第170話 惑星フォトス調査隊-出発-

「いよいよ今日、惑星フォトス探検隊が出発します! 世紀の一大イベント惑星フォトス探検が今、始まろうとしているのです! この素晴らしい旅を私達、教会シスターズが余すところなくお伝えします」


 教会シスターズ・マリのアナウンスによりビデオ配信が始まった。今回は嫁達が身重なのでセシルも当然完全観客モードである。それで、セシルの後輩でありアナウンサーでもある教会シスターズの出番という訳である。三従者隊のファンでもあるようで、教会シスターズで三人組らしい。名前に『教会』とあるが、別に教会はアナウンサー事業を始めた訳じゃないようだ。


 王城横の飛行船発着場には、宇宙船に改造されたマッハ神魔動飛行船が鎮座していた。神魔動宇宙船である。

 基本はそれほど変わっていない。以前から真空の宇宙へ出ても問題ない構造だったからだ。ただ、加速の方法は惑星間の重力に干渉する方式に変更され、軌道計算も追加された。また、室内の重力調整機能も強化された。 

 重力調整というのは、常に地上にいるのと同じ重力を維持するものだ。無重量自体はレジャーランドで慣れているのだが、通常の生活には不便だからだ。つまり、この宇宙船では、普通の生活をしながら宇宙旅行が出来るわけである。当然、乗組員の訓練は特に必要ない。つまり、宇宙パイロットは存在しない。無重量レジャーランドで魔法免許を取得すれば十分である。


 シスター・マリの解説は続く。

「ここモトスの姉妹星であるフォトスとはどのような星なのでしょうか。フォトスではどのような冒険が待っているのでしょうか? 思いを馳せるだけで、わくわくが止まりません」


 なんで姉妹星なのかと思ったら、神様が女神様だからだそうだ。いや、ちょっと前は俺だったんだけど? まぁ、フォトスの担当神候補も女神コリスだから姉妹星でいいか。


 今回の調査隊は特別な予定が無いため小人数で構成されている。つまり、神様ばかりで出発準備が簡単なのだ。とっとと出発してしまおう。


 「今回の調査隊について、専門家のコメンテーターをお呼び……あああ、宇宙船が出発していきます。ぐんぐん上昇していきます」


 偉そうな素人にあれこれ言われたくないし、アナウンサーをびっくりさせてなんぼだよな?


  *  *  *


「まったく、リュウジったら。後でセシルに泣かれるわよ」とアリスに突っ込まれた。

「まじか。それは困るな。あ、でも今回ノータッチだろ?」

「そうね。でもシスター・マリは泣くわね」

「後で、何か贈ろう」


「それにしても、地上がもうあんなに小さく。この星も丸いというのは本当だったんですね」とピステル。次第に遠のいていく惑星モトスを見下ろして言った。

「本当ですね。しかし、世界は広いと思っていましたが、意外とせまいのですね」とマッセム王子。いや、それ違うから。

「ああ、よく勘違いされるんですが、ちょっと高くなったからと言って、星全体が端まで見えてるわけじゃないんです。ごく一部です。上昇するごとに、見える範囲は広くなっていきますが、半分まで見えることはありません」

「そ、そうだったんですか。ううむ。危うく勘違いするところでした」

 マッセム王子には今度、地球儀みたいなやつを作ってあげよう。


 そうこうしているうちに、さらに宇宙船は加速して上昇した。もう大気圏を抜ける高さだ。


「しかし、驚異の高さですね。先ほどまでは怖いと思っていましたが、なんだか心がマヒして来たようです」とマッセム王子。

「そうですか。それは良かった。マヒしてない人もいますからね」隣でピステルがブルブル震えているからな。

「そうは言うけどね君、俺の国がこんなだよ、こんな」ピステルは指で輪を作って見せる。うん、わかったから落ち着け。

「はい、ラームを食べて落ち着きましょう」とミリィが、ピステルにラームを渡す。ミリィは優しいな。ちなみに、ラームで落ち着くのは妖精族だけだ。今回の探検で、ミリィは専用の飛翔スーツを貰ってウキウキである。高度のことなんて気にしていない。というか、元々空を飛べる種族なので高さは怖くないのかも。


  *  *  *


「軌道ナビゲーションシステムの調子はどうですか?」俺は飛行船の操縦席に移動して開発担当の女神セリスに声を掛けた。操縦席は俺がいる指令室兼飛行艇の後ろに位置している。

「ああ、リュウ……ジ殿快調ですよ」まだ、二千年前の印象が強いようだ。

「ストーン神国辺りから発進すれば一番簡単なんですが、大差ありません。順調に加速しています」


 なるほど、ストーン神国が選ばれたのは二つの惑星の位置関係からなのか。それはそれで興味深い。


「もう少ししたら加速を逆転するんだろう?」

「そうですね。もうすぐ中間点です」

「そこで、少し等速運動しててほしいんだが」

「何かするんですか?」

「うん。宇宙空間で飛行艇の発着試験をしてみたいんだ」

「なるほど。では、少し早めに加速を停止しましょう」


  *  *  *


「そういうわけで、発着試験をやる」俺は、二つの惑星の中間で無重量になることを説明してから試験のことを話した。この特殊な環境でもテストしておきたいのだ。

「こんなところで試験して大丈夫なのか?」ピステルが心配している。

「ああ、今が一番安全だと思うよ。まぁ、どっちかの星に帰るのは一番難しいけど」

「外は真っ暗なようだが」ちょうど太陽がモトスの陰に入ったから暗闇だ。逆に直射日光がないので安全なのだが。

「ああ、そうだな。でも、照明はつけるし方向感覚さえちゃんとしてれば、大丈夫だろう」

「方向感覚?」

「うん。宇宙に出ると上は無いんだよ」

「こっちが上だろう?」

「いや、だから上は無いんだって」

「そんなはずないだろう?」

「まぁ、強いて言えば、こっちがフォトスだから、この方向が上かな」

「こっちが? まぁ、それでもいいよ」

「けど、もう少しするとフォトスのほうが近くなるから、下になる」俺の説明にピステるは目をパチクリさせる。

「そういう、わがままを言ってはいけないと思うぞ」とピステル。

「いや、わがまま言ってるのはピステルだよ」

「ピステル殿。モトスの上は、そのまま上でしょう。フォトスとモトスで反対になるわけですよ」

マッセム王子が助け舟を出した。

「おお、そうだよな。ほら」

「何がほらなんだか。モトスの上って言っても中央大陸の上はアトラ大陸では下だからな」

「そうなのか?」とピステル。

「そうなんですか?」とマッセム王子。

 俺は魔法学院の一般教養を、更に充実させようと決意したのだった。てか、見て分かれよ。


 そしてピステルとマッセムは飛行艇の発着試験で、さらに上と下が分からなくなったのだった。

 発着試験が終わると、これを見ていた三従者隊が飛んでみたいと言い出した。真空膜フィールドがあるし、真空中に出ても問題無いので許可したら、魔法ドリンクを飲んですいすい飛んでいた。

 面白そうなので俺も飛び出した。一応標準装備の飛翔スーツは全員分ある。フォトスへ降りた時の防護服を兼ねているから確認も必要だしな。まぁ、標準装備なのでデザインは奇抜ではないが。

 さすがに三従者隊と俺、おまけに女神隊もすいすい飛ぶのを見て、ピステルとマッセムも参加した。飛行船を中心に輪になって飛んでいるとどっかで見たような絵になるが、決して防御システムではない。


 意外だったのは、軽く訓練しただけのネムもすいすい飛んでいたことだ。そう言えば、ネムは魔法適性が初めから高く、魔法免許も簡単に取っていたからな。三従者隊と一緒になって飛んで同等レベルって、どゆこと?


 ちなみに飛翔スーツは、帰還ボタンが宇宙空間でも有効なので迷子になることは無いが、一定距離以上離れることもできない。帰還ポイントが加速の支点になっているからだ。まさに、宇宙服として作ったような神魔道具になっていた。

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