第19話 水不足を解決する

 飛行艇が完成して数日、町長から俺のもとに馬車に乗って使者がやって来た。


「町長マレスよりリュウジ様へ、折り入ってご相談したいとのことです。ご足労願えないでしょうか?」


 飛行艇は完成したし、特に予定もないので行くことにした。


「飛行艇の話しかな? ちょっと話題になったし」俺は使者に確認した。

「いえ、わたくしには分かりかねます」

「ニーナも来るか?」

「えっ? 私も行っていいの?」

「町長からは、特におひとりとは言われておりません」と使者。


「飛空艇の事なら、ニーナも話を聞いていいんじゃないか?」

「それなら、ミルルもでしょ?」

「あ、そうか。ま、とりあえず話だけ聞いてくるか」


 そんなわけで、二人して迎えの馬車に乗った。


  *  *  *


「ようこそ、おいで下さいました。突然お呼び立てして申し訳ありません」


 町長は執務室の机から立ち上がって言った。


「いえ、大丈夫です」


 二人で来たのを見ても、町長は特に何も言わなかった。そういうつもりだったのかも。


「実は、折り入ってご相談が」


 そう言って、町長は接客用の椅子を俺達に勧めた。


「まことにお恥ずかしい話ですが、私共には解決の難しい問題が発生しておりまして、御高名な魔法使いのリュウジ様にご助力いただければとお声を掛けた次第です」


「町長、もう知らない仲じゃないし、硬いことは抜きでざっくばらんにいきましょう」教会で会ってるからな。

「そうですか、助かります」


 町長のマレスは表情を和らげ、係りの者にお茶を用意させた。


 そして、お茶が俺達に配られたのを見てから、おもむろに町長は話し始めた。


「それで、問題というのは水不足の事です」


「水ですか」俺はお茶を一口飲んで言った。

「はい、この街は、長らく水が不足しがちだったのですが今年は特に酷く、このままですと今年の収穫は大打撃となりそうです」町長は、困り切った顔で言う。

「なるほど」


「そうなりますと当然、貧しいものから命の危機にさらされます。生き残れたとしても、諍いは絶えないでしょう。それを、何とかしたいのですが、無いものは無いわけです」


 そこまで言って、すがるような目で俺をみる町長。


「水を生み出して欲しいということでしょうか?」率直に俺は聞いた。

「それが出来れば最高ですが……」町長は、期待を込めて言う。やっぱりか。


「水を生み出すのは、難しいですね。魔法と言っても、無いものは生み出せません」俺は、正直に話した。

「そ、そうなのですか。水を生み出す魔法とはそうしたものなのですか」


 そう言った町長は、やはりこれを期待していたようで、がっくりと肩を落とした。


「ああ、一般人は勘違いしますよね。あれは空気中の水分を集めて出しているだけなんですよ。空の雲も水だということをご存じですか?」

「雲も? ああ、それで雨が降るわけですね」

「はい、ですから大量の水を求めるとしたら、まず雲をどこかから持ってくる必要があります。これは難しいでしょうね」


 雲にならなくても湿度さえあればなんとかなるんだが、ここは大陸の内陸で乾燥しているので難しい。


「別の方法としては地下水を汲み上げる方法ですが……」

「それは、井戸を掘るということですね? この街の井戸は、深いものになっています。川も同様に深いのですが、やはりこれを汲み上げるしかないでしょうか?」


 その表情からどれほど大変なことか伝わってきた。


「手で汲むにしても魔法で汲むにしても、かなり大仕事ですね」

「はい。ですが、命には代えられません。私どもも総出で汲み上げに参加したいと思います」


 この町長、口先だけでなく本当にやりそうだ。


「ん~っ。魔道具とか使ってもいいんだが……そもそも水量を確保できるかな?」


 地下深くても水量さえあればいいのだが、これが無い場合はどうしようもない。町長も、あまり自信がないようだ。これが簡単に出来るなら相談していないよな。


「北の山の湖には水があるのに、何でこっちには無いんでしょうね?」


 横で聞いていたニーナが、素直な疑問を言った。


「何だって?」水がある?

「え? 師匠知らないんですか? 北の山の向こう側には、大きな湖があるんです。あの湖なら枯れませんよね?」


 そう言って、ニーナは町長に同意を求めるように見た。


「ええ、アーデル湖は千年枯れたことがないと聞いています」


 町長も知ってる常識らしい。どうも、雨は山の向こう側で降ってしまっているらしい。


「なるほど。じゃ、そのアーデル湖から水を引きましょう」


 町長は、何を聞いたのかちょっと分からないという顔をした。


「そ、そのようなこと、出来るのでしょうか?」町長は、恐る恐る言った。

「山一つ向こう側ですよね?」

「あ、はい。あの北にそびえるイエルメス山を越えないと辿り付けません」


 町長は、三千メートル級のイエルメス山を越える話をするのかという顔をした。


「あ、師匠、あれやるんですか?」ニーナは地獄谷のことを思い出したようだ。

「あ? あぁ、あれだとすぐ塞がっちゃうから、ちょっと工夫が必要だな」


 最初は雲をつかむような話と、ぽかんと聞いていた町長だが、二人の会話から現実味が伝わったようで俄然力が入ってきた。


「そっ、それは本当ですか? 本当にそのようなことが……」


 いや、近い近い近い。町長はテーブルの向こうから思いっきり乗り出してきた。


「ま、まぁ、ダメ元です。やってみましょうか?」と提案してみる。

「あああああ、素晴らしい。やはりリュウジ様に相談して良かった。では、早速、顔役達にも知らせてあげましょう」


 思わず立ち上がって俺の手を取る町長のマレス。

 まぁ、琵琶湖から水を引いた話を思い出しただけなんだけど。


「いや、まだ上手く行くかどうか分かりませんよ。みんなに知らせるには早すぎませんか?」

「いえ、街のために立ち上がっていただくのに頼りきりという訳にはいきません。皆で協力して、ぜひ実現したいと思います」

「分かりました。では、みんなで水道プロジェクトを立ち上げましょう」


 それから、街の顔役に話を通し、地図を作成し、湖までの高低差を測量して水道建設計画を作成した。

 俺は地下トンネルを開ける係だが、湖とどこを繋ぐべきかとか引いた水をどう流すかとか、そもそも流すにあたって湖付近の住人との話も必要だ。

 やることは山ほどあった。


 半信半疑の人たちに岩を穿つ魔法を披露したりと俺も動き回った。

 また、ゆくゆくは街のあちこちに流したいとのことだが、飲料水は地下水を使うほうがいいだろう。なので、まずは直近の旱魃をしのぐために農地へ直接引くことにした。


  *  *  *


 農地の用水路を大急ぎで堀ったあと、俺はいよいよ山体に地下トンネルを開けるためイエルメス山の麓に向かった。


 水門は既に出来ていた。

 湖とここでは高低差が少しあって水圧がかかる。それに耐えられる丈夫で高い水門が必要だった。


「では、リュウジさんお願いします」

「了解、では始めます」


 俺は、湖の方向を示すガイドラインにそって、断続的にエナジービームを放った。


「おおおおっ」


 周りで見守っている作業員や町長をはじめ顔役たちがどよめく。珍しいことをやっているので作業に関係ない人たちも見に来ていた。


 エナジービームと溶けた溶岩を吸い出す魔法を順に放つ。そして出てきた溶岩は脇に掘った穴に流し込む。この作業を何十回か繰り返す。


 ビームを撃つのは簡単なんだが、全く同じ軌跡でパイプになるようにするのが難しい。

 ビームを打つたびにどよめくので見世物のような気分になってきたが、何度やっても同じなのでそのうち静かになった。おそらくもう少しで湖に届く。予め何個か用意しておいた溶岩を溜める穴が殆どいっぱいになりそうだからだ。


 ただ、加熱したまま水を流すと穴の壁に亀裂が入りそうなので冷ます必要がある。まぁ、多少漏れても大丈夫だろうが。


「溶岩が固まるまで冷まします」


「おお、もう開通間近なのでしょうか?」

「はい、おそらく次の一発くらいでしょう」

「な、なんと!」


「これは、伝説となるでしょう。私たちは、いま伝説の中にいるのですね」


 町長も興奮状態のようだ。


「確かに、これは歴史に残る大事業ですからな。いまだに私は信じられんのです。この目でしかと見なくては! それを子々孫々語り継がねばなりません。この水道計画書は、我が家の家宝となるでしょう。この家宝とともに我が家続く限り語り継ぐことでしょう」と、ある顔役。


 なんか、時代劇がかって来たんだけど? やりにくくなってきたので、とっとと開けてしまおう。


「じゃ、行きます」


 バシュ、ドクドク


 おっ、手ごたえあり。すっと、飛び上がって水門の上に降りてしばらく待つ。


 ドドドドドドド~~~


「おおおおおおおっ」

「ししょ~っ」

「リュージやった~っ」

「やった~っ」

「キターーーーーーーーーーっ!!」

「水だ、水だ、み~ずだ~っ」

「やっほ~いっ」

「やっほ~っ」

「ウソみたい」

「ああ、神さまぁぁぁ」


 一人、ネラーがいます。

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