第98話 南北大陸へ-飛行船、深海に潜る-

 午後二時、周りは一面海で何も見えない海域を飛んでいた。

 三六〇度全て海というのも珍しい体験なのだが、一時間もすれば感激も収まる。すると、アリスがいきなり海に潜ってみたいと言い出した。


「だって、天馬一号も水に潜れるって言うし、出来るんじゃない? このクラスのものが水に潜るとしたら、こういう深いところじゃないと無理でしょ?」


 確かに一応潜れるし、潜るとしたら浅い海では無理だな。


「まぁな」

「天馬一号はどのくらい潜れるの?」とアリス。

「天馬の場合は、エネルギー的に難しいから、数分だろ」

「うん、アーデル湖に突っ込んでみたけど、すぐ出て来た」


 テストした椎名美鈴が言った。


「この飛行船は?」

「時間制限は特にないと思いうけど。そうだよな? ランティス」


 俺は製作担当者に確認した。


「ええ、長時間潜れます。一度テストしました」


 ランティスは当然のように言った。


「テストしたのかよ」


 まさか、テストするとは思ってなかった。単なる仕様程度の認識だったのだ。


「はい。テストは三十分くらいでしたけど。空気清浄装置は通常時も使ってるので特別なことをするわけじゃないし、数百メートルくらいは潜れます。海の中は綺麗でしたよ」


「どこまで潜ったの?」


 アリス、そんなに見たいのか?


「あんまり深くなると暗くて何も見えなくなるので百メートルくらいです。綺麗なのは三十メートルくらいまでですかね」


「いいわね! 潜りましょう!」とアリス。

「いや、今、高度三千メートルにいるんだけど」


「いいじゃない、暇なんだし、ちょっとだけ潜ってよ」


 見ると、他の女神様も期待した目で見ている。


「しょうがない。じゃぁ、ちょっと水中探検するか」


 もちろんエンジニアはもしもの場合に備えて待機しなくちゃいけない。だが、スタッフ以外は、みんな遊ぶ気満々である。


  *  *  *


 加速がキャンセルされているので、急降下しても問題無い。だが、急角度にする違和感あるし、角度は水平のままストンと海面まで降下した。

 ただ、見てるとちょっと怖い。ってことで、ちょっと大騒ぎになってしまった。


「な、なんじゃ、今のは!」とヒュペリオン王。

「さすがに、驚いたのじゃ!」とリリー。


 この二人は、驚くと言っても嬉しそうだが。


「リュ、リュウジ殿。だから、先に言ってくれと」とピステル。


 かなりビビったようだ。


「ちょ、私、見て無かったわ!」とニーナ。

「私も、見なくてよかった~っ」とセシル。

「み、見てしまいましたわ」とセレーネ。

「わたくしは、もう一度見たいですわ」とアルテミス。


 まぁ、実害は無いんだが、今後はもうちょっと緩くしようと思った。


  *  *  *


 飛行船が着水すると、下層展望室は水面下になる。

 この展望窓から見上げると、今日の海面は比較的静かだった。まぁ、静かと言っても外洋なので波は高い。

 つまり下層展望室は、まるで水族館になっていた。展望窓から下を覗いてみたが海底は見えない。ただ濃紺の空間が広がっているだけだ。結構深そうだ。


「すっご~い。あお~い。海の中ってこんなになってるんだぁ」


 アリスをはじめ女神様が思いっきり窓に食いついてる。


「いや、なんで知らないんだよ」

「えっ? だって出身地では海に潜る経験なんてしてないもん。担当神だと基本ノータッチだし」


 神眼じゃ見れないんだっけ? やってみたら、確かに見えない。万能なようで、意外と制限があるようだ。


 もちろん人間たちも食い付いている。この世界に水族館なんてないからだ。もっとも、外洋なので魚はあまりいない。


「どこまでも青い水が続いておるのぉ」とリリー。

「おお、魚とは、あのように泳ぐのだな。あの動きは人間には無理じゃ。泳げなくて当然じゃな」とヒュペリオン王。どうも泳げないらしい。

「素晴らしい。これに、関しては突然でも歓迎です」とピステル。


 やっぱり、こういうものは予備知識なしで見るのが一番いいんだよな。


「みてみてっ! あの太陽の煌めきは私の後光のようね!」とアリス。


 確かに、水面を見上げると太陽の光は放射状に降り注いでいる。しかも、揺れ動くから綺麗だ。


「見てよあれ~。ゆったり泳いでるわね~っ」


 はしゃぐエリス様も珍しい。このあたりの回遊魚は特に大型のものが多いようで迫力があった。


「あっちに群れが来たよ~、キラキラしてる~」


 小魚の塊がくるくると回って玉のようになっている。海域が南国に近いせいか、明るい色の魚もチラホラいた。


「気密チェック問題ありません」


 エンジニア達が一通りチェックして問題なかったので、ゆっくりと水中に潜ることにした。

 真空膜フィールドは船体から少し離れているので、大きな気泡の中に浮いているようでちょっと不思議な空間である。魚が居なくても十分面白い体験だ。


 見ると、イルカより大型の魚影が近づいてきた。もしかすると飛行船を仲間と思って来たのかもしれない。


「わ~、何あれ? あの大きな魚を追っかけよ~」


 エリス様が夢中だ。よし追っかけよう。俺は操縦席に指示を出した。


 大型の魚は急速に潜って行った。

 さすがに、後から潜っても追い付けない。クジラは深海まで潜るというから、あれも同じなのだろうか?

 とは言えまだ三百メートル程度だ。まだまだ底は見えない。展望室の明かりは漏れているが、暗くなったので船体前方のサーチライトを点灯してゆっくり潜航することにした。


「何もいないね~っ。真っ暗だし。ちょっとこわーい」とミルル。

「この辺だと、水圧が凄いから外に出たら大変なことになる」

「そ、そうなんだ。こわーいっ」とニーナ。


 そんな話をしているうちに海底に到着した。大体、五百メートルくらいだ。さすがに、かなり魔力を使ってるようだ。この辺が限界かな? エンジニア達も、ちょっと心配そうな顔をしてるし。


 さすがにここまで深くなると光は殆ど届いていない。

 水深二百メートルを越えると「深海」と言うそうだが、ここなら完全に深海と言えるだろう。サーチライトの光に誘われて小魚などの生物が寄ってきているようだが魚影はあまりない。

 この深さだと甘エビが居そうだが見つからなかった。代わりにズワイガニぽいカニが沢山いた。後部ハッチから拘束フィールドで捕まえて調べたら食えることが分かったので大量に捕獲してから浮上した。


 そして、予定航路に戻るころにはカニが茹で上がっていた。


「おやつにカニってのも、乙なもんである」


 ウリス様は、ご機嫌である。てか、ナディアスで食べられなかったのが悔しかったようだ。たくさん食べて貰おう。


「おやつに酒飲んでるし」アリスからチェックが入る。

「カニが出るとなんで宴会になっちゃうんだろう?」

「そういう運命なのだ」


 珍しくエリス様の突っ込みがない。ふと見ると、もくもくとカニを食べている。夕ご飯の前にあんまり食べちゃいけませんよ?


 海底探検は、アリスも他の女神様も満足したらしい。いろんな意味で。

 これ、きっと帰って周りの神様に話すんだろうな。絶対、潜水艦ツアーやれって言うな。あとでランティスに潜水可能な小型飛行船を頼むとしよう。


 ちなみに、着水したとき後部ハッチから捕まえた魚を水槽に入れてみんなで眺めている。これ、飛行船の旅だよな? っていうか、なんで水槽なんて置いてあるんだ?


 潜水で一時間ほど遅れたが、加速して午後四時には南北大陸が見えて来た。

 大陸の端には三千メートル級の山があり、これを迂回して最初の訪問国であるパルス王国の首都マキナへ向かった。

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