第26話 一人多い

 神界から帰ってからこっち、俺の生活はちょっと変化した。

 いや、ちょっとではない。ベッドの両側に嫁。つまり両手に花となった。しかも、何故か時々増えるし。

 ただ、それも日常となれば落ち着きを取り戻していくものだ。普通なら。


「トゥ〇〇〇ルー」

「またですか」とニーナ。

「また~?」とミルル。

「……あれ? 一人二人……五人。ちょい待ち。なんか人数がおかしい。ま、一人は神だけど。っていうか、この子は?」


「えっ?」と謎の女。

「あらまぁ」とアリス。

「だれ~?」ミルルも気が付いた。

「どちらさま?」ニーナが聞く。


「えっ?……わたし、どうして」謎の女は、まどろんだ目で言った。

「しかも、リュウジに抱きついてんだけど。リュウジ?」ニーナがジト目で言う。

「いや、俺は知らないよ。って、セシルさんじゃ?」


「あ、ほんとだ、セシルさんだ」とニーナ。

「隣の教会のシスターです」俺はアリスに説明した。

「あらまぁ」

「セシルだ~っ」


「わ、わたし、どうしたんでしょう?」とパジャマ姿のセシル。

「隣の教会? ああ、ちょっと待って。これって確か……」アリスが何か知ってるらしい。

「そうそう、この話、聞いたわ。あなた、教会東側2階奥の角部屋に住んでるでしょ?」


「えっ? あっ、はい。どうしてそれを。って、アリスさま? どうしてここへ? えっ、あの……私なにがなんだか……」


 セシルはしどろもどろだ。


「しっかり、落ち着いてシスター。ちょっと深呼吸しましょうか。ちょっとだけ、目を閉じて十数えて」


 アリスは、セシルの頭を抱えると、ゆっくり落ち着くのを待った。


「あなたたちも、ちょっと待っててね」


 アリスに言われて、俺も嫁たちも静かに頷いて待った。全員、貴女の使徒ですから。


「いいかしら? あのね。あの古い教会には、ずっと昔に作られた魔道具があるのよ。その部屋で願い事をすると、この部屋に転移するの」アリスが説明した。


「この部屋に? この部屋って元々領主の部屋だよな?」

「そうよね。教会から何でここに?」とニーナ。

「つながってる?」とミルル。


「ああ、そういうことか。教会のその部屋は領主の愛人の部屋なんだ!」

「そうか。ここと一緒に作った教会だもんね!」とニーナ。

「秘密の魔道具なんだ!」とミルル。ミルルは魔道具が気になる模様。


「でも、だいぶ古いだろう。たぶん何代も前だ。そんなのがまだ動いてるのか。なんで今まで気付かなかったんだろう?」


「そりゃ、愛人限定の魔道具だもの。それに、真夜中の領主の部屋に飛びたいなんて思わないわよ」とアリス。

「確かに」


 そんな酔狂な奴は普通いない。


「ベッドからベッドに転移したいって?」セシルを見てニーナが言う。

「その恰好だと、帰りも直接ベッドじゃないとマズいな」絶対、玄関からは帰れない。

「そういう問題じゃなくて。なんで魔道具が動いたのかよ?」

「そうだった」


「星に願いを」とミルル。

「願い? ああ、そうか」願わないと発動しないのか。

「願ったの?」ニーナも気が付いた。

「ごめんなさい」とセシル。


「あら、仲間が増えそうね。さっそく三人目の候補が出来たわね!」とアリス。

「なんだ?」

「あっ、ほんとだ」これはニーナだ。

「ホントだ~」とミルル。


「三人目?」セシルは不思議そうに言った。


「ようこそ、リュウジ部屋へ。可愛らしいシスター」アリスがセシルの手をとって言った。

「あの、アリス様。わたしどうして歓迎されてるんでしょう?」

「それはね、ある意味あなたは世界の希望になったから」

「???」


「それ、ますます混乱させてると思います」と俺が突っ込む。

「そうね。とりあえず、ここにいるみんなは、誰もあなたを責めてないから安心して。そうね、次に転移して来た時に改めてお話しましょう。今日のところはお帰りなさい」


「それはいいけど、セシルさんどうやって帰るの?」とニーナ。

「大丈夫、願いが叶えば帰れるはずよ」とアリス。

「願い?」

「……」

「願いって?」とニーナ。

「言わないと、帰れないわよ?」とアリス。

「すみません。わたし、リュウジさんにキスして起こしてほしいって思ってしまいました。ごめんなさい」


「そう、ならさっさとキスしちゃいなさいリュウジ」あっさりと言うアリス。

「でも、シスターだけど?」

「私公認なんだけど」そうですね。


 ちゅっ

 ぽっ


「あ、帰った」


 セシルは俺の腕の中からすっと消えた。


「嘘みたい」ニーナも驚く。


「けど、本当に三人目になれるのかな~?」ミルルが心配そうに言う。

「大丈夫じゃない? でしょ? リュウジ?」とアリス。


「ん~、たしかに……細く神力が繋がってる。それはいんだけど」

「何か気になるの?」とニーナ。

「うん。これ、運命の女神様とか関係してないよね? 神界で言われた魔法共生菌無しの三人目の使徒候補っぽいしな」

「そ、そんなことはないわよ。大丈夫よ。たぶん」とアリス。ちょっと目が泳いでいる。


 この世界を担当して日の浅いアリスが、古い教会の事情を知ってるのは変だよな? もともと地上界にはノータッチだったんだし。


  *  *  *


 そして翌朝。


「トゥ〇〇〇ルー」

「やっぱりか」

「それはともかく」ニーナも起きてる。

「セシルさん、おはようございます」


 腕の中に向かって俺は言った。


「お、おはようございます。あの、違うんです。今朝は、アリス様やニーナ様達とご一緒したいって思っただけなんです」


「ほう?」

「いいじゃない。私、好きよセシルさん」とニーナ。

「そうね、私の可愛いシスターよっ」とアリス。

「セシルわたしも好きだよ~っ」とミルル。

「申し訳ありません」とセシル。


「人の願いは罪ではないわよ」


 アリスが宣言するように言う。


「アリスさま~っ」


 セシルは縋るような目でアリスを見た。


「考えてもみなさい、自分が隠していた願いが一番知られたくない人に知られ、それを明かして部屋を変えることもできないセシルの気持ちを。良い子ねセシル。私はあなたの味方よ」


「ほんとだ。ごめんなさいセシル。私、そこまで気づかなかった」とニーナ。

「セシル~、セシルはもう仲間だよ~っ」とミルル。

「み、みなさん。ありがとうございます」

「リュウジも何か声をかけてあげなさい」アリスが言う。


「えっ? いや、今日の願いに俺は関係ないかなと……」

「ばかね~っ」とニーナ。

「ばか~っ」とミルル。

「い、いやだって。そうなのか? すまんセシル」

「違うんです。ああ、私はなんて欲張りなんでしょう」


「人間は欲張りなものよ」とアリス。

「私は、皆さん全員に嫌われたくないんです」とセシル。

「そうね、私もよ」とニーナ。

「わたしも~っ」とミルル。


「えっ?……それに、わたしアリス様を女神様と思ってしまってます」

「私もよ」とニーナ。

「私も~っ」とミルル。

「俺もだ」


「リュウジさまも? えっ?」


 逆にパニックになりそうなセシル。


「あら、じゃ全員同じじゃないの」とアリス。

「えっ? あの、同じ……なんです? ね?」

「うん、そうよ。少なくともこの部屋にいる人間は全員同じよ」ニーナがはっきりと宣言した。

「そだよ~っ。同じだからここにいるんだよ~っ」とミルル。

「この部屋に来る方法が違っただけじゃない?」アリスもフォローする。


「そ、そんな。わたしは、では、今のままでいいんでしょうか?」

「問題ないわね」とニーナ。

「問題無し~」とミルル。

「むしろ、そのままでいろ」

「あああああ」


「バカね。何も悩む必要なんてなかったのに。黙ってないで、みんな打ち明けちゃっていいのよ」とアリス。

「はい」


「で、リュウジ。どうなの?」ニーナが聞いて来た。

「あ? ちょっとまって。セシルこっち向いて」

「あ、あの」

「ん~っ、もうちょっとだな。もっと俺を信じろ」

「は、はい」


 俺は、神力の流れに集中した。細いが、確かにセシルに流れている。その流れを見ていると少しづつ脈動を始めた。あと、もう少しか。


「あっ」


 微かにセシルから声が漏れた。


「今、なにか感じたかしら?」アリスが言う。

「はい、何かがふわっとかすめたような」

「凄いわね。また使徒が増えたわ」


「使徒?」


 さすがにセシル。怪訝な顔をする。


「ええ、私は女神アリス。ここの三人、リュウジとニーナ、ミルルは私の使徒、眷属なの。そして、今あなたも私の眷属になったの」


「……???」


 セシルは、まだ理解できないようだ。


「ほんとだよ」とニーナ。

「ほんと~」とミルル。


「ま、信じられないよな。ふつ~」

「い、いえ信じます。ただ、夢のようで……あああ。アリス様。やはり、アリス様は女神様なのですね。本当に女神様なのですね。わたしがアリス様の眷属に? ああ、なんということでしょう」


 セシルは感極まって涙を流しはじめた。

 そうか、確かにこの娘はそうかもな、と思った。


「いいのよ。夜中に転移しないで、朝方に転移してくるあたりがシスターらしいわ」とアリス。

「そういえばそうね。かわいい」ニーナが言う。

「なるほどな。もっと早く来てもいいぞ」俺も言う。

「えっ?」

「いいよ~」

「まぁ」

「だって、すぐ朝食で帰っちゃうだろ?」

「……」

「ししょ~っ」


 いや、お前、俺の嫁だって忘れてないか?

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