第158話 未来視を求めて
南北大陸の地震で思ったが、災害や病気も含めてこの世界は大きな変化に対する備えがない。まだ余裕が足りないのか? それがこの世界の文明レベルだと言われれば、その通りなのだが、ディストピアを経た後遺症なのかも知れない。
だからと言って神が下手に手出しすべきではないのだが、神も世界の未来が分からないのはどうなんだろう? 未来予知は必須能力じゃないかと思った。
俺がそんなことを考えているのは、あの過去からのメッセージ誘導を受け取ったからだ。あのメッセージ誘導で知った『未来視』は十分実用的だった。いや、魅力的だった。
残念なことに記憶を失った今の俺には『未来視』は全く使えない。だが、緊急救助隊の発足を機に過去に到達したものだけでも取り戻せないかと思うようになった。
そんなわけで、『未来視』に関連すると思われる基礎的な知識を女神カリスにご教授願うことにした。『未来視』には女神カリスも興味があるようで、出来れば一緒に研究したいと言ってくれた。
そんなある日、俺は王城の執務室で女神カリスの講義を受けていた。
「まずは、メッセージ誘導からでしょうか」
ホワイトボードの前に立った女神カリスの姿が凛々しい。
ホワイトボードはもちろん俺の手作りだ。俺は、ソファに座ってモニ国のコーヒーを飲みながら聞いていた。
「もともと、この技術は未来から過去へ情報が伝わる自然現象から発見されました」
女神カリスの話は、いきなり核心に近いものから始まった。
「未来から過去へ情報が伝わるんですか? そんな、自然現象あったかな?」
俺が不思議そうな顔をすると、女神カリスはちょっと可笑しそうに笑った。
「デジャブってあるじゃないですか?」
「えっ? デジャブ? えっと、あれって現象なんですか?」
「そうなんです。あれは、少し未来からのメッセージなのです」
デジャブなんて、あまり気にも留めない戯言としか思ってなかった。
「マジですか。デジャブの経験はありますが、自然現象とは思わなかったな」
「ふふ。そうですね。みんなが経験することですが、頭の中の現象なので研究されませんでした」
「ああ、一番遅れている分野だな」
「ええ、それに正確には魂の現象ですので研究しようがないでしょう」
「そうなんだ」
「これは目の前で見ているものに近い未来の映像が、見える現象です」
「どのくらい未来の?」
「数秒の未来です」
「ああ。ちょっと未来ですか」
「はい。普通は今との違いに気づきません。少し違いがあるときにデジャブとして認識されます。ただ、あまり気になりませんし無視しても問題ありません。これが自然現象としてのメッセージ誘導です」
「あれもメッセージ誘導なんですか!」
「はい。『鏡像メッセージ誘導』と言います。意識が鏡の像のように過去の自分にコピーされます。ここからメッセージ誘導の研究が始まりました」
「意識がコピーされる?」
「はい。正確には『未来の意識』と『過去の意識』が共鳴する現象です」
そうなんだ。分からんけど、そんなことが起こるんだ。
「神界では新しい通信方法として大いに期待されました」
さすがに神力通信以外の通信方法も試していたようだ。
「残念ながら、今では禁忌となってしまいましたが実用性が高いことは確かです」
「そうですね」
「じゃぁ、『未来視』は直ぐにできたんじゃないですか?」
「恐らくメッセージ誘導の延長線上にある技術だと思います。未来の自分から情報を貰う限りは」
そう言って女神カリスは俺を見た。
「はい。あれ? そう言えば、過去の俺は、俺がいない未来も見ていたようですね」
「ええ、あの『未来視』の素晴らしいところは、そこですね! 恐らく他人の目を使っていると思います。他人の目も対象にすれば見られる未来の範囲は非常に大きくなります!」
自分がいない場所でも見られるからな! というか、自分限定では見られる範囲が狭すぎる。それだけでは、大した変化も期待できそうにない。
「確かに、幽閉されている俺を女神に召喚させたりしていましたからね」
「そうですね」
思えば、とんでもない技術かも知れない。
さらに、女神カリスは『メッセージ誘導』の技術的な話を熱く語った。ただ、あまり理解できないのが悲しい。
* * *
技術的な詳細説明を諦めた女神カリスは俺と並んでソファでコーヒーを飲んでいた。彼女も、コーヒーは気に入った模様。
「課題と言えば、先日のメッセージ誘導では、さらにもう一つの課題をクリアしていましたね」
女神カリスはまた面白そうな顔で言った。
「もう一つの課題?」
「はい。メッセージ誘導を未来へ送っていたことです」
「ああ、そう言えばそうですね。それって難しいんですか?」
「普通は出来ませんね」
女神カリスによると、禁忌ではあるが神界の神ならばメッセージ誘導を送ることは出来る。ただし、あくまでも現在または過去に伝えるものだ。未来へ送る機能はないという。
しかし、過去の俺は百年未来の俺にメッセージを送っていた。
「どうやったのか私にも全く分かりません。大変興味深いですね」
「ううん。とりあえず、俺の記憶が戻ればすぐに分かる筈なんだけどなぁ」
「でしたら、第一神様に相談してみますか? 何か方法を知っているかも知れません」
そうか。それもアリか!
ー おお、なんじゃ?
ー あれ、第一神様。聞いてました?
ー うむ、ちと面白そうな話が聞こえたのでな。お主、そんな事をやっておったのじゃな?
ー ええっと、そうらしいです。それで、どうにか記憶を回復する手立てはないでしょうか?
ー そうじゃのぉ。そもそも、神の膨大な記憶は神界の記憶管理領域に保存されておる。
ー 記憶管理領域ですか。
ー うむ。魂には百年程度の記憶しか溜め込めないからの。お主は知らんじゃろうが、神の記憶は定期的に記憶管理領域に移しておるのじゃ。
ー そうなんですか!
ー で、お主が幽閉されるとき、その時点の魂の記憶もこの領域に保存した筈じゃ。全て忘れて転生するからの。
ー なるほど。神だった記憶は確かに全くありませんね。ってことは、そこにあるんだ!
ー うむ。本来なら幽閉終了で戻される筈じゃった。
ー はい!
ー じゃが、お主は召喚で戻ってしまった。つまり持ち主不明になってしまった。それで記憶管理領域の管理外になってしまったのじゃ。
ー 管理外に?
ー そうじゃ。管理外になった記憶は、当然不要な情報として消されてしまう。つまり、お主の記憶も消されてしまった筈じゃ。残念じゃが回復する手立てはないのぉ。
ー そうですか。消されましたか。
ー あっ、消されるといっても記憶管理領域にあった記憶を開放するだけです。
女神カリスが補足してくれた。
ー 消去じゃなくて開放ですか?
ー そうじゃな。領域を解放するのじゃ。ただ、何処に行ったのか分からんがの。
ー なるほど、そうですか。
ー 役に立てなくて、すまんの。
ー いえ、ありがとうございました。
ー うむ。ではな。
第一神様は、自分の仕事に戻っていったようだ。
勿論、過去の俺は自分の記憶が消されることを覚悟の上で自分を召喚させた筈だ。
だが、それは研究を諦めるという意味ではないと思う。諦めていないから、研究の成果を送って来たんだと思う。
問題は、俺が研究内容を理解できるようになるのに、どのくらい時間が掛かるかだ。まぁ、神様だから時間は気にしなかったのかも知れないが。
「『未来視』と、『未来へ送るメッセージ誘導』か」
「はい。素晴らしい技術です。私、あれからわくわくしっぱなしで夜も眠れません」と女神カリス。
あ、一応これ神界のギャグです。神様は寝ないので。
「じゃ、添い寝しますか?」
「ふふっ。では、女神湯に入りましょう」
女神カリスは嬉しそうに言った。
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