実験的AI小説 の向こう

Painter kuro

第1話 僕は確かに囚われている



微かな雨音。頭が割れるように痛い。身に覚えのない部屋の壁に、錆で曇った小さな鏡がある。


「……あ」


鏡を覗いて自分の姿を見た瞬間、意識が覚醒した。

見慣れた自室のベッドに横たわり、布団をかぶっている。


窓の外は暗い。


部屋の中も薄暗く、カーテンの隙間から差し込む光だけがぼんやりと闇に浮かび上がっていた。……夢だったのか。

現実のような出来事だったが、どうやらあれは全て夢だったらしい。


しかし、だとしたらなぜあんなものが見えたのだろう? ひどく質感的な夢だった。あの部屋も雨音も。そして頭の痛みも。

僕はゆっくりと体を起こした。

そして、ふと目に入ったものにギョッとする。

枕元には、昨夜僕が手にしていたはずのあの本が開いて置いてあったのだ。……なんでこんなところに……。

そう思った直後、僕は思い出す。

そうだ。この本を読んでいるうちに眠くなってしまって、そのまま寝てしまったんだっけ。

本を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。……何もない。何も書かれていない真っ白なページが続いているだけだ。


「……?」


おかしいなと思いながら、何気なく最後の方のページを開いたときだった。

そこに書かれていた文字を見て、思わず息を飲む。

そこには、まるで僕の筆跡で書かれたような字でこう書いてあった。…………


微かな雨音。頭が割れるように痛い。身に覚えのない部屋の壁に、錆で曇った小さな鏡がある。


はっと顔を上げ、辺りを見回す。

しかしもちろん部屋の中には僕しかいない。

もう一度手の中の白いページの本をまじまじと見つめる。

しかし、そこには先ほど見た文章などどこにもなかった。

本は確かに昨日読んでいた古いケルト地方の民話を集めた本だった。……いったい今のは何だったのだろうか? 僕は首を傾げながらも、再びその本を閉じる。

そしてそれを机の上に放り投げ、立ち上がった。

なんだか急に喉が渇いた。飲み物でも取ってこようと部屋を出る。……そのとき、後ろから声をかけられた気がして振り返ったが、誰もいなかった。

一瞬だけ視界の端に何か人影のようなものがちらついたような気がしたが、きっと目の錯覚だ。

僕は苦笑しながらキッチンへと向かう。

さて、今日も一日が始まる。

みんな夢だ。夢に違いない。昨日僕は本など読まなかった。


不意に何者かの気配がする。


「お前が望んだことだ。」

その気配は厳かに呟く。もう遅いぞ。お前は既に死んでいる。あの部屋に入ってしまったのなら。

あなたは誰ですか? そう尋ねる僕の声は震えている。

今更何を言っているのだ。お前が自ら望んだことじゃあないか。そんなことよりもっと他に言うことがあるのではないか?……いえ、ありません。

僕は慌てて否定するが、声の主はそれを認めない。

あるはずだろう? そう言いながらそいつは徐々にこちらへ近づいてくる。…………。

そしてとうとう僕の目の前までやってきた。

しかし、そこでそいつの動きが止まる。…………。


君は一体誰なのだね?


そいつは突然そんなことを言ってきた。

僕は戸惑いつつも答える。すると相手は不思議そうな顔をした。……ほう、そういうことを言うということは君はまだ自分が誰か分かっていないということだな。では教えてあげよう。君の本当の名は―――……目が覚めた。


まだ薄暗い部屋の天井を見ながら大きく深呼吸をする。


全身汗びっしょりになっていた。心臓が激しく脈打っている。……嫌な夢を見た。


微かな雨音。頭が割れるように痛い。身に覚えのない部屋の壁に、錆で曇った小さな鏡がある。


僕は白いページの本を握りしめ最後の頁を捲る。そこには自分の筆跡で書かれた文章があった。……これはいったいどういう意味なのだろう? 僕は首を捻るが、答えてくれる人は誰もいない。

そのとき、背後から声をかけられた。


「ねえ」


驚いて振り向くと、そこには一人の少女がいた。

彼女は心配そうに眉を寄せながらこちらを見ている。

「大丈夫?」……ああ、うん。

僕は曖昧な返事をした。

「うなされていたみたいだけど……」そう言ってから、「あ、ごめんなさい」と申し訳なさそうに謝ってくる。

気にしないでくれと僕は言った。

そう、


君はいったい誰だ?


尋ねようとしたのだが、何故か言葉が出てこなかった。

代わりに別の質問を口にしてしまう。……ここはどこ? そう聞くと、彼女は少し驚いたように目を見開いた。……ここがどこか分からないなんて。

それからくすりと笑うと、彼女は歌うような口調で言う。

「ここは夢よ。……そう、夢の中なの。あなたは眠っているのよ。」……そうか。

そうだよね。……なんだ、びっくりした。

「え?」聞き返してくる彼女に何でもないと首を振る。

しかし、どうしてこんなところにいるんだろう。

「それはあなたの心の中にあるもの。だから、ここにいるの。」……よく分からないけど、分かったことにしておく。

「ふふっ、そう?」

そして僕らは笑い合う。……と、そのとき、彼女の姿が徐々に薄れていく。

「?」

どうしたの?そう聞こうとするが、やはり口が動かない。


ひどく頭が痛い。雨は一向にやまない。錆で曇った小さな鏡には、何も映っていない。


「また明日」彼女が囁いた。「また、会いましょう」……次の瞬間、全てが消え去った。

僕は目を開けた。そこはいつも通りの自室だった。


僕は僕が書いたであろう言葉に縛られ続けている。


本を見る。それはケルト地方の民話の本だ。


とにかく逃げるのだ。この部屋から。外に。ここにいちゃいけない。

僕は立ち上がると、扉を開けるためにドアノブに手をかけた。……しかし、いくら回してもガチャガチャ音がするだけで開かない。鍵がかかってるのかと思って確かめてみたが、そうではないらしい。

僕はため息をつく。


そうだ、窓から逃げればいいんじゃないか? 思いついて、僕はカーテンを開いた。


そして絶句する。


窓の向こうは真っ黒だったからだ。

いや違う。

真っ黒い空間が広がっているだけだ。

まるで夜の海のように。

波一つない静かな水面がどこまでも広がっている。

そして、その暗闇の中に無数の白い手が見えた気がして、思わず悲鳴を上げそうになった。

だが、そのときだった。……思い出す。

僕は、この光景を知っている。

いつのことだっただろうか。

僕はこの場所に来たことがある。

僕はもう一度辺りをよく見回すが、見えるのは相変わらずの闇だけだった。

でも、確かに来たことがあるはずだ。

いつのことだろうか? 僕は必死に記憶を探る。

すると、不意に頭の中で何かが弾けたような感覚を覚えた。……ああ、そうだ。


そう思った途端、意識が急速に遠のいた。

……僕はここで、あの子に出会ったんだ。

そして、約束を交わした。

僕は彼女の名前を呼んだ。

彼女の手は暗闇の中で何度も何度も僕を探し、彷徨した。

しかし、僕の喉からは掠れた空気の音しか出てこない。

それでも何度も繰り返す。やがて、僕の声が届いたのか、彼女はゆっくりと振り返り……。


目が覚めた。


一体全体どうしたというのか。僕は外に逃げようとしたが、ドアは開かず、窓から出ようとしていたのではないか。どこからどこまでが現実なのか。頭がひどく痛い。起き出して窓ガラスから外を見ると雨が降っていた。


……煙草が吸いたい。


そういえば、昨日は一本も吸わなかったなと思い出す。

机の上に置いてあったはずの灰皿はなくなっていた。


どこにやったんだったか。

そう思って探すと、ベッドの下に落ちていた。


それを拾い上げようと身を屈める。

そのとき、自分の腕に目がいった。

何故だろう。

そこに奇妙な違和感を覚える。……何だろう。

しばらく考えて、僕は気付いた。自分の手首が傷だらけなことに。

いつの間に怪我をしたのだろう? 全く覚えがない。

不思議に思いながらも、僕は煙草をくわえた。

ライターで火をつけようとするが、上手くいかない。


おかしいな。


そう思っていると、今度は突然咳き込んでしまった。

胸の奥から込み上げる異物感に耐え切れず、僕はその場に吐く。

出てきたものは赤黒く染まった大量の血だった。


ああ、そうか。


ようやく納得する。


僕は死ぬんだな。


そう理解した瞬間、僕は何故かほっとした。

これで楽になれると思ったからかもしれない。

そう考えると急に眠くなり、僕は目を閉じた。

もう何も聞こえなかった。


『―――――――――』


誰かが呼んでいるような気がしたが、それもすぐに消えてしまった。


僕は夢を見た。


とても懐かしい夢だ。

僕はそこで、一人の少年と出会った。

彼はいつも一人きりで、本を読んで過ごしていた。

僕も彼と同じように、一人で本を読むことが好きだったので、よく彼の傍で本を読んだりしたものだ。

そんなあるとき、彼が僕に向かってこう言ったことがあった。


ねえ、僕の本を見て。


本は全て真っ白いページだった。


最後のページは君が書かなきゃ終わらないよ。











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