第41話 王様乱入

 その日、新しく舗装した街道を自動乗用車でかっ飛ばして来たのは、聖アリステリアス王国の国王だった。明るい初夏の日差しの中、鮮やかなロイヤルブルーに塗られた王様カスタムモデルで風のように飛んできたらしい。


 とは言っても、自動荷車を見慣れているこの街の門番にとっては、それほど珍しいものではない。自動荷車であっても、普通に手続きするだけである。寧ろ、自動荷車が増えているので、自動荷車だけちょっとした待ち行列になってしまっていた。もちろん、王様の自動荷車のボンネットには、この国の紋章が金色でくっきり描かれているので普通は目立つ筈なのだが……。


「おい、お前。自動乗用車に乗って来るのはいいが、マフラー取っちゃダメだ。罰金金貨一枚な」と門番の衛兵。

「なに? お主、わしから罰金を取るのか?」ドアの窓から顔をのぞかせて王様が言った。

「いや、誰だって同じだよ。この街の決まりでな。マフラー取るような迷惑な改造する奴には罰金払って貰うんだ」と衛兵。

「そうか。門番。名はなんという」

「俺か? 俺はウォーリスだ。覚えとけよ」衛兵は、窓口から身を乗り出して、車の中の男に言った。

「そうか、わしはヒュペリオン・アリステリアスだ。よく覚えておけ」

「ヒュ……えっ?」


 横にいた衛兵も気が付いた。この人、王様だ。罰金払っても、この人に戻っちゃう。罰金ループしちゃう。

 ボンネットには王家の紋章があるのだが、湾曲しているのと長い距離飛ばして来たので埃をかぶって見にくくなっていた。加えて、王家の人間が一人で来るとは誰も思わないので気付かなくても仕方がない。


「し、失礼しました~っ」衛兵、渾身の謝罪をする。

「いや、よい。お忍びじゃからな。規則に忠実な衛兵がいるのはいいことじゃ」うん、なかなか出来た王様らしい。けど、王家の紋章付けてお忍びですか。

「恐れ入ります」

「この街の大通りは街道同様に実に綺麗だな」と王様。

「はい。旧領主館に住んでる魔法使いのリュウジさんが奥様の懐妊祝いで舗装してくれたそうです」

「ほう、それは凄いな。して、その旧領主館とは、この道を真直ぐ登ったあの高台でいいのか?」

「はい。高台には聖アリス教会があって、その隣が旧領主館で御座います」

「うむ。わかった。ではな」


 王様、エンジンを吹かして、ボロロロロロロっと去っていく。門番の役目としては、町長に伝令を出すのだが、あのスピードでは先回りはまず無理だと諦めてゆっくり伝令を出すのだった。


  *  *  *


 この街の大通りは、まだ馬車も走っているのだが、殆どは既に自動荷車か自動乗用車になっている。だから、普通なら目立たないのだが、鮮やかなブルーと王家の金色の紋章は目立っていた。


「おい、今の見たかよ」

「ああ、ありゃアリステリアス王家の紋章だぞ」

「姫様が三人、嫁に来たっていうから、親族かね」

「姫様の親族って言ったら……まさか」

「うわっ。近衛兵なしで来たのかよ!」


 この国の常識として、王族が遠出をするとしたら近衛兵が護衛に付くものなのだが、自動乗用車で移動する場合は近衛兵は付いてこない。まだ、近衛兵には自動乗用車があまり配備されていないので制式化していないのだ。それでも、事前に知らせてあれば付いて来れたのだが、王様がいきなり出て来てしまったので対応できなかったのだ。今、慌てて追いかけている最中らしい。


  *  *  *


 旧領主の館まで来た王様は車を止めて門番に向かって呼びかけた。


「おい、わしは、ヒュペリオン・アリステリアスじゃ。この館の主、魔法使いリュウジを呼んでくれ」

「ヒュペリオン……は、畏まりました」


 流石に、姫様が三人いる館の門番だ。王族が来る可能性を予想していたのだろう。直ぐに伝令を飛ばし……ではなくて、最近取り付けられた専用の神魔フォンで執務室にいた俺に知らせた。それを目ざとく見つける王様。


「おい、お前。今何をした? それは魔道具か?」

「はい、これでリュウジ様と話せます」

「なにっ! ちょっと、わしに代われ」

 王様、車を降りると衛兵の持つ受話器を引っ手繰った。

「あっ、ちょっと」


「あ~、リュウジとやら聞こえるか?」

「どちら様でしょう?」

「わしは、ヒュペリオン・アリステリアスじゃ。娘三人が世話になっておるじゃろう?」

「王様ですか。いま、迎えを出しましたので、しばらく……」

「いや、ちょっと出てこないか? そなたのリュウジカスタムモデルとやらを見たいのでな」このおっさん、何しに来たんだ? 娘が全員懐妊したと知らせたハズなんだが?


 横で聞いていたリリーが「父上が、また趣味全開にしておるのじゃ」とか言ってる。とりあえず、俺はセレーネ達3人を連れて俺の自動乗用車で門まで出て行った。


  *  *  *


「ぬぉ~、なんじゃその美しいボディ~は!」と王様。

「リリー、王様に話してないの?」

「詳しいことは話してないのじゃ。わらわのモデルが出来たとき、自慢出来なくなるからな」

「ええのぉ、ええのぉ。これは屋根はないのじゃな!」反応が全くリリーと一緒なんだけど。


「よし、これならば申し分ない。わしと勝負じゃ」と王様。

「は?」

「は? ではない。お主、いきなりわしの娘三人を、娶ると同時に孕ませるとは何事じゃ! 『好きなものを召し上がれ大作戦』であって『全員召し上がれ』とは言っとらんぞ」いや、どっちも聞いてませんけど。

「はぁ」


「許して欲しくば、わしと勝負しろ」と王様。

「勝負って、どうするんです?」


「当然、自動乗用車のスピード勝負じゃ。あの見事に整備された街道があるじゃろ。あそこからスタートして、どちらが早く戻って来れるか競争じゃ。整備されているところまでの往復で良い」


「あ、セレーネ街道を往復ってことですね」

「セレーネ街道?」

「はい、懐妊記念で名付けました」

「おお、それは良い。ならばなお、この勝負にふさわしい」


「父上は、単にこじつけて競争したいだけじゃと思うが」とリリーがバラす。

「リリーおまえ父を裏切るのか?」

「父上、リリー街道もあるのじゃ」

「なに! それは、走らねばっ」

「やっぱり、趣味全開なのじゃ」

「ぐぬぬ」突っ込まれた時の反応まで一緒かよ。いいなぁ、この親子。


「じゃ、とりあえず、セレーネ街道に行きますか」

「うむ。よかろう」


 ま、どっちしても、何も変わらないし変えれないんだけどね。他の三人の嫁も、もう一台ある自動乗用車試作バージョンに乗って付いてきた。

 ロイヤルブルーとホワイトボディの車体は良く目立つ。続いて試作車の赤なので、どこかの国旗みたいな事になってる。さっさと移動したつもりだったが、三台が門の外に出たときには後ろから大勢の群衆が付いて来ていた。


  *  *  *


 さらに、門の外では慌てて追いかけてきた近衛兵自動乗用車隊の五台が待っていた。いつの間にか、ちょっとした祭り状態だ。なんなのこれ? さらに出店も出はじめた。この街の人、順応早すぎ!


「では、ここにラインを引いて、ここからスタートし、ここでゴールとします」

「うむ。良かろう」と王様。

「行先は、旧地獄谷でいいですね。あそこまでしか舗装されてないので」

「よし、分かった」王様、軽く頷く。どうも、来る途中で見て来たようだ。


「ちなみに、あの地獄谷を崩したのは、本当にお主か?」王様、さすがに疑っているようだ。

「え? あ、はい。初めて魔法を使ったときに試し撃ちしました」

「あれが試し撃ちとは、すさまじい婿殿じゃのぉ」王様、予想を超える答えに、ややたじろぐ。

「この街道の舗装も一発でしたし」

「まことか! 分かった。ならば手加減は要らぬな? とにかく先に戻ったものの勝ちじゃ。良いな?」なんだろう、自信満々だな。何かあるのかな?


「わかりました。じゃ、誰か合図を送ってくれ。あ、セレーネに頼もうか。合図は……」

「でしたら、わたくしが光マジックで合図しますわ」

「なに? セレーネ、いつの間にそんなことを」王様、さらに驚く。

「ふふ。あとで、お話しますわ、お父様」


  *  *  *


「では、ようーい」ピカッ


 両者一斉にスタート。当然パワーが違いすぎるのでターボは使わない。それでも、タイヤに使ってる樹脂の質の違いもあり、次第に王様を引き離していく。まぁ、でもスピードが大したことないので、それほど離れる訳でも無い。ただ、車の安定性がまだまだなので、ちょっとハンドル操作をミスったら直ぐ追い越されてしまうだろう。


 道は、先に近衛兵たちが街道上にいた車を脇に寄せていたので、障害がなく快適に走れた。風を切って気持ち良く走っていて、ふと見ると、いつの間にか王様が追い付いて来ていた。普通の自動荷車ではないのかも。


「あれ~っ。思ったより、速いなぁ。もしかして王様、チューンしてる?」

「わははは。何もせず挑戦する訳なかろう」王様、高笑い。

「ほう、じゃ遠慮なくターボ使っちゃおうかな~っ」

「な、なんじゃそれは? こっちにない機能は反則じゃぞ~っ」そっちにしかないの、ありそうだけど。

「わかりました~。そろそろ、Uターンです」


 地獄谷に到着してギューンとUターンをすると、王様カスタムは俺の車より速い。Uターンが終わってみると、殆ど一緒だった。こりゃ不味い。じゃ、アクセル全開といきましょう。


「ぬぉおおおお」


 いや、王様、叫んでも速くはなりませんよ? 雄たけびターボとか付いてたりして。流石にかなり引き離したなぁと思ったら、いきなり近衛兵自動乗用車隊が邪魔しに来た。やっぱりかぁ。『とにかく先に戻ったものの勝ち』とか言ってたから何かあるとは思ってたんだよね。

 前を塞がれたので、ここはやっぱりこれだろう。


「Aボタン、ジャーンプ」

「なんだあれは」

「トリだ」

「ロケットよん」違うって。ま、なんとか無事、近衛兵自動乗用車隊を飛び越えてゴールしたのだった。


  *  *  *


「なんじゃ、あれは~っ!」と車から飛び降りて来た王様が言った。目をキラキラさせて俺の車体を見回している。

「事故防止の安全装置です。あれで速くなったわけじゃないから、反則じゃないですよ?」

「そうか、わかった。しかし、お主とんでもない物を作るのぉ。リリーが興奮してたから、何かあるとは思っておったのじゃ。ようやっとわかった」なるほど、リリーが欲しがる理由を知りたかったんですね。


「わしの完敗じゃ。娘たちはお主の好きにせい」

「ありがとうございます」

「のぉ。ものは相談じゃが、後でうちの別荘にあるコースを舗装してくれないか?」

「そんなものがあるんですか?」

「うむ。別荘は暇でな」

「分かりました」


 ちなみに、セレーネ街道往復カーレースは街の恒例行事になったのだった。

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