってるの、君。
僕の聞き間違いでなかったら、一国の王女さまの口から、「クソ」とか「野郎」とかいう単語が聞こえた気がする。
ちらりと彼女を見ると、アウリエルは恥ずかしそうに視線を逸らした。表情にやや赤みが加わっているが、照れるくらいなら言わないでほしかった。
王女さまの幻想が粉々である。
「クズ、ゴミ、クソ、カス野郎ね」
「ヴィヴィアンさん!?」
僕が動揺したのも束の間、ギルドマスターがさらに酷い単語を並べ立てた。
本当に王女さまで女性ですか!? と言いたくなるのを堪える。
「ごめんなさい、マーリンくん。でもね、私の婚約者のことを知ったらその気持ちが理解できると思うわよ。あの男……有力者の息子だからっていっつも調子に乗って。自分が世界で一番偉いとでも思っているのかしら? 反吐が出るわ」
反吐まで出てきました~。もう僕は気にしないことにする。
「……というより、さっきから何ですかその呼び方」
じろり、とアウリエルがヴィヴィアンさんのことを睨む。
ギルドマスターはワケがわからず首を傾げた。
「呼び方?」
「マーリンさまに対して『くん』? なぜ、そんな親しげに呼ぶのです。マーリンさまがどれだけ尊い存在かわかっていますか? いえ、わかっていたら『くん』などとは言えないはずですそうに決まっています!」
カツカツと靴音を鳴らして机の前に移動すると、アウリエルはバッと両手を上げてから机をおもいきり叩いた。
バシーン、と衝撃を受けた机がわずかに揺れる。
ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返して、ギルドマスターの表情が一気に暗くなった。アウリエルの背中越しに、「ああ……めんどくさい事になった」という彼女の感情が読み取れる。
「別にいいじゃない、マーリンくん。本人だって気にしてないんだし。そもそもマーリンくんはただのヒューマンよ? 気持ちはわかるけど落ち着きなさい」
「これが落ち着いていられますか! マーリンさまのことをなにも知らないのですね! 目の前でアラクネが討伐されたのを見たのでしょう!? それを見てもなお、マーリンさまのことをただの一般人だと言うのですか!? ちなみにワタクシはその際の話をもっと詳しく聞きたいと思ってました。メモするのでしっかり余すことなく教えてください」
「後半に欲望がだだ漏れじゃない」
まくし立てるようにギルドマスターへ説教したかと思うと、すでにその途中から自分の欲求を差し込んできて。
聞いていて、途中、「ん?」と疑問符を浮かべてしまった。あまりにも自然に話しに混ぜるものだから、こちらの聞き間違いかと思ったくらいだ。
しかし、事実。
鼻息を荒くしたアウリエルを見て、ギルドマスターのヴィヴィアンさんは深いため息をつく。
「あなたがどう思おうと勝手だけど、それを私にまで押し付けてこないでくれる? そんなんだから狂信者って言われるのよ」
「そう呼んでるのはあなたでしょう? ワタクシだって人を選んで喋ります」
「隠しなさいよ」
「恥ずべき汚点ではありません! マーリンさまへのこの気持ちは、誰よりも尊く強いものだと自覚しています! その上で少々、過激な口調になってしまいますが」
「ぜんぜん少々じゃない。ぜんぜん」
「ヴィヴィアンは一言余計です! あなたにしか迷惑をかけていないのだからこれくらいは許してください!」
「私にも配慮しろ」
やれやれ、と肩を竦めるアウリエルに対して、ギルドマスターは頭を抱えた。
なんだかんだ言って、王女同士仲がいいっぽい。見ていて面白かった。僕の話ではあるんだけどね。
「十分に配慮しています。だからこうして話ができるんですよ」
「配慮してなかったらもっと酷いのね……それならありがとうと言っておくわ」
「ふふん。感謝するのはまだ早いですよ、ヴィヴィアン。マーリンさまがこの街の危機を救ってくださいました。そちらのほうが、よっぽど感謝すべきかと」
……ん? ようやく本題に入るっぽい。僕も忘れていた。
「この街の危機? なんの話?」
「マーリンさまが、先ほど2級危険種のワイバーンを倒してきたんです!」
「…………は?」
ドヤ顔を浮かべてアウリエルがハッキリとそう告げた。
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