第28話 浄化

「聖、属性魔法スキル……」


 半透明のウインドウこと神様メッセージを見て、僕は完全に思い出した。


 そう言えばノイズのサポートをするために、そんなスキルを取った覚えがある。


 スキルを脳裏に思い浮かべると、たしかに自分はそういう力が使えるのだとわかった。


 けど、危ない危ない。完全に忘れていた。


 神様メッセージがなかったら、もしかすると思い出せなかったかもしれない。


 内心で神様に感謝を告げる。


 そして、お茶を飲んでいたソフィアに声をかける。


「ねぇ、ソフィア」


「? はい」


 彼女はコップを置いてこちらを見る。


「ソフィアに聞きたいことがあるんだけど、真面目に答えてくれるかな?」


「聞きたいこと、ですか?」


「うん。実はね……僕には≪聖属性魔法≫スキルがある」


「——せ、聖属性魔法スキル!? 持ってるだけで聖職者になれるという、あの?」


 え、そうなの? それは知らなかったなあ。


「……ごめん、それは知らなかった。でも、ソフィアが想像してるとおりのスキルだと思うよ。それで、本題はここからなんだけど……。もしも、僕がキミのお姉さんの病気を治せるとしたら……どうする?」


 素直に尋ねる。


 するとソフィアは、椅子から立ち上がって即座に土下座した。


 床に頭をこすり付けながら精一杯の誠意を見せる。


「お、お願いします!! どうか、どうかお姉ちゃんを助けてください! 私はどうなっても構いません! 奴隷でもなんでもします! 一生をかけてマーリン様に尽くします! だから、お姉ちゃんを……!」


「ま、待って待って! 落ち着いてソフィア! いきなり話した僕が悪いんだけど、さすがに土下座はやめよう?」


 慌てて彼女の体を起こす。


 だが、ソフィアは涙を浮かべながら立とうとはしなかった。


 繰り返しボクに姉の治療を、と願う。


 そこまでしなくても最初から無償で行う予定だったのに……。


 余計な真似をするな! とか言われたら嫌だったから、一応聞いてみただけだよ。


「最初からソフィアが治療を望むなら僕はするつもりだった。ソフィアも少しくらいはわかるんじゃないかな? 僕が、キミに頭を下げられて喜ぶような人間かどうか」


「マーリン様……」


 ぼろぼろに顔を歪めながら、ようやく下げていた頭をあげる。


 お互いの視線が交差し、僕は穏やかな笑みを見せた。


「僕はソフィアを助けたい。ソフィアには笑顔でいてほしい。君がいてくれたおかげで、僕はこうしていまここにいる。ソフィアは恩人で、僕にとってかけがえのない存在だ。だから、そんな真似はしないでくれ。ただ僕を信じて頼ってくれ。頼れるお兄さんでいたいんだ」


「ま、マーリン、様は……ずっと、ずっと! 頼れるお兄さんです。むしろ、私、ばっかり……お世話に、なって……!」


 ソフィアの涙が止まらない。


「自分を卑下するのはよくないよ。本当に、本当にソフィアにはお世話になってるんだ。感謝しているんだ。だから、少しは頼って?」


 彼女を抱きしめる。


 小さな嗚咽が漏れるが、優しく背中を撫でながらすべてを受け止めた。


 しきりに胸中で「ごめんなさい、ごめんなさい!」という声が聞こえる。


 だから僕は、繰り返しこう答えるんだ。


「いいよ。いいよ。お姉さんに笑顔を向けられるように、いまのうちに泣いておくといい」


 しばらくのあいだ、リビングにはソフィアの泣き声が聞こえ続けた。




 ▼




 ほんの数分でソフィアは復帰した。


 赤く腫れた目元を隠しつつ、再び僕を姉の部屋に案内する。


 ソフィアの姉は、なにがあったのかと妹に尋ねた。


 すると、ソフィアは笑みを浮かべて答える。


「あのね……あのね、お姉ちゃん。いまね、マーリン様がね……」


 そう切り出して、治療の件を伝えた。


 すると、彼女の姉までもが涙を流して懇願してくる。拙い言葉で、「お願いします……お願いします」と。


 そこまで言われて今さら断るほどゲスじゃない。


 こくりと頷いて、僕は彼女に近付いた。


 頭に手を添えると、聖属性魔法スキルを唱える。




「————≪浄化ディスペル≫!」




 ぱぁっと、彼女の体が黄金色に輝く。


 光は全身を包み、やがて僕の手のひらへ吸収されるように消えた。


 しばしの沈黙が部屋に流れ、やがてゆっくりとソフィアの姉が上体を起こす。


 自らの体を見下ろし、次いで、僕とソフィアを同時に視界に捉えた。


 どこか震える声で、彼女は言う。




「く、苦しく……ない?」

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