春の雨

紫陽花の花びら

第1話

「やばい! 霧雨じゃ濡れて参ろうなんて言ってる場合じゃないぞ! 圭祐! あの軒下まで走るぞ。酷えふりだよ。雷! うょ~光った!」

笑い声が聞こえてくる。

振り返えれば腹を抱え笑っているお前。

「どうした早く来いよ! 濡れるぞ! なにか面白いことあったのか?」

「アハハアハハアハハ腹痛い……賢也……ククク堪ないんだけど。それを言うなら。春雨だろう! なにをシラッと阿呆なこと言っての~アハハ痛いって~」


これは、思いだしてもこっぱずかしいよ。


 お前との出会いは高校だった。

相模圭祐、佐倉賢也とくれば、大抵隣か前にいる奴。二年間この状態が続けば、最早傍にいて当たり前の存在になっていた。だから三年になって離れたときは、吸い寄せられるように、互いのクラスを毎日往き来していたよ。


 それでも大学は違う所を考えていた。

でも色々話しているうちに、俺らの狙う大学に大した違いは無く、お前が受ける大学の方が、少しだけ授業料が安いと聞けば気持ちは当然そっちに傾く。親もな。

まあそれよりも何よりも、一緒に大学生活を送れる事をと考えたら、俺には変えない理由が見付からなかった。


 そして春。

めでたく合格した俺たちは、大学近くのアパートを借りて共同生活をはじめた。

それはもう心地良い生活だったよ。兎に角、流れる時間が柔らくてお互い無理が無かった。

その頃お前口癖は「尊重と調和と目を見て話す」だった。

たまに俺は叱られていたっけ。

「賢也、目を合わせないのは嘘ついてる証拠」だとかいってさ。

彼女か? お前! でもそのウザウザ感も楽しかった。

 

 そんな俺たちも、共同生活を始めてすぐはバイトの事で躓いた。時間が合わなくなり、些細な食い違いで揉めた事が何度もあった。本当共同生活崩壊の危機だった。そこで考えたのが、生活リズムを出来るだけ違ない事だった。

そこを疎かにすると、共同生活は崩壊することを身をもって勉強し、同じ居酒屋のバイトを始めた。で、これはめちゃくちゃ楽しかったよな。

二丁目のお姉さんたちに可愛がられていた俺たちは、良くお店に呼ばれて遊んで貰った。覚えてるか? 俺が本気でゲイバーに就職しないかと誘われたこと。

 面白いことにさ。大学三年の終わりには、ふたりとも彼女に振られていたんだよな。

その後は、お互い彼女もいないまま卒業を迎える事になった。

 俺は家業を継ぐ為に卒業と同時にUターン。圭祐お前は大阪の会社に就職が決まった。そりゃ万々歳なんだけど。卒業が近づくにつれて、何かと苛立つ事が多くなる俺だった。

 そんなある日、お前は夜桜を見ようって、嫌がる俺を無理矢理連れ出したんだ。

 三月末とは言え、花冷えってのか結構な寒さだったよ。

コンビニで酒と乾き物を買うと近くの公園に向かった。


 桜は息をのむほどに美しかった。辺り一面桜が咲き乱れていてな。風の仕業もあって、散り始めた花びらが、ひらひらひらひらと舞う姿は、情緒もなんもない俺の心にまで染み入るほど……切なかった。

俺たちは砂でざらつくベンチに構わず腰を下ろすと、何となく飲み始めた。

「暖けぇ~ホットするなこの酒」

なにも言わないお前は珍しいくてさ。思わず声を荒げたの覚えてるか? 

「おい!……聞いてるのか!」

お前はゴクゴクと酒を飲み干して、あっという間に二本目に手をつけたんだよ。強くもないのに。

「早くねぇか……圭祐大丈夫か?」

「心配? アハハこのくらい大丈夫だよ。ってさ、もう賢也にそうやって心配されることもなくなるんだなぁ……真面目な話。賢也この七年本当楽しかったよ。それからさ、お前と一緒に暮らせた四年間は幸せ過ぎだった」 

「はぁ幸せすぎってなに?

うん? どうした? しんみり気分ですか圭祐くん」

お前返事もしないで酒を煽りやがってさ。

「もし寂しいって言ったらおかしいかぁ? なぁ……おかしいか?」

なんて絡んできて、この酔っ払いが……バカ野郎。俺はお前より先にそう思っていたわ。

「寒い……こんな夜に誘いやがって……寒いよ……圭祐の……バカ野郎」

俺の頰を生暖かい雫が濡らしていく。

「ごめん。これ着て」

そう言ってダウンを肩にかけてくれた。

「バカ。お前がさむいだろが……」

「俺は賢也が隣にいるから、今は寒くない」

そう言って無理矢理肩を組んてくると、ボソボソと高校の校歌を歌い始めたんだ。

「お前良く覚えてるな。俺歌えねぇ」

「良いんだよ。俺だってうろ覚えだし」


突然お前が俺の肩に顔を埋めた。

だよな。俺一瞬息止まったぞ。

「ちょっとだけ良いか?」

良いも悪いもあるかよ。テンパって声が出ない俺は、ひたすら背中を擦る事しか出来なかった。

「辛いよ賢也。俺泣くぞ」

「いちいち断るなよ。んな事」

俺の声が震えてたの知ってるか?

後から思ったけどさ。

大の男ふたりが号泣する姿は

些か気色悪かったに違いないぜ。


そして……霧雨じゃの下りになるんだよな。

あれから五回目の花見をしているよ。三年目からはひとり花見だけどな。

 俺の居場所何処なのかって、

今でもずっと考えている。

圭祐……お前は寒がっていないのか? 隣に俺がいないのに。

お前の居場所はここなんじゃないのか?

 桜は今年も美しいよ。

本当嫌味なくらい綺麗すぎるんだ。まだ散るには早いのに、

今夜は風強くてさ。まるで嵐だよ……花びらがこれでもかって舞うんだ。無理矢理枝から離されるようにな。

ソメイヨシノは儚い。だから染みるんだけどな。


なあ

なぜ言わなかった? 俺たちは。

なぜ言えなかった? 俺たちは。


あの涙は

ふたり同じ想いを流してたのに!


今夜は飲むぞ!

飲め飲め、温まるだろ……

旨いなぁ。おい! 早いっての。

もっとゆっくり飲めよ。なあ圭祐よ……お前冷たかったぞ。石のように。


うん? 春雷か……まだ遠いな。

もう少しここにいてやるよ。


阿呆かけるかよ! 勿体ない! なんてな。ほらもう一杯。


おっ、冷てぇ……霧雨じゃ濡れて参ろう! ほら笑えよゲラゲラ笑えよ。


走ろうぜ! あの軒先までさ。

笑い声はしない。


圭祐……

寒くないか?

冷たくないか?


俺は……寒くて寒くて……凍えそうだよ。



はらはらと、はらはらと散りやがって……お前


なぁ目を見て話そうぜ。


そしてたら今度は絶対伝える。


















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