第6話 街に到着

 踏み固められた街道をソフィアと肩を並べて進む。


 オレンジ色の夕陽に照らされた景色は、そこが異世界だということを忘れるほど長閑のどかだった。


 やがて町を囲む外壁のそば、突き当たりの大きな門のまえに数人と馬車による列ができていた。ちらりと真横にいるソフィアへ視線を流すと、それに気付いた彼女が説明および補足してくれる。


「あれはセニヨンの町に訪れた行商人や冒険者、孤児たちですね。この町はそこそこ王都にも近いほうなので遠方に比べれば人は意外と来ます」


「ふうん……それで、あの列に並ばないと町には入れないのかな?」


「はい。正門を守る衛兵の方に身分を証明できるもの、あるいは銀貨三枚を払えば町の中に入れます。私の場合は冒険者カードがあるので……って!」


 そこまで言ってバッとソフィアの顔が横を向いた。微妙に焦った表情で続ける。


「マーリン様……なにか身分を証明するものなどは……」


 その問いに、僕はわかりやすく顔を歪めてふるふると首を左右に振った。ソフィアの顔色まで悪くなる。


「そうなると銀貨三枚ですね……。あの、その……よければゴブリンから守っていただいたお礼と、護衛のお礼に……」


「ちょ、ちょっと待って! 確認するから!」


 たまらず彼女の台詞を途中で阻む。


 ソフィアは僕がお金を持っていないとは思っていないようだが、受けた恩を全力で返そうとしてきている。実際には手持ちなどない。路銀どころかそもそも銀貨ってなに? ってレベル。


 これはまずい。こちらの動揺をソフィアに感付かれないよう気を付けながら、ローブの内側をまさぐる。この異世界に着た時から着用していた白色のローブは、表面に細かな金色の装飾が施されている。見れば見るほど高そうなのに、それを神様? に渡された僕の懐は、いくら漁ろうと埃のひとつだって出てこない。


 同色のシャツに黒いズボン。新品同様でありながら一文無しとはこれいかに。


 もうさ~……神様って意外と鬼畜なんじゃないの?


 そう思い始めた時、まるでこちらの心を読んだかのように、目の前にあの半透明のウインドウが現れた。


『スキル≪インベントリ≫:専用の異なる空間に自由にものを出し入れし保管できるスキル。転生特典のひとつとして個体名≪マーリン≫に与えられたスキル。中に金貨が五十枚と銀貨が十枚はいっている』


 …………なるほど?


 どうやらこの展開も神様? の中では予想どおりだったらしい。そう言えば最初にステータスを見たときにスキル欄にそんな名前のスキルが載ってた気がする。


 あと、僕はこの異世界に転生したらしい。かなり重要な単語がさらっと流されていた。うん、まあなんでもいいんだけど。


 改めて僕は、もやもやする気持ちを隅に追いやって心の中でスキルを唱える。スキルは意識さえすればわざわざ口に出す必要はないと前のメッセージに書いてあった。それを実行してみる。


 すると、


「……ん? おお!」


 目の前の空間がわずかに揺れた。そして、どす黒い穴のようなものが現れる。本能がその現象を理解する。始めから知っていたかのように躊躇なく穴の中へ手を伸ばした。柔らかい水中のごとき抵抗力を感じながらも、指先がなにかに触れてそれを掴む。グッと内側へ引っ張ると、穴の中から安物の小さなポーチみたいな袋が出てきた。紐を緩めて中身を確認すると、何十枚という二色の硬貨がはいっていた。


「便利なスキルだねぇ……これはいい。なにかと旅をするのに役立ちそうだ」


 僕が満足げに袋の口を縛ると、それを横で見ていたソフィアがあんぐりと口を開いて固まっていた。どうしたのかと声をかけると、彼女は若干震える声で言う。


「い、いい今の、≪インベントリ≫ですか!?」


「あ、知ってるんだ。わりと普通のスキルだったりする?」


「ぜんぜん、まったく、そんなことありません!」


 勢いよく首を横に振って力強くソフィアが否定する。


「インベントリはかなり希少なスキルって聞きました。まさかマーリン様が使えるとは……私自身、使える人を見るのは初めてです……」


「へぇ、そうなんだ……こんな便利なのにもったいない」


 スキルには希少かどうかも関係してるらしい。ひとまず≪インベントリ≫とやらは希少みたいだが、僕の他のスキルはどうなんだろう? 転生特典っぽいし、たぶん全部希少なんだろうなあ。


 過保護だと思えるくらいの待遇に内心で感動していると、いつの間にか僕たちの順番がまわってきてた。前方から騎士の男性に声をかけられる。


「次で最後だな……君たち、身分を証明できるものの提出を。無ければ銀貨三枚を払ってくれ」


「はい」


 慣れた動作でソフィアが手にした冒険者カードを提示する。表面に書かれた文字を見つめて騎士の男はこくりと頷いた。


「協力感謝する。通ってよし」


「ありがとうございます」


 お礼を言ってソフィアは先に門の中へと進んだ。続けて僕の顔を見た騎士の男性が、なぜか舐めるようにじっくりと観察してから、


「…………やはり……」


 と小さく呟く。僕が頭上に≪?≫を浮かべて首を傾げると、そこでハッと意識を取り戻して「ごほん」と咳払い。それでもじろじろと顔を見ながら言った。


「き、君は……いえ、あなた様は身分を証明するものは?」


 あなた様?


「持っていないので……銀貨三枚を払います」


 なにやら急に敬語に切り替えた男が怪しくて気になったが、門の反対側でソフィアが待っているので話してる暇はない。さっさと騎士に銀貨を払って彼の横を通りぬける。その際、ぼそりと男の呟きが聞こえた。


「神……いや天使、か?」


「?」


 意味がわからずそのままソフィアのほうへと向かった。




 ▼




 目測でおよそ高さ三十メートルほどの巨大な扉を超えると、自然と草原しかなかった外に比べて、壁の内側には僕が求める文明があった。


 ちょうど門の中から町中へと続くオレンジ色の境界線を踏み越えて、夕陽に照らされるソフィアへ声をかける。


「お待たせ。ここがセニヨンの町かあ……すごいね。外とは大違いだ」


「向かって正面の通りには多くの露店が並んでいますからね。恐らく人の通りが一番多いのはこの先かと」


「なるほどなるほど」


 地球でいう商店街ってわけか。もしくは歓楽街。どちらにせよ魔物や虫、夜の孤独に怯える必要がないって素晴らしい。


 今さらながらに押し寄せてきた疲れを、背筋を伸ばして打ち消す。そこで、ふと気付いた。




 周りから……ものすごく見られていることに。


 それも、女性からの視線がすごかった。

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