呪われた魔女フランチェスカの純愛

@pantra

魔女と少年

 青々とした広大な丘陵の東の端、延々と続くなだらかな斜面を最後まで降ると、そこからは鬱蒼とした森が広がっていた。森の奥からは小川が流れ出しており、この小川は丘陵の谷間に沿ってはるか先で大河と合流し、海へと繋がっている。

 そんな丘陵と森の境目、小川のほとりにひとつの家があった。


 見た目はごく普通の農民の家だ。母屋の他に家畜小屋などが隣接しており、周囲をイバラの垣根で囲われている。建物はレンガではなく石を組み上げて築かれ、茅葺屋根からは小さな煙突が飛び出していた。木製のドアや窓枠は艶のある飴色に変色している。

 きちんと生活の気配が感じられる一方で、建物自体は恐ろしく古ぼけていて、風化した壁が崩れ落ちずにいるのが不思議なほどだ。


 小屋には女が住んでいた。

 外見は二十代半ばといったところ。女性としては長身で、男性と比べてもほとんど遜色ない。

 こんな場所に住んでいるというのに肌は新雪のように白く輝いており、まるで屋敷暮らしの貴族の娘のようだ。

 小振りながらすらりと伸びた鼻梁、ふっくらとした薔薇色のくちびる。

 形のよい眉の下にある、長いまつ毛に縁取られた彼女の瞳は、思わず引き込まれてしまいそうなほど鮮やかなすみれ色をしている。

 そして何より、彼女は素晴らしい黒髪の持ち主だった。腰に届くほど長い黒髪は濡れたように艶やかで、根元から毛先に至るまで少しもうねったりせず真っ直ぐに流れていた。


 気品と威厳を感じさせる美しい女性だ。

 これほどの女性がなぜこのような寂しい場所に家を建てて暮らしているのか。

 それは、彼女が魔女だったからだ。





 魔女は一人の少年と共に暮らしていた。


 利発そうな目元をした、器量のいい少年だった。

 魔女とは対照的に光り輝くような金髪の持ち主で、小ざっぱりとした長さで切り揃えられた髪はわずかにうねっている。

 口元にはいつも楽しげな笑みが浮かんでおり、これもまた大抵いかめしい顔つきをしている魔女とは対照的だ。

 まだ柔らかさを留めるほおは薔薇色に染まり、尖った鼻の先はちょっとだけ上を向いていて彼の顔立ちに愛嬌を添えていた。瞳は目の覚めるような青色だ。


 少年には魔女に拾われた時の記憶はない。まだ一歳になるかならぬかという赤子だったからだ。

 家族については何も知らない。

 魔女が説明することには、彼女が馬で街道を通っている時、道端に生えた大木のうろの中に捨てられているのを見つけたのだという。


 困窮した夫婦が子を捨てるのは決して珍しいことではないが、大抵は孤児院の経営もしている教会や働き手を必要とする農場などに託すものだ。

 しかし、少年の両親にはそうするだけの余裕もなかったのだろうか。せめて街道を通りかかる善意ある誰かが我が子を拾ってくれたらという希望にかけたのかもしれない。


 結果、まだ乳飲み子だった少年の泣き声に気付き、手を差し伸べたのは魔女だった。

 そのことについて少年には一かけらも不満はない。捨て子であるという事実は悲しむべきものなのかもしれないが、拾われた後の幸せな境遇はそれを補って余りあった。


 魔女と少年の暮らしは、基本的に農民のそれとほとんど大差なかった。

 小屋の手前にある丘陵の頂上には木製の柵によって境界が引かれており、その内側で数頭の羊を放牧している。ヒツジからは羊毛の他、少量ながら採取した羊乳からチーズなども作っている。

 家畜小屋では他にも鶏が飼育されていて、日々の食事に卵を提供してくれていた。小川のほとりにはこじんまりした畑もあり、ここで育てられているのはもっぱら野菜類だ。

 他にも森からは狩猟肉や木の実や茸なども得られる。唯一小麦だけは近隣の村から取引で手に入れる必要があるが、それを除けば魔女と少年の二人が暮らしていくには充分な糧を得ることができていた。

 




 魔女に拾われた少年は、ユリアンと名付けられた。

 今よりずっと幼い頃、ユリアンは片時も目を離せない子どもだった。とにかくじっとしていないのだ。

 台所に立って料理をしている時、魔女は足元でうろちょろするユリアンを踏んづけたり、手を伸ばした彼がうっかり包丁や熱々のシチューが入った鍋を引っ繰り返したりしないよう気を配っていなければならなかった。

 畑仕事をしている時もそうだ。育てている最中の野菜を引っこ抜いたり葉をむしったりしては駄目なのだとユリアンに納得させるまで、魔女はかなりの根気を必要とした。

 もちろん、柔らかく耕された畑はユリアンが泥んこ遊びをする場所ではないということを教えるのにも。


 その点、羊の世話をする時はまだましだった。牧羊犬のカルロが魔女に代わってユリアンに目を光らせていてくれたし、羊たちに下手にちょっかいをかけると 小突かれたり蹴飛ばされたりして痛い目を見ると彼はかなり早い段階で学習したからだ。

 もっとも、最初の授業料としてユリアンが負った怪我が完治するまでの間、魔女によって彼の無謀な行動の愚かしさをそれはそれはしつこく説かれたのも効いたのだろうが。


 魔女が暖炉の前で繕い物をしている時は、ユリアンはよく彼女の膝の上によじ登って来た。そうすると魔女は決まって、針を使っているから危ないと小言を漏らしながら、手に持っていた服なり鍋敷きなりを針とともに一旦脇によけて、ユリアンを優しく抱き締めるのだ。

 そして笑いながら短い腕を首に巻き付けてくる幼子に愛情のこもったキスをすると、彼を膝の上に乗せたまま軽く鼻歌を口ずさみながら、また繕い物を再開するのだった。






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今日中にもう1話投稿予定です。

その後1日1話ずつ投稿できればと考えています。

このお話は5年くらい前に書いて「小説家になろう」に投稿したお話を手直ししたものです。




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