Code9・2/2「コトネ」

 私と彼女の出会いは、クリスマスの日だった。

 私は孤児で院から逃亡し、お菓子屋からお菓子を盗み、逃げ込んだ廃墟の中だった。

 彼女は、廃墟の一室の隅で小さくうずくまって身体を震わせていた。

 私が話しかけようとゆっくり近づくと、床が軋む。

 その音で彼女は立ち上がり、私の方を睨みつけ、彼女もまたゆっくりと私の方に近づく。

 彼女は、ゆっくり私の方に歩み寄ると、そのまま私を横切る。

「ねぇ、どこにいくの?」

 私が聞くと、彼女は止まり、振り向く。

「そこにいたのね。うんしょっ……、つかまえた」

 彼女は私に抱き、押し倒す。

「大きさ……私と同じくらい」

 彼女は、同年代くらいの私の胸を揉みしだく。

「ねぇ、あなた。見えてないの?」

「ん? うん。見えない」

「そうなんだ。私、コトネ。あなたの名前は?」

「ない」

「……、それじゃああなたの名前は……」

 私は、外を見て言った。

 廃墟の窓の外は、クリスマスの季節を装う為に人工雪を降らせている。

「ユキ。あなたは、今日からユキ」

「ユキ……、うん。ありがとうコトネ」

 その後、被さるように真上にいるユキは、自らの服を脱ぎ、私の服を剥がし、マーキングするように身体を擦り付け、ところどころを甘く噛み、挙句に接吻を繰り返した。

 まだ幼かった私達は、その廃墟で一緒に2年間生きた。

 それでもあのクリスマスの日は、私達にとって運命の日であり、初めての日だった。



「懐かしいな。あの頃は、2人でずっと店の食べ物を盗んで逃げて隠れて食べてを繰り返してたっけ?」

 コトネは、1人思い出を繰り返し脳内で再生される。

 服の襟から肩を出し、初めて付けられたマーキングの位置に手を触れる。

 そこには、今もキスマが付いている。

 最近はどちらかというと噛み性なのか歯型になりつつある。

「2年間、あの廃墟で一緒にご飯を食べて身体を重ねて眠ってってしてる時にエイグルさんに拾われたんだよね」

 イスの背もたれに身体を任せて右腕を顔の上に置く。

 熱の上がった額に冷えたブレスレットが触れる。

「このブレスレットも私達の初めての報酬で買ったな〜」

 私は、確信していた。

 この戦いの後、きっといや、必ずユキは、私を迎えに来てくれると……

 背後に迫る影にも気付かずに……

        


 再び砂の地球に降り立った。

 ソロは、身体の断片を再生するのに時間を有しているようだが、様子がおかしい。

 彼女の身体が人の形に戻らないのだ。

「扉を中途半端に開いたってこと?」

 唸り声を上げながら、泣き喚く。

「うっさ。さっさと死んでくれればいいのに」

 再生の終わるユキの腕には2本のメイスが既に握られている。

 希望も未来も存在しないこの砂の地球でこの戦いが終わったら、コトネと一緒に生きるのだとそう決意を込めてメイスを振るった。

 しかし、メイスが砕いたのは大地だった。

 砂が摩天楼のように舞い上がり、凄まじい爆風が辺りの砂を一掃した。

 砂煙が晴れた時、背後に立っていたのは、神々しくも禍々しき、異形異質のこれまでのどのデモニコアとも取れず取れる漆黒で純白のバケモノだった。

「あれが……扉というやつか……」

 バケモノにソロの面影など存在しない。

 これが彼女が切り札として残していた最期の1枚だったのだ。

 希望絶望絶望希望が織りなすその雰囲気は、これまでのソロの想いと恨みが一帯を埋め尽くし、ユキの感覚を逆立たせた。

 終末戦争最終楽章の幕開けだ。



 コトネは、全てを悟っていた。

「そこにいるのは、もう分かってんのよ」

 そう言って、非常時用の自家製スタングレネードを部屋の外に投げ込み、廊下と管制室を隔てる扉を最大セキュリティで閉鎖した。

 私は、残った弾倉とその弾数を再度確認してできるだけ1つの弾倉にまとめた。

「もし、私が死んでもまだあれがある。それにもうすぐ約束の時間。耐えて絶えるまでよ」

 ハンドガンをリロードしてイスに座して待つ。

 スタングレネードが効果を発揮しているのか定かではないが、確かに部屋のすぐ外に敵がいたのは確実だった。

「大丈夫。あと、5分この部屋で耐えれれば、あとはユキに任せられる。あと5分。そうあと5分よ」

 心臓の鼓動を鎮めながら目を瞑ってその時を待つ。

 しかし、敵は5分も待ってはくれなかった。

 隔壁が焼き切られ、すぐに敵の姿を確認した。

「うわぁあああああ!!!」

 すぐに安全装置を解き、ハンドガンを発砲した。

 敵は数回よろめくが、私の方に同じように銃を向け、発砲した。

 その1発は、私の脳天を直撃した。

 その瞬間、私は背後にそりかえるように浮き上がり、手からハンドガンが離れた。

 追い討ちするように私に3発の弾丸が撃ち込まれた。

「ユキ、ごめん。先に行くね」

 私は、目を閉じて左手のユキからもらった指輪を右手で包むように握りしめる。




 私の瞳に映る扉には内心恐怖がある。

 しかし、それ以上に私は勝利を確信していた。

 ここまでの行動で私が動かない限りやつが動くことがないことも攻撃することがないこともわかった。

 その代わりにやつの動きは凄まじい。

 目にも止まらぬ速さで間合いを詰められ、一撃受ければ致命傷であろう攻撃を繰り出す。

「流石、そこは70人相乗りのバケモノだわ」

 おそらく、奴は目が見えていない。

 つまり、目眩しをしたところで何の意味もない。

「その分、反応速度が恐ろしい」

 耳なのか触覚なのか何かが潰せれば攻略が簡単になろうが、このたった一度きりの戦いで確実な方法など探っている暇はない。

「現時点でわかってる必勝法は、ただ潰すのみ!!」

 砂の大地を蹴って間合いを一気に詰める。

 それを即座に反応し、扉も間合いを詰めてくる。

 私の講じた案。

 それは今のところ脳内シュミ通りだ。

 奴の身体に私が向けていたメイスが半分以上突き刺さる。

「もらった!!」

 私がメイスを握り直すと、メイスから剣が突き出し、扉の頭部付近を貫通させ、断ち切った。

 血飛沫が砂の上に飛散するが、

「奴はお構いなしらしい」

 私の右腕に喰らい付いた扉。

 デモニコア製の装甲にヒビが走る。

 私にも飛び散る血液がべっとりと絡みつく。

 そのうち私の右腕は、噛みちぎられる。

 しかし、自己再生の速い私の身体はすぐに右腕を再生した。

 再び扉にメイスを突き立てるが、今度は暴れて振り落とされる。

 砂の上に仰向けに倒れ、コトネのいるオオワシが目に映る。

 私はネックレスに通したリングを外し、左の薬指に通す。

「コトネ……すぐに終わらせるから待っててね」

 私は、再び立ち上がり、自らの身長の3倍はある巨大なメイスを再び創り出す。

 血だらけのケダモノを前に私は赤く煌めく空を再び見上げた。

「終わりか」

 この台詞をもって物語は、最終局面を迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る