異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう

黎明編

第1話 おかしい。絶対におかしい

 俺の名は神岡龍二かみおかりゅうじ

 とある都内の中小企業に勤める、しがないサラリーマンだ。

 職業はシステムエンジニア……というと聞こえはいいが、会社のトップを狙えるような職種じゃないし、かなりブラックな職場であることは確かだ。

 それでも慣れると暇もできるし、もともと趣味が高じて就いた仕事なので、それなりに気に入っている。


 そんなある日、暇をみつけて『異世界召喚用の緊急持ち出し袋』なんてものを作っていた。災害用の『緊急持ち出し袋』を作ったついでにちょっと遊んでみたのだ。

 異世界に持って行く物だからな。ちょっとワクワクするしな。


 けど、実際にやってみると異世界に持って行きたい物なんて大してないことがわかった。

 そもそも武器などは、ここ日本では手に入らない。

 なんとか手持ちの物で使えそうなのはスマホやタブレットくらいだが、異世界じゃネットや電話が使えないから微妙だ。


 まぁ、電話は無理でも可能な限り情報を詰め込んでおけば役に立つかも知れない。動画なんかも入れておけば暇つぶしにはなるだろう。

 それから、オフラインでも使えるアプリと太陽電池の充電器も必要だな。

 あと、長く使える紙媒体の本もあったほうがいいだろう。念のため手持ちの理科年表を放り込んでおいた。これでチートできるとも思わないが、ないよりましだろう。

 着替えや下着も入れたいところだが、思いのほかかさばるのでTシャツ短パンだけにしておく。


 まぁ、こんなもんか。


「よし、これで完成……」


 と思ったが、ふと思い留まった。

 持ち出し袋の中身がしょぼいのは仕方ないけど、これを見て召喚を希望していると思われたら困る。

 空想するのは面白いが実際に呼ばれたら絶対ヤバい。こんなもので呼ばれたらとんでもない事になる。

 って、いや、さすがに心配はしてないよ? まさか異世界召喚なんて本気じゃないよ? 遊びだけど、広い宇宙とんでもない奴がいるかも知れないからな? 本当に稀に間違ってという事もある?


 念のため召喚を思いとどまらせるような物を用意したほうがいいかも知れないと思った。

 要するに、お守りだな。いや、まじないか。


 で、いろいろ考えた末、召喚に条件を付けることにした。


『異世界召喚に応じる条件:俺好みのがいること』


 条件なので綺麗ごとはなしだ。この条件が満たされない世界に好んでいく奴なんてまずいないだろう。

 もちろん、ご都合主義の物語ではないのだ。本当の異世界に俺好みのなんていないと思う。つまり、この条件があれば絶対召喚なんてされない筈だ。


 そう確信した俺は、この召喚条件をカラープリンタで印刷して持ち出し袋のバッグに貼り付けた。

 うん、どう見ても魔除けの札だな。まぁ、いいか。


 よし! これで完了! そう思った。


ー では、いらっしゃい。


 何処か遠くで、声がした。そしていきなり目の前が暗転した。

 なんでだよ?


  *  *  *


 気が付くと妙に明るい場所に立っていた。周りは真っ白だった。上も下も周りじゅうが真っ白い雲のようで距離感がない。そんな雲ばかりの世界に一人の女が立っていた。


「まさか、『異世界召喚用緊急持ち出し袋』を用意してる人がいるとは思いませんでした。遠慮なく呼び出させてもらいました」女は言った。


 何を言っているのだと思ったが、そう言えば俺はそんな遊びをしていたなと思い出した。ついさっきの筈だが、ずっと前のことのようにも思える。 


「だ、誰だお前」


 声を出してみると、ちょっと違和感がある。


「ここは神界。私は、女神ぁskdjfです」


 なんだと~っ? いやいや、お約束過ぎるだろ。そんな簡単に召喚なんてしていいのか?

 それに神界? 確かに周りは雲だらけだが、いきなり言われても信じられない。怪しい団体に拉致られた可能性すらある。あと、意味不明で文字化けしたような名前を言われても困る。


「女神、誰だって?」

「多分あなたには発音できません」


 発音も何も、そもそも何を聞いたのかよく分からない。てか、発音できない名前を言うな!


「じゃあ、アリスにしよう」


 ちょっとムカついたので、適当に名前を付けてみた。


「えっ? 私がアリスですか?」

「とりあえず、そう呼ぶ」

「わかりました」


 女神は、あっさりと承諾した。いいのかよ。


「女神か。もしかして俺は死んだのか?」


 転生の可能性もあると思って聞いてみた。


「いえ、訳あって召喚適合者を探していたら、貴方が異世界召喚の準備を完了していたので召喚させてもらいました」やっぱり召喚か! 確かに、手足は俺のものだ。


「いや、遊んでただけなんだが」


「こほん。私の管理している世界が今、滅びつつあります。この世界を救ってほしいのです」俺の言葉は無視ですか。


「マイペースだな。お前がやればいいだろ」

「私は、管理しかできません」


 女神アリスは、すました顔で言う。いや、そこは土下座でお願いするところじゃないのか? 女神ってこんなのばっかりなのか?


「管理って、何かしてるのか?」

「基本、手出しは出来ません」

「何もしてないだろ、それ」一応突っ込んでおく。

「ですから、遥か彼方の地球から貴方を召喚したのです。私の使徒として私の世界を救ってほしいのです」


 遥か彼方なのか。しかも使徒って知らないんだけど。


「だが断る」

「お願い」


 アリスが、微妙な表情で言う。


「いや、そんな色気を出そうとして失敗したような顔されても困るんだが」

「言いますね」

「美しいけど、色気はありませんね」


 アリスは、ちょっと悔しそうな顔をしたが気を取り直して続けた。


「そうですか。でも、世界の救済に同意していただければ貴方に素晴らしい力を与えられますよ?」なに~っ?


「私の望みは、ほんの少しだけ世界を発展させることです。それで、滅びゆく世界から、ゆっくり回復する世界になります」


 ちょっと発展させればいいのか。


「結果として世界が発展するのなら、手段は問いません。あなたの好きにしてかまいません」


 アリスは、ちょっと縋るような目で言った。しかしなぁ、異世界だしなぁ。


「でも、『俺つえー』で魔王と戦うんだろ?」

「えっ? いいえ、戦いません。そもそも魔王なんていません」


 意外そうに言う女神様。ほんとかよ。


「でも、魔物と戦うんだろ?」

「いえ、魔物とも戦いません。魔物なんていません」


 全く、知らないという顔のアリス。


「じゃ、何と戦うんだ?」

「戦いません」


 どうも、いわゆる異世界召喚物を知らないようだ。


「それ、お約束はどうなってんだ?」

「お約束してません」


 どうも勇者じゃないらしい。まぁ、それはいいけどな。柄じゃないし。


「そうなのか? じゃあなんで衰退してるんだ?」

「そうですね、その調査もしていただけると助かります。世界の活力がなくなり、人口が激減しているのです。その世界に活力を取り戻したいのです」


 うん? これ全く事情を把握してないんじゃないか? ほんとに、ちょっと発展させるだけでいいのか? なんだか怪しい。


「人口さえ増えりゃいいのか?」

「はい、それで結構です。高尚なことを言えるのはその後です。絶滅してしまえば元も子もありません。それこそが、絶対的正義です」


 女神アリスはきっぱりと言った。絶対的正義ですか。


 かなり自由度の高い依頼らしい。

 あまり条件を付けられたら面倒だが、そういう意味では気は楽だ。


『自由気ままな異世界生活』


 そんな言葉が俺の脳裏をよぎった。

 世界が発展していくなら、たぶん楽しいだろう。こんなにいい条件、そうそうないかも知れないと思った。

 ただ、こういう時のお約束としては、実際に現地に行ってみたら力が足りませんでしたとかになるんだよな。ここは目いっぱい貰っておこう。


「世界を救えって言ってるんだから、可能な限りのチート能力を与えてくれよ」

「可能な限りの? そ、それは危険です。簡単には渡せません」危険なんだ。


「なら止める」

「最大限、与えます」いいのかよ。


「そうか、『俺つえー』できるのか。ついでに、女神さまが付いてくるとか?」


 流石に女神様、困った顔をする。


「それはありません。私が行っても何も出来ません」


 惜しいな。超絶美女連れて「このす〇」とか「俺つえ~」出来そうだったのに。


「なにか?」

「女神なんだから癒しの力とか持ってるんじゃないの? セイクリッドなんとかとか」

「いいえ、地上界には基本ノータッチです。そういった能力はあなたのような使徒にこそ与えるべきものなのです」


 ああ、なるほど。地上界に関与しないから、能力も不要ってことか。一理あるな。


「そうだな~。なら、やってもいい」


 結構楽しめるかも。安全に異世界体験できるなら悪くない。こうなったらハーレムとか作ってもいいかも!


「わかりました、では……心の準備はよろしいですか?」

「おいおい、今すぐかよ。どんな能力を与えるかとか、神界で訓練とかないのか?」


「大丈夫です、脳に直接書き込みます」アリスは事も無げに言った。

「怖いんだけど」

「大丈夫です。では、いきます」


 女神アリスが手をかざすと、後光のような眩い光が俺を照らした。俺が思わず目を閉じると、ふっと浮き上がる感じがして暗転した。

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