目の前の超美少女令嬢がボクの婚約者だって?

uribou

第1話

「……」


 商家の長男であるボクのところに、地方男爵家の御令嬢との縁談が来た。

 今日が顔合わせの日で王都正門まで出迎えに来ていたのだが、フードを外した目の前の凛々しい系超美少女を二度見して絶句した。

 どゆこと?

 超美少女はすまなそうに言う。


「一人で申し訳ない。父は領から離れられなくて」

「いや、それは事前に連絡していただいてましたから」


 一人で一〇日も旅してくるって聞いていたので、パワフル系のごっつい女性を想像するでしょ?

 ところが現れたのは、知性を湛えた涼やかな目元と意思を感じさせる引き締まった口、プラチナブロンドの髪の持ち主だった。

 ともすれば冷たさを感じさせる美貌だが、恥ずかしがるような表情がそれを和らげる。


 何なん、レオナ・マルガン男爵令嬢ってこんなすごい美人なの?

 女神みたいな令嬢が来るとか、完全に想像の外だったよ。 

 平民であるボクのところに嫁ぐような人じゃないじゃないか。


「あまりにもお美しい方で驚いただけです」

「ハハッ、エルトン殿は口がお上手だ」

「事前にいただいていた肖像画とかなり違うものですから、戸惑ってしまって」

「む、そうか? こんなものだと思うが」


 首をかしげるレオナ嬢。

 全然違うよ!

 普通釣り書きの肖像画って、実物より美人に描くものなんだよ!

 ところがその絵じゃレオナ嬢の美しさを万分の一も表現してないじゃないか。

 目と鼻と口の数が同じなだけ。

 どゆこと?


「田舎だと腕のいい絵師もいないから」

「ああ、そういうことはあるのかもしれませんね」

「まあ肖像画についてはいいだろう。エルトン殿、どうだろうか?」

「どうと言われても」


 口調もそうだが、話の進め方が性急というか男っぽいというか。

 レオナ嬢とボクの縁談が持ち上がったのはよくある事情からだ。

 経営の難しい地方男爵家のテコ入れと、新興商家の勢力拡大の思惑が一致したということ。

 完全な政略だ。

 だけどそもそもこれだけの美貌の持ち主だったら、いくらでも金持ち貴族からの縁談があるはずだろう?


「レオナ嬢こそ、ボクでよろしいんでしょうか? というか何故うちみたいな商家にマルガン男爵家は縁談を持ってきたんでしょうね?」

「いや、エルトン殿には申し訳ない。領の運営がもう一つでね。盛り立てる案はなくもないんだが、資金は必要なんだ」

「そこまでは承知しておりますけれども」

「財産がありそうな領主貴族にも話をしたらしいんだが、全て門前払いだそうで」


 随分率直な物言いだな。

 しかし縁談が門前払いされるのは何故だ?

 うちの商会の調査では、マルガン男爵家にそこまで問題があるとは思えないんだが。

 あっ、ひょっとして……。


「……レオナ嬢は、都の王立学校には通っていらっしゃらなかったんでしたっけ?」

「そうだな。地元の学校で学んでいた」


 だからだ。

 王立学校にすら通っていない田舎者として地雷扱いされたんだろう。

 そして王都ではレオナ嬢の輝くような美貌も知られていない。

 あの肖像画では会ってみる気にならないだろうし。

 うわあ、えらい偶然が重なってとんでもない美人と縁ができたもんだ。


「で、エルトン殿、どうだろうか? 一七歳は嫁き遅れという年齢でもないと思うのだが」

「もちろんボクには異存はないのですけれど」

「ああ、よかった!」


 大輪の花のような笑顔。

 メッチャ美人。

 どういうわけか、レオナ嬢はボクでいいみたい。

 いや、それはうぬぼれ過ぎだな。

 うちノークス商会と関係ができればいいという考えなんだろう。


「しかし正式な婚約は待っていただけますか?」

「えっ? 私に至らないところがあるだろうか?」

「逆ですよ。レオナ嬢のような美人は、きっとボクなんかじゃ飽き足らなくなります」

「そんなことはないぞ?」

「それよりレオナ嬢はこれからどうするおつもりだったんですか?」

「婚約成立ならそのまま貴家にお世話になるつもりだった。不成立なら王都見物して帰ろうかと」

「おおう」


 大胆というか男前というか。

 いきなりうちに上がり込む算段だったのか。

 しかし好都合だ。


「では、絵を描かせてもらっていいですか?」

「は?」

「先ほどからアイデアが溢れて止まらないんです」

「何だかよくわからないが、未来の旦那様の言うことだ。聞こうじゃないか」


          ◇


「絵とはこういうことだったのか」

「今ボクに任されているのは服飾部門でしてね」


 ノークス商会の会長たる父には三人の息子がいる。

 成人しているのは長男のボクだけだ。

 父はボクを跡継ぎと決めたわけではないから、実力を示さねばならない。

 

 レオナ嬢を店に連れて来て、ファッションデザインのスケッチを描きまくる。


「すごい集中力だな」

「好きな仕事ですからね。レオナ嬢の艶やかさに当てられてペンが止まらないんです」

「ハハッ、エルトン殿は本当に褒め上手だな。私のような垢ぬけない田舎娘を持ち上げたって仕方ないだろうに」


 それだ。

 確かにレオナ嬢は田舎臭いところがある。

 これが洗練されたらどれほどの美貌になろうか?


「レオナ嬢はマルガン男爵領の繁栄を願っているのでしょう?」

「うむ、のんびりしたいいところなのだがな」

「残念ながらここ王都で、マルガン男爵領の話は全く聞きません」

「やはりそうか……」

「男爵領を経済的に潤すためには、産物を買ってもらわねばなりません。しかし興味のない土地の産物に興味を持てというのは、よほどの特産品がないと難しいです」

「……」

「だからマルガン男爵領に興味を持たせましょう」

「ど、どうやって?」

「レオナ嬢が広告塔になればよろしいのです」


 簡単なことだ。

 レオナ嬢ほどの美貌の持ち主が突如王都デビューする。

 その出身地であるマルガン男爵領だって注目されるに決まってる。


「私が広告塔と言っても……」

「プロデュースはお任せください。そこまでは商人の仕事ですから」

「具体的にはどうやって?」

「我がノークス商会のファッション部門から仕掛けます。先ほどから止まらないこのニューファッションの発想ですがね。発表会を行います。そのモデルとしてレオナ嬢を押し出しましょう」

「えっ?」

「当然レオナ嬢の美しさは注目の的になります」

「そ、そうかな?」

「間違いありません。そこから社交界に進出しましょう。ボクでも参加できるランクのパーティーがありますから」


 口惜しい。

 ボクが貴族だったらもっと注目される場に連れ出せるんだけど。

 だからレオナ嬢はボクなんかよりもっと身分の高い貴族令息と結ばれるべきなんだ。


「そうか、エルトン殿はさすがだな。言う通りにしよう」

「レオナ嬢の知名度と存在感いかんで、マルガン男爵領の産物にも視線が集まりますからね」

「うむ、わかった」

「マナーの教師を手配します。つまらないところで揚げ足を取られてはいけませんので、王都式のマナーをキッチリ身に付けてください」

「あれこれすまんな」


        ◇


「計算通りですね」

「計算通りなのか」


 初対面から三ヶ月、レオナ嬢はあっという間に王都の有名人になった。

 まあそれくらいのポテンシャルはあるよな。

 モデルとして登場するやいなやどこの令嬢だと話題になって。

 あえてその場では身元を隠したが、取り引き先として親しくさせていただいている侯爵様のパーティーで正体を明かして。

 パーティーが盛り上がったので侯爵様の覚えもよかった。


 その後はちょっとした会にお呼ばれするようになり、レオナ嬢だけでなくボクの人脈も広がった。

 大成功と言っていい。

 だが……。


「ボクがレオナ嬢の力になれるのはここまでなのですよ」

「えっ? どういうことだ?」

「もうあなたは三ヶ月前のレオナ嬢ではないということです」


 これより上を目指すのだったら、高位貴族の令息を婚約者とした方がいい。

 ボクでは社交界に食い込むのは限界があるのだ。


「マルガン男爵家にとっても、ボクより適当な婚約者がいるはずです。今のレオナ嬢なら可能でしょう」

「……正式な婚約は待ってくれと言ったのはこういうことだったのか。エルトン殿は初めて会った時に、ここまで見通していたんだな?」

「まあ。当ノークス家への謝礼も謝罪ももちろん不要です。ボクは最初からそのつもりでしたし、商売上有益な出会いもありましたから。むしろ話題の中心だったレオナ嬢の側にいることができたのはボクの誉れです」

「……」


 黙るレオナ嬢。

 いや、いいのだ。

 今まではボクとレオナ嬢はウィンウィンの関係であった。

 元々互いの家の事情で進められた縁談だったのだから、よりよい選択肢ができたならそちらを取るべきだ。


「……のか?」

「え?」

「エルトン殿は私を捨てるのか?」


 熱っぽい、泣きそうな目でボクを見るレオナ嬢。


「そうではありませんよ。今後もよき商売上の付き合いは続けさせていただきたいです」

「違う! 私と婚約してはもらえないのか?」

「……伝わらなかったですかね? これ以上はレオナ嬢とマルガン男爵家の得にはならないのですよ」

「そんなことはないだろう! 私の見込んだエルトン殿なら、何か方法を見つけるはずだ!」

「ええ?」


 無茶振りかな?

 父が言っていた。

 レオナ嬢はボクに拘るかもしれないと。

 今がそういう状況なのか?

 そりゃボクだって、レオナ嬢みたいなメッチャ美少女で素朴な性格の人が婚約者なら嬉しいけど。


 ……これ以上上流階級に食い込むのが難しくても、やりようはあるが……。


「いいんですか?」

「私はエルトン殿がいいのだ」

「ボクは背も低いですし、正直レオナ嬢に釣り合う男じゃないんですが」

「何を言う! エルトン殿は賢いし先が見える。頼りになるではないか。好きだ!」


 うわ、ここまでストレートに好意を寄せられたのは初めてだよ。

 しかもこんな美人さんに。

 まだまだボクは、人を見る目は父に勝てないなあ。


「レオナと呼んでくれ」

「……レオナ」

「エルトン、嬉しい」


 うはあ、何か信じられないな。

 レオナみたいなとびきりの美少女を抱きしめているなんて。

 ボクは色恋に縁遠いと思っていたんだけど。


「エルトンはこれからどうするつもりなんだ?」

「そうですね。本格的な社交シーズンに入る前に、マルガン男爵領に行きましょうか。男爵様に挨拶しておかないといけませんからね。実際に行ってみないと魅力的な産物はわからないものですし、乗馬服のデザインのインスピレーションも欲しいんですよ」


 レオナは乗馬が得意だということだった。

 レオナの乗馬姿を見れば、きっといいアイデアも湧くと思う。

 馬の産地というポジションも、王都から見ると盲点かもしれない。


 ところがレオナが口にしたのは全然別のことだった。


「これからというのは、今日これからという意味だったんだが」

「えっ?」


 口を強制的に塞がれた。

 ああ、この人には敵わない。

 ボクも好きだよ、レオナ。

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