第20話 領主の館を貰う

 水道の地下トンネルを開けたことで、水道事業は一段落となった。


 リュウジの役割としては、これで終わりである。

 町内会議により報酬として「旧領主の館、一時金として金貨一万枚、水道使用料の三%の利権」を贈られた。ちょっと、今回の報酬として多すぎると言ったのだが、水道メンテナンス等、今後のことも含まれるので高くない、俺がいなければ立ちいかないので、ぜひ受け取ってくれとのこと。

 理想は俺がいなくても何とかなる様に作るべきなんだが現状はこれしか出来ないので仕方ない。ならばと、ありがたく頂くことにした。これを断ってしまうと、将来俺に代わる者の予算が出ないことになるからだ。後進のことを考えると少ない報酬は害悪でしかない。


 まぁ、必要ないなら湯水のごとく使えばいいだけだ。異世界の通貨で、まだ玩具にしか見えないんだが。


  *  *  *


 領主の館はこの街に来た時、ニーナが案内してくれた広場の奥にあった。

 この広場がもともと領主の館の庭園の一部だったという。とてつもなく広い敷地だったんだなと思う。

 さすがに領主の館を貰うのは分不相応とも思ったが、維持費が掛かるので貰った金の使い道にもなるし自分の家も欲しかったので受け取ることにした。


 それで、今日はニーナと下見だ。


「あ、隣が教会なのね」


 ニーナが嬉しそうに言った。なるほど、そういえば教会も広場の奥だった。


「隣といっても、領主の館はもっとずっと奥だけどな」

「そうね。あの教会って、もしかして屋敷の一部だったのかな?」

「ああ、そうかも。少なくとも一緒に作ったように見えるな」


「あ、シスターが出てきた」目ざとくニーナが見つけて言った。


「リュウジ様、ニーナ様、ようこそおいで下さいました」


 門の外まで出て来てシスターが挨拶した。


「あ、いえ、そうじゃなくて。今度こっちの館に引っ越してくるので、その下見なんです」

「セシルさんね? ごめんなさい、騒がしちゃって」

「まぁ。それでは、これからはお隣さんになるんですね? 素敵!」


 す、素敵? あ~、アリスと俺、セットになってるのかな?


「うふふ。わたしは、アリスさんの絵を見に教会に通いたいわ」とニーナ。


「まぁ、さすがニーナ様。そう言われる方が大変多いんです」

「やっぱり!」とニーナ。

「はい。もう、ミサはいつも満員で、早く改築しなくちゃって神父もいつも言ってます。寄進も集まっているようです」

「あら、それはなによりですね」


 立ち話をしていたらモートン神父まで出てきた。


「これは、リュウジ様」

「あ、神父。すみません、館の下見に来ただけなんです」

「ええ、聞き及んでおります」


 神父も嬉しそうに言ってくれた。


「教会の拡張を考えているとか」

「セシルから聞かれましたか。そうなんです。ですが、敷地が限られており苦慮しているところです」


「それだったら、この庭の一部をお使いください」ふと思い付いて言ってみた。

「ええっ? よろしいのですか? それは助かりますが」

「かまいませんよ」


 神父は信じられないという顔をしていたが、俺が本気なのだと分かったようだ。


「では、女神像のお披露目までになんとか考えてみます」

「ああ、それがいいですね」

「ありがとうございます。ご相談は、こちらの館でよろしいでしょうか?」

「そうですね。数日中には越してくると思います。その時には、声を掛けます」


  *  *  *


 神父たちと別れて、俺たちは旧領主の館に向かった。

 館は、二階建てで古風だが立派な佇まいのマナー・ハウスっぽい作りだった。門番は予め聞いていたらしく、門を開けて待っていた。なかなか気が利く。


 門からは馬車道がまっすぐ庭を抜けていた。今は庭に何も植えていないようだが、草は刈ってあり、ちゃんと管理されているようだった。有能な執事がいるんだろう。と、話をしてたら館から迎えが来た。


「リュウジ様、ようこそおいで下さいました。わたくし執事の……」

「セバスチャン?」

「えっ、いえ、申し訳ありません、バトンと申します」ですよね~っ。

「セバスチャンて、なに?」とニーナ。

「いや、忘れてくれ」

「使用人一同、お待ちしておりました。わたくしが館をご案内致します」とバトン。

「うん、頼む」


 バトンに案内され、庭の管理だの庭師の宿舎だのを見つつ、館に到着した。

 館の玄関ホールでは使用人全員によって迎えられた。軽く挨拶を済ませ、バトンに連れられて館を順に見ていった。


 一階から、玄関ホール、サロン、画廊、食堂、厨房、浴室、図書室、談話室などなど、さすが貴族のお屋敷。二階は寝室、屋根裏部屋は物置のようだ。館の横手には使用人宿舎があった。

 俺が使いそうもないものも多い。これは領主だったら必要なものなんだろうな。大勢客人を呼ぶことなんてないので、当面ホールやサロンは使わないだろう。

 一通り見たあと、俺たちの家具についていくつか注文をつけた。


 特に大きな問題はないようだが、俺としては問題がひとつあった。浴室事情が全然ダメなことだ。

 まぁ、宿屋でもそうだったのだが、もう水道も引いたことだし広い浴場を作ってもいいだろう。必要なら俺が設計するつもりだ。やっぱ露天風呂は必須だよな?

 大浴場のほかに小さなシャワールームも寝室に隣接させたい。それだと瞬間湯沸かし器を作る必要があるので、とりあえず場所だけ確保して水を引けるようにしておこう。

 まぁ、水道管から作る必要がありそうなので気の長い話だが。最初は焼き物の水道管だろうな。たまに金属も見えるが青銅のようだ。


 最後に今抱えている問題点を聞いた。


「本館の問題は以上でございます」


 バトンは、いくつかある細かい問題を報告してきた。


「なるほど、じゃ使用人の宿舎の問題は?」

「し、使用人のでございますか? それは、特にご主人様の手を煩わせることはありません」


「自分たちでやってるの? でも、出来なくて放置してることとかあるんじゃない?」


 バトンは少し考えて応えた。


「困るというほどではありませんが、サウナ風呂の調子がよくありません」

「何時から?」

「ここ5年ほどです」ちょっと、申し訳なさそうに言う。


「なるほど。サウナか。じゃ、作り直そう。ついでに浴場も作ろう」

「お待ちください、それは贅沢が過ぎます」


 バトンは驚いて言った。控えていたメイド達も目を見開いてびっくりしている。一人など、思わず声を出して手で口を押えている。


「いや、いいだろ。本館に浴場をしつらえるついでだ。寧ろ使用人の健康管理用として必要だ。別に大浴場を作るとは言わないが、サウナだけではダメだろ」たぶん、臭いしな。


「さ、左様でございますか」

「うん、使用人が疲れて病気がちなら、主人も元気では居られないよね?」

「はい」


 バトン、平静を装ってるけど、ちょっと顔を赤くしている。


「そういう観点から、問題がないか、もう一度考えてみてほしい。それは、贅沢をするためじゃない。主人へのサービスのためだと考えてくれ」


 あれ、バトン?


「ご、ご主人様、このバトン痛く感じ入りました。この先、何があろうともこの身燃え尽きるまで、ご奉仕する所存でございます」あれ、こういう反応になるのか。


「いや、だからそんな大層なことじゃないよ。俺が居心地いいように言ってるだけだからさ。あ、自分勝手な主人なんで、今後苦労かけると思うよ?」


 領主と比べたら、逆に大変かも知れない。


「ぜひ、私どもにお申し付けください」


 あちゃ~っ、男泣きしてるし。ちょっとええカッコし過ぎたか? いやだって、使用人が臭かったりしたら拙いだろ? まぁいいか。


「そういや、使用人食堂とかどう? うまいもん食ってる?」


 ちょっと話題を逸らすつもりで言ってみた。


「ですから、使用人に贅沢は……」それは、そうだよな。

「あぁ、旨いものって別に、高級なものって意味じゃないよ? 新鮮な材料使えば、安くても旨いよな?」

「そ、そうですね。いえ、そういう観点から食事をしたことがありません」


 そこで、この世界が衰退していることを思い出した。


「ああ、そうか街の食材も限られてたしな。口に入ればいいということだよな。うん、でも水道作ったし、もう少ししたら食料事情も改善すると思う。そうしたら、もっと旨いもの食べられるよ。もう少しの我慢だよ」


 話を横で聞いていたメイドたちは、さっきから目をキラキラさせている。最初なので使用人全員で控えているんだけど、なんかむせび泣いてる人までいるし。まぁでも、そりゃそういう世界だからなぁ。無理もない。


「ししょ~っ」とニーナ。

「うん? どした?」

「友達、呼んでもいいでしょうか?」

「うん? 使用人にってこと?」

「はい」


「そりゃ、バトンに聞いてみたら?、必要なら雇ってくれるかも」

「そうですね」

「あの、奥様?」

「やだ、バトンさんっ、そんなはっきり、恥ずかしいっ」

「もしもし?」

「はいはい?」

「いいのか?」

「じょーだんだってばっ」

「もう、いい加減諦めようよ」

「うーんっ」

「だって、一緒に住むんだろ?」

「そうだけど」

「それは、奥様です。これより、奥様とお呼びします」とバトン。


「それは、奥様です」

「あ、もうニーナ改めオクサマという名前にしちゃおう」

「この子、なに言い出すんだか」

「だって私、まだ16だし、いろいろやりたいんだもん」

「ちょっと待て、お前16だったの?」

「幾つだと思ってたの?」

「いや、18くらいかと」

「何言ってんの、ミルルの1つ先輩だよ」

「マジか」

「マジよ」


「……じゃ、婚約者でいんじゃね?」

「あ、そだね」

「ということでバトン。ニーナは婚約者ということで頼む」

「では、奥様ですね」

「奥様ですね」

「はい」


  *  *  *


「さて、そうなると色々忙しいな」

「何が?」


 きょとんとした顔のニーナ。


「いや、ほら婚約をみんなにお知らせしなくちゃな?」

「なんで? 勝手に婚約しただけじゃん。関係ないし」


「いや、そーだけど、お祝いとかしないの?」

「え? 結婚する前にお祝いして結婚しなかったらどうするの? お別れのお祝いするの?」

「お祝いしないんだ?」

「しないよ。そんな前夜祭みたいこと」

「結婚式は?」

「よく会う人を集めて報告するよ」

「ああ、そうか。衰退社会だから、ミニマル結婚式なんだ」

「みにまる?」

「一番、シンプルな方法ってこと」


 こうして、数少ないホールの使い道が一つ潰れたのであった。

 っていうか俺、呼ぶ人いないじゃん。神様来ちゃう。

 神様にお知らせするからいいよな?

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