煙草のある風景

密(ひそか)

煙草のある風景

 彼はよく煙草を吸っていた。

 大学の禁煙所で、すらっと背の高い姿を何度か見かけたことがある。

 私は遠くから、彼の横顔を見ていた。

 線が細くて、色白で、ずっとずっと見ていたくなるような横顔だった。


 ある日、彼が私に声をかけてきた。

 聞けば、講義のノートを見せてくれという。

 彼の顔を間近で見た最初の瞬間だった。

 目の前に広がる光景に、時が止まる気がした。

 ほのかに煙草の匂いが香った。


 それから、彼とはいろいろとお話をした。

 一浪したこと、好きなものはゲーム、彼女はいないということ。

 よく子どもっぽいと思われるが、それに対してちょっとむくれているということ。

 むくれる時は、可愛く口を尖らす。

 話が途切れると、「ちょっと待ってて」と告げる。

 「オレ、煙草吸ってくるわ」

 彼は、煙草を吸いたいタイミングが多い人だと思った。


 ある日、彼とドライブデートに行った。

 きっかけは、彼がドライブをしたいといっていたからである。

 「ドライブに付き合ってくれる?」 

 彼が私を誘ってくれた。

 私は助手席に座り、彼の運転技術に見とれている。

 「いや、緊張してるんだよ…」

 彼の眼差しを私は見ていた。

 「クランクとか、S字カーブとか大変じゃん?」

 何の話か分からないので、私は黙ると、

 「あっ、教習所行ったことある?」

 「ううん」

 彼の話は、私には唐突な話が多い。正直、よく分からない時が多い。それはきっと、私が知らないことが多いからだ。

 「ちょくちょく教習所通うの大変なわけよ。それを考えるとさ、合宿にすればよかったかなと思ったわけよ」

 彼はずっと前を向いて運転をしていた。

 「…合宿?」

 「でもさ、2週間の拘束は厳しいっしょ」

 車の中で、彼はにこやかに話を続ける。

 「…拘束って?」

 「あっ、次の信号を右だっけ?」

 「…あっ」

 私は慌てて、持ってきたスマホで道を検索する。


 どこかの駐車場で、彼は車を止めた。

 外は赤く染まっていた。

 「ごめんね、こんなに時間がかかっちゃった」

 「あっ、うん」

 車から降りると、彼は思いっきり背伸びをして、私を見た。

 「窮屈だったでしょう?」

 「うん」

 「ずっと我慢していたんだよね。煙草吸っていい?」

 「…うん」

 彼は胸ポケットからライターを取り出した。私の目の前で煙草に火をつける。

 煙草から煙が立ち上ると、私は軽く咳き込んだ。

 「やっぱり、路上は難しいわ…」

 彼は口から思いっきり煙を吹き出した。


 彼と、2回目のドライブデートをした。

 「どうよ、前よりは上手くなったでしょ?」

 どこかの駐車場で、彼は車を止めた。

 「そうだね」

 前に来た駐車場とは違う場所である。

 車内で私は聞いた。

 「…ねぇ、車は降りないの?」

 「…えっ、降りたい?」

 「…うん」

 「外、寒いじゃん? やめようよ」

 彼は私の目の前でライターを取り出した。

 「オレ、運転してきて疲れてるんだよ。動きたくないな…」

 続いて、煙草を取り出す。ライターで煙草に火をつける。

 「それよりさ、もうちょっとで、オレ、免許が取れそうなんだよ」

 煙草の臭いが密室内に充満したような気がした。


 彼を最初に見かけたのは、大学の学生食堂だった。

 大勢の学生の中で、すらっとした長身を見かけた。

 全体的に細いフォルム、いつも水色系の洋服を着ていた。

 彼全体が好みだった。彼の細い顔や細い指、はにかむ笑顔、おおらかに見える仕草が綺麗だと思った。

 ずっと見ていたくなるような、私の憧れだった。

 

 彼に、3回目のドライブデートに誘われた。

 「ねぇ、また、ドライブに付き合ってくれる?」

 「…煙草は」

 いいかけて、私は黙ってしまった。目の前で彼が煙草を加えたからだ。

 「あ、そういえば、オレ、彼女出来たわ」

 彼が煙草を吹かしながらいう。私は黙って聞いていた。

 「彼女の誕生日までに免許取りたいんだよね」

 「……うん」

 「そういうわけでドライブ練習なんだけどさ」

 「…ごめん、忙しい」

 私は精一杯の笑顔で答えた。

 「今度からは、彼女に手伝ってもらって」

 

 彼は、煙草の印象だった。

 そして、私は灰皿だった。

 貴方と貴方から零れ落ちた灰を黙って受け止めては、そのままゴミ箱へ葬り去るだけの器だった。

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煙草のある風景 密(ひそか) @hisoka_m

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