第4話 水曜日

水曜日


 放課後。私は奥城さんと一緒に家とは逆方向に向かうバスに乗っている。学校から少し離れたところにあるスーパーに、材料の選別と買い出しに行くためだ。


「それにしても、買い出しは近所のスーパーでもよかったんじゃない」


「でも、隣町のスーパーの方が品揃えいいですし、第一近所だと知り合いに合う可能性が 高いじゃないですか」


 確かに色々材料を買い込んでいるのを家族とか学校の知り合いに見られるのはあまりよく はない。


「それに」


「それに?」


 奥城さんは鞄から何かを取り出した。 「ほら、隣町のスーパー、今日果物が安いんですよ」 スーパーのチラシを私に見せながら、奥城さんは嬉しそうに言った。


「へー」


 奥城さんって結構しっかりしているなあ。いや、しっかりというよりちゃっかりしてると いった感じだ。それに爆弾の材料を探しに行こうっていうのに嬉しそうに。でも、こんな ちぐはぐな感じ、私は嫌いじゃない。


 スーパーに前に着いて、中で買うものについて軽い打ち合わせをした。


「もし、良い材料が見つかったらそれを何個か買って、どのくらいの時間で爆発するのかを実験して調べましょう。今日はとりあえず種類を多くそろえてみる感じで」


「そうしよう」


 スーパーの中はこの時間帯にしては、人が少ないみたいだった。よし、まずは青果コーナ ーからだ、いい材料見つけるぞ。


「爆発しやすい野菜ってどんなのかな」


「こればっかりは実際にやってみないと分かりませんよね」


「とりあえず、皮と中身があるものだったね。じゃあほうれんそうとか春菊は駄目だね」


「ピーマンとか獅子唐とかも中身がスカスカだからよくないですね」


「あ、かぼちゃだ。これ爆発したら威力ありそう」


「トマトときゅうりと、あとなすはどうでしょう」


「なすならこの米なすっていう奴の方がよさそう。身が詰まってそうだし投げやすそうだ し」


 滅茶苦茶な会話だ。味や値段でなく、爆発しやすさで野菜を吟味する人なんて、私たち 以外にこの世にいないだろう。

 

 野菜の次は果物だ。果物は野菜と比べて、値段の高いものが多かった。


「すいかとか大きいし結構な爆発音しそうなんだけどね」


「値段が高いですね。一玉1498円もします。メロンはもっと高いし」


「何度も実験するんだったらきついね」


「安いものを何種類か買いましょう。りんごとなしとか」


「桃とか葡萄も高いね。でもこのパイナップルならまあまあ安いよ」


「一個298円ならいいですよね」


「大きさも結構あるしね」


 パイナップルを一つ、とりあえずかごに入れる。


 青果コーナーと鮮魚コーナーの間にはたまごが置いてあった。私達はその中から L サイ ズの卵 6 個パックを選んでかごに入れる。


鮮魚コーナーで目を付けたのは貝類だった。


「ねえ、ハマグリとかどう」


「いいですね、なんかすごく爆発しそうで」


「あさりは、ちょっと威力が低いかな」


 魚介類で他に目についた材料は特になく、次に向かったのは精肉コーナー。牛肉他生肉類は飛ばして目指すはハムやウインナーの置いているエリア。


「ウィンナーも結構いろいろ種類ありますね」


 本当に、いろいろ種類がある。この中でどれが一番うまく爆発するかは見当もつかなかった。いつも食べている、例えばお弁当のおかずとして入ってるようなウインナーでは爆発してもあまり威力はなさそうだ。


「少し大きめのを買ってみようか」


そういうわけで、真空パックに入った、5 本で428円の大きめのウインナーを買うことに した。これで一通りの材料は揃った。


 荷物をいっぱい抱えて、私たちは帰りのバスに乗った。こんな大荷物は下校中の女子高 生には不釣り合いだ。


「ねえ、私たちなんだか怪しくないかな」


「そんなことないですよ」


「そうかなあ」


 もし今知り合いに見つかったら、私はうまくごまかす自信はない。


「知り合いに会ったらなんて言い訳しようか」


「『一緒に家で料理を作るんです』とかどうですか」


「何を作るの?」


「カレーとか?」


 私は思わず笑ってしまった。カレーにしては具が多すぎとかカレーにパイナップルは合わないだろうとか色々と突っ込むところが多すぎる。


「それなら『闇鍋作る』とか言った方がいいんじゃないの?」


 そう言うと今度は奥城さんが笑った。まあ、とりあえず知り合いに見つからないように素早く家に帰ることにしよう。


「ん、家に?」


「どうしたんですか?」


「まずい、今日家にお母さんいるんだ。いつも仕事なんだけど今日は休みなんだ」


 しまったどうしよう、これじゃ家のキッチンは使えないし、これだけの材料を保存して おく場所もない。


「大丈夫ですよ、今日は私の家でやりましょう」


「そう、それなら助かるけど」


「いいえ、今日の実験は元々私の家でやろうかなって思ってたので」


「なら助かるけど。でも大丈夫なの? 音とか」


 昨日の爆発卵以上の爆発が起こるとすれば、普通の家でやると周りの住人に迷惑かけるどころか下手すると警察沙汰になりかねない。よくよく考えれば私の家ではそもそも実験のやりようがなかった。


「うちなら大丈夫ですよ」


 奥城さんはにっこり笑った。





 私たちは今奥城さんの家、その地下室にいる。


 この部屋の存在を知らされた時は驚いた。もともとこの家は新築ではなく、前の家主が 仕事の関係で遠くに引っ越したため売りに出されていたものらしい。


 この地下室は前の家主が楽器の演奏が趣味だったため防音設備が整っている。奥城さんの親は特にこの部屋には興味はなく、ただいらない物を一時的に置いておく、倉庫のように使っていたそうだ。


 でも、地下にあって防音設備まで整っているのだから、今回の実験にはこれ以上ないほどの部屋だった。


「ではこれより実験を開始します。今回これだけの材料を用意したわけですか」


 そう言って、用意した材料をホワイトボードに書きだした。わざわざこんなものまで用意 したのかと思ったけど、これは家の前の持ち主が置いていったものらしい。


・ウインナー

・はまぐり

・ナス

・トマト

・リンゴ

・なし

・きゅうり

・かぼちゃ

・パイナップル


 一体この中のどれが当たりなのか、見当もつかない。


「どれからしようか」


「ではまずウインナーからいきましょう」


 ウインナーは今回の本命材料の一つだ。ネットで調べたところ調べたところ電子レンジでウインナーを爆発させてしまったという例は良くあるようだったし、しかも今回は結構大きなウインナーを使っている。


 ウインナーを皿に載せて、スイッチを押した。オレンジ色の光に照らされて、皿がくる くる回る。私たちは離れてそれを見守る。


 最初の実験で、いつ爆発するのか、どのくらい の大きさの爆発をするのか分からないのでかなり緊張した。奥城さんも同じなのか、目線を電子レンジから離さず、じっと身構えている。


 かなり時間がたった。でも、ウインナーはいっこうに爆発する気配はない。


「変だ」と思って、いったんレンジを止め、 手袋をはめて慎重にウインナーを取り出してみた。少し強く握っても爆発はしない。まだ、 熱する時間が足りなかったのかな。


「高橋さん! これ見てください!」


 奥城さんがそう言って見せてきたのは、このウインナーのパッケージ裏に書かれた一文。


『ウインナーに切れ込みが入っています』


 おそらく、こうやって熱しても爆発しないようにするための、メーカーの配慮だったのだ ろうが今の私たちにとっては大きなお世話と言うほかなかった。がっくりきたがしょうが ない。


「高橋さん、他にも材料はたくさん残ってますよ」


「うん、落ち込んで場合じゃない。どんどん実験しないと」


 私はホワイトボードの「ウインナー」という字にバッテンを付け、実験を続けた。



 


 でも、他の材料でも思うような結果は出なかった。ハマグリはパカッと開いて汁を飛ば しただけでほとんど音はしない。更になすとトマト、そしてきゅうりは大失敗だった。表 面の皮が溶けたようになって、しなびてしまった。


 その中でもリンゴとなしはちゃんと音がしたのでまだ成功の部類に入るといえたけど、 爆発というより一部分が破裂したという感じで、インパクトは昨日の卵の足もとにも及ばない。


 ホワイトボードに書かれた材料にドンドン×がつけられていく。


「次はカボチャいこう」


「今度こそ、うまくいくといいんですけど」


 もう残り材料は少ないので焦ってくる。かぼちゃはギリギリで電子レンジに入った。「た のんだぞ」という気持ちで私はボタンを押した。

 

 カボチャは、私が結構いけそうだと思って買った材料だ。他の野菜と比べて大きいので 爆発すればかなりの威力になりそうだし、失敗したトマトやナスと比べて皮もしっかりし ている。

 

 カボチャが丸ごと一個電子レンジに入っている光景は結構シュールだ。しかし私たちは真面目な顔でそれを見守った。緊張と期待とで私の心臓はバクバク鳴っている。そして、 温めはじめてから 6 分ほどたって、とうとうカボチャは爆発した。だけど、それは期待し ていた大爆発でなく、ポスッという気の抜けたような音だった。


「まさか」


レンジを止め、中身を取り出すと、カボチャにひびが入っていた。


「もしかして、さっきのが爆発した音だったの!?」


 驚いて、そしてがっかりした。こんな大きな図体してあんな情けない音とは。


「まだ材料は残ってますから、ね」


 うなだれる私を奥城さんはそう言って慰めた。


 ホワイトボードに書かれた「カボチャ」の文字には大きなバッテンがつけられた。


「最後はパイナップルだね」


「葉っぱは切っておきましょう」


 パイナップルも、買ったときは割と有りと思っていた材料の一つだ。結構大きいし皮も しっかりしている。しかし、カボチャのあの様を見ている私としては、もはやあまり大きな期待をしないことにした。葉っぱをとられたパイナップルをレンジに入れてスイッチオン。


 最初の方は、レンジのスイッチを入れた後、爆発に備えるためにレンジから離れていたけ ど、慣れたのでもうレンジのすぐそばでパイナップルの末路を見届けることにした。


 くるくる回って熱せられていくパイナップルを期待せずに眺めながら、私は今回の「ス ポーツ大会中止作戦」について考えた。結局良い材料はなかった。

 

 それなら代案として残しておいた爆発卵作戦にしようか。しかし、あの程度の爆発では気づかれないかもしれないし、誰かが気づいたとしても大騒動に発展するまではいかないはずだ。


 他に試してない 材料もあるからそれを試そうか、ウインナーも切れ込みが入ってないのも売ってるかもしれないし。でも時間もそんなにないしなあ。そもそもこの作戦自体が無謀だったのかな、 奥城さんには色々してもらって悪かったけど。


 考えているとどんどん思考がネガティブになるのが私の悪い癖だ。色々考えて勝手に落ち込んでぼーっとしてしま う。ぼーっとして意識がどっかに行くような感覚。


 




 そんな時に音がした。パイナップルが爆発した。いや、爆発ではなく大爆発だ。昨日の卵の爆発を何倍にもしたようなとてつもなく大きい音が地下室に響いた。


 完全に油断して 近くにいた私はその音をもろに喰らってしまった。耳ではなく脳髄に響くようで、音とい うより振動・衝撃と言った方がいいような感じ。


「キャア!」


と奥城さんが叫んで、うつぶせになった。


「ウアア!」


と私も叫んでとっさに耳をふさいで倒れた。一瞬の出来事。


 少したってから、私たちは起き上がったけど、まだ耳と頭が痛い。レンジからは音はも うしないけど、代わりに甘いフルーツの香りが漂っている。


「大丈夫ですか、高橋さん」


 ぼーっと突っ立ていると奥城さんが心配したのか、話かけてきた。


「うん、大丈夫だよ。でもこの爆発は」


 なぜパイナップルがこれほどの大爆発を起こしたのか、分からない。強いて言うなら、 皮の強度と身の水分が十分でかつ卵に近い構造をしていた、とうことなのだろうけど、そんな理屈はどうでもよかった。


「成功だ!」


「大成功ですね!」


 これだけの大爆発が一発でも起これば、学校が大パニックになることは間違いない。


「材料は決まったね」


「あとは実験ですね」


 そうだ、爆発するだけでは成功ではない。パイナップルの臨界点を見極めて、その直前の でレンジから取り出して投げるのが今回の作戦だ。でも、もうパイナップルはないし、時間ももう遅い。


「でも、実験の続きは明日だね。私はもう帰るね」


「あの、高橋さん」


「どうかしたの」


「夕食食べて行きませんか?」


 突然の申し出だった。


「え、でも悪いよ」


 実験をこの家でしたりするのを含めて、色々奥城さんに負担をかけているし、その上夕食 をごちそうになるなんて、いくらなんでも迷惑じゃないだろうか。そう考えていたのだけ ど奥城さんは続けて言った。


「いえ、その、一人だとたぶん食べ切れる気がしないので」


奥城さんが指さした先には。今回の実験で使用した食材の残骸だった。


「これで料理作るの!?」


 そもそも、野菜、果物、貝とウインナーといったちぐはぐな材料で作れる料理なんてあ るのだろうか。


「ほとんど、爆発しなかったし、それにこれに入れたら何とかなるんじゃないかなって」


 そう言った奥城さんが手に持っていたのはカレーのルーだった。今日買い物に行ったときに一緒に買っておいたらしい。やっぱり先のこと考えてるなあ。


 掃除のあと、私たちはカレーを作りはじめた。具は多かったけど、二人で作った野菜カ レーは意外とおいしかった。

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