2.

僕の家族は外見は至ってどこにでもいるような仲の良い雰囲気に見られがちだが、本性は少し変わっているかもしれない。


父は林業を営んでいることもあり、一年の半分は山に行くことが多い。そして山には神が宿っているから常に命懸けで心づもりしているところから、山だけに彼は対峙しているらしい。

母はバレーボールの強化選手だったが結婚して僕を産んでからしばらくして専業主婦として家にいる時間が長かったかのか、女性として解放感を求めていたらしく、僕らの知らない隙に他の男性と関係を持って今だにそれが続いているようだ。

弟は幼い頃は僕の後ろをついてくる甘えん坊だったが、その甘え癖があって遊び相手がクラスの女子側に気移りして彼女が三人、つまり四角関係になっているらしい。どうやら彼は母に似たようだ。


そんななか、父の転勤先でもある現在の場所に引越ししてきてから、父は母の行動に気がついて逆情し、僕と弟の前で絶えず喧嘩が続いたことがあった。どうにかしてなだめるには何が方法でもないかと考えた矢先に、二人の喧嘩を止めようとして父の身体を取り押さえた時に彼が僕を突き放し、テーブルの角に肘をぶつけた際に骨折をした。その後包帯が取れて手の指先を見たら爪の間から木の枝が生えてきて皆が驚き、爪切りで切っても一行に小枝が生えてくるばかりだった。

そして何を思ったのかそれを見た父は山に運命を感じる人間だと思い込み僕を立派な樹木に育てたいと言い出して、今いる場所の平地に僕を土で埋めていき、助けを求めても我慢をして立っていなさいと叱るばかりだった。

やがて人間としての機能が失われていくと樹木としての機能に移り変わり、軒先に並ぶ他の樹木と同様の姿に変化して今の形成に至ったわけだ。


僕は初めは家族を恨みそうになったが、この地に根を張るようになってからは、樹木として生きるのも悪くはないと考えるようになった。もちろん人間のように友達や仲間なんていない。けれど、鳥の親子はこうして僕の傍にいてくれているから、寂しくなんかないのだ。その年の初冬に差し掛かったある日、久しぶりに見る父の姿があり大型トラックを構えてきて僕の元にやってきた。彼は車から降りてもう一人の仲間と話している時何か浮かない表情をしては、僕を見上げて眺めていた。


「色々話し合いをしたんだが、お前を森に連れていくことに決めたんだ」

「一体どういうこと?」

「ここに居座っていても今の状態じゃ長生きできそうもないんだよ。組合の人たちとも会議したんだが、結果的にお前を森に移すことで、今よりもっと快適に過ごしてほしいと考えたんだ」


父はどうかしている。


きっと誰かに告げられて僕をここから引き離せと言われたんだろう。彼に何度も取りやめるように説得させようとしたが、黙秘するばかりだった。


「親父。森にはもっとたくさん恐ろしいことが待っている。だから、いつも話してくれているあの森にだけは連れていくのはやめてくれ」

「俺は……お前をもっと立派な人間に育てたいといつも願っていた。だが、あの日お前の手先から枝が生えてきた時に、この子には人間としてではなく、大木として他の樹木よりも長生きしていってほしいと切に願ったんだ。」

「嫌だ!まだここにいたい。みんなの傍から街を見守っていたいんだよ。お願いだから考え直してよ?ねぇ、親父!」

「……家族とは何だ?」

「えっ?」

「俺たちにとって家族とは何という存在だ?」

「何言っているんだよ。どこにでもいる人たちと変わらない関係さ。僕はこの姿になって最初は皆を恨んだよ。でも、今はとても心地ちがいい。お袋のように解放された感があって、何が起きても怖くなくなったよ。だから、頼むからここからは離れることはしないでくれ。」

「お前は……もう森に導かれている。精霊の仔なんだよ」

「どうかしているよ。親父、考え直せ。あの森に何が潜んでいるか知っていて連れていくんだろう?!」


そこへもう一台トラックが来て組合の人間らしき人と父が話を進めては太くて長い綱を僕の身体に巻き付けてきた。彼らは僕の声が消えていていないようで機械で牽引けんいんしていっては地面から離れていく感覚が分かり斜めに傾けていく身体がトラックの荷台へともたれていき何の抵抗もできないままに僕は涙を流しそうになっていた。

解体作業が終えると今度は国道から県道へ、農道を通り過ぎてから森林の奥地へとトラックは走り抜けてきた。到着して辺りを見てみると数えきれないほどの樹々が囲んでいる。父たちは再び綱で僕の身体を持ち上げていき、高台のふもとの辺りが見渡せる位置に僕を植えて作業が終わると彼は僕に向かって話しかけてきた。


「眺めはどうだ?」

「まあ……景色的にはいいのかもしれないね」

「ここはな、お前と同じように生きている樹々が多いんだ。いずれかは打ち解けていくだろうな」

「ねえ、聞きたいことがあるんだ」

「何?」

「僕はあなたの息子だよね?……」

「ああ、それはずっと変わりはないさ。ただ俺たち家族の元にいなくとも、もう立派に成長できている。あとは皆に馴染めば平穏に生きていけるさ」


父は僕の身体をさすって、また近いうちに来るからと告げた後その場所から離れていきトラックが見えなくなるまで僕は彼らを見送っていった。


街とは違い凍えるような寒い風が吹き荒れている。他の樹々は来たばかりの僕を何かに洗礼させるかのように揺れながら身体をすり合わせてくる。そうしているうちに誰かの声だろうか、耳を傾けてよく凝らして聞いていると何か囁いているようだ。

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