第12話
ハンバーガーが嫌いなわけじゃない。
お昼の休憩時間になって、養成所の外に出ることができたけれど真横には
「継ちゃん、お昼ご飯……どうする?」
「えっ。あっ、どうしよう。一度家へ帰ろうかなぁ」
「継ちゃんの家遠いじゃんっ!! 往復したら午後の講義間に合わないって!!」
「そ、そうかなぁ」
もちろん一度へ家帰ったら、もう養成所に戻ってくるつもりなんてなかった。そのまま逃亡するつもりだったんだけど。
「あれ悠月さん、私の家がどこかなんてなんで知ってるの?」
「ふぇっ!? 具体的な場所は知らないよっ!! でもほら、どこらへんかっていろいろ継ちゃんの話とか聞いてたらだいたい推測できるしっ本当にストーカーとかしてないからねっ!?」
「……疑ってなかったけど、そんな全力で否定されると怖いよ」
どこかのイベントで、ぽろっと最寄り駅とか言っていたのかと思って聞いただけだった。推測ってなんだ。余計に怖い。
なんとなくだけど、今本当に家へ帰ろうとすると悠月がついてくる気がする。それも隠れて。別に家へ招待するのはいいとして、黙って後をつけられるのはなんだか嫌だ。
「じゃあここら辺で食べようかな。どこか美味しいお店ない?」
「あっ! なら近くに美味しいサンドイッチのお店あるよ!」
「サンドイッチかぁ。そこにしようかな」
ファンの応援を体験したところ、非常にお腹が空いている。かと言って私は、あまり重たい物をお昼から食べるほど元気な生き物ではない。サンドイッチは手頃なところだった。
「ふふっ、じゃあお店の前まで案内するね」
「……前まで案内って、悠月さんは他のお店で食べるの? もしかしてサンドイッチの気分じゃないとか?」
「んーサンドイッチもいいなって思うけど」
「なら一緒に食べようよ」
普段一人で食事を食べることの多い私だったけれど、この流れで別々に食べるのも変だ。私はなにとはなしに悠月を誘ったのだけれど。
「む、無理無理っ!! 推しと二人で一緒にお昼ご飯とかっ!! そんなのファンクラブのスペシャル会員が年に一回とかできるやつだからっ!!」
「……スペシャル会員ってなに? 今更そんなこと言わなくてもいいでしょ。昨日もドーナッツ食べたし」
「だからあれは継ちゃんに呼び出されたから仕方なく……」
「はいはい、じゃあ今日も私が無理矢理誘ったってことでいいから」
と強引に誘ったのだけれど、冷静に考えたら一人だったら食べ終わった後逃げられたんじゃないだろうか。
でも今から、ごめんやっぱ別々に食べようって言ったら泣かれるかも知れない。いや、喜ぶのかな。それはそれで複雑な気分だ。
「このお店だよーっ」
「えっと? あれ、サンドイッチって言ってなかったっけ?」
数分歩いて、見えてきたアメリカンなお店の前で悠月が両腕を広げた。
デカデカとイラストが看板に付いていて、どう見ても大きなハンバーガーが書いてある。
メインがハンバーガーなだけで、サンドイッチは別にあるんだろうか。けれど店内に入ってメニューを眺めても、サンドイッチらしきものはない。ホットドッグならある。
「あれ、サンドイッチは?」
「んん? ハンバーガーってサンドイッチじゃないの?」
「えええぇ!? いや、ハンバーガーはハンバーガーだよ! サンドイッチじゃないよ!!」
「嘘、だってサンドイッチって習ったもん……養成所の先生言ってたもん……」
そう言って、悠月の声が震えた。サングラス越しで表情がよく見えないけれど、泣きそうなんじゃないだろうか。
「ごめんっ! ハンバーガーは確かにサンドイッチの一種だよね。ちょっと私もムキになっちゃった」
ハンバーガーが嫌いなわけじゃない。ただちょっとさっぱり目のサンドイッチの気分だったから、ちょっと驚いてしまっただけだ。
それにしても。
「養成所の先生に習ったって、そんな授業もあるの?」
「うん、差し入れとかプレゼントの授業があって」
「へぇ、どんな内容なの?」
「んーっとね、アイドルが喜ぶプレゼントがどんなので、嫌われたり迷惑だったりがどんなのでーっての教えてくれるんだよ」
悠月の話に、少し感心した。割と実践的なことも教えてくれるらしい。私は残念ながらファンからの贈り物というのを全くと言って良いほど受け取ったことがないけれど、恒星ウェスタリスのメンバーの中には毎日のようにたくさんのプレゼントをもらっている人もいる。事務所のほうでだいたいチェックはしてくれているから、変な物は先に弾かれているけれど、それでもこれもらっても困るって不満げな声を聞いたことがあった。
例えば、ぬいぐるみとかはそうだ。
たくさんもらうと全部部屋にかざるわけにもいかないし、好みだってある。それに捨てるに捨てられないしで、扱いに困るらしい。
あとは食べ物系も基本ダメだ。
手作り以外は事務所のほうで処分してしまうくらいだし、既製品でも一人で食べられる量は限界がある。アイドルは体型の維持にだって気を遣うから、なんでも好き勝手食べられるわけじゃないし、もらっても食べられない場合がほとんどだそうである。
――あれ、アイドルへのプレゼントの善し悪し、ハンバーガーがサンドイッチかどうかって全然関係ないよね? 強いて言えば食べ物って時点でサンドイッチに分類されてようがなかろうがはダメなんじゃ。
やっぱり怪しい養成所だ。私の中の不信感がより強まる。
だいたいハンバーガーはハンバーガーって言ったほうが誤解がない。サンドイッチって言われたら、普通三角形に切りそろえられた、コンビニなんかでよく売っているようなやつかだよ。そうでなくても食パン系やつに挟まれたのとか、フランスパンみたいので挟んであるものあるけど。あれどこまでがサンドイッチなんだ?
いやいや、でもやっぱりハンバーガーは違う。あれはサンドイッチじゃない。
アボカドバーガーをかじりながらも私の気持ちは変わらなかった。美味しいけど、サンドイッチじゃない。
「……悠月さん、あんまりこんなこと言いたくないけど、やっぱり騙されてない?」
「どうしたの、継ちゃん。なんの話?」
悠月はやたら分厚いハンバーガーにかじりつきながら首をかしげた。
前々からうっすら知っていたけど、悠月はけっこうよく食べるほうだ。だからスタイルがいいんだろうか。
私も別に小食ってほどじゃないとは思うけど、薄い胸のことを思うとなにかが足りなかったのかと後悔もある。
「養成所のこと。悠月さんが真剣にやってるっぽいのはわかるし、こういう言い方だと悪いとは思うんだけど……あれだって、いる? 必要なくない?」
「必要あるよっ! なんてこと言うのっ」
「だって、アイドルのファンやるのに、別になにか教わる必要ないって。ウェスタリスのファンの人達ってほとんど別に養成所なんて通ってないよね? でも何の問題もないしさ。あと、もしかして悠月さんがアイドル活動休止しているのって、あの養成所と関係あるの? だったら悪いこと言わないから早く養成所はやめて、復帰した方が――」
「継ちゃんっ!! ……養成所は関係ないよ。わたしが活動休止したのは他の理由だから」
私の言葉を遮って、悠月はきっぱりと否定した。私が養成所について否定的なことを言ったせいか、また悠月の休止理由を探ろうとしたせいなのか、彼女の声はさっきハンバーガーがサンドイッチじゃないって否定したときよりもずっと泣きそうだった。
「じゃあ、なんでなの。……ちょっとくらい教えてくれてもいいのに。そりゃ悠月さんにもいろいろあると思うし、口出しもされたくないだろうけど。でもアイドル活動休止して、やってることがこれだと……私も心配って言うか」
「心配してくれるのは、嬉しいよ。……でもね、養成所は活動休止する前から入ってて」
「え? あっ、そうなんだ。まあそっか、養成所って入学時期って決まっているものか。それに主席だもんね。そんな一ヶ月そこらでなれなそうだし」
ファンの主席がどれくらいの位置づけなのか定かじゃないけれど、けっこうな生徒数もいたからな。でも人気アイドルだったら、ファンの中で一番になるのなんて楽勝なんじゃ……ってさっきそうやって甘く見て痛い目にあったばかりだった。
悠月はずっと前からあそこで、ファンとしていろんなことを学んでいたのか。私の応援もしてくれて、養成所も通って。本当にすごいバイタリティーだ。
「……養成所のこと、継ちゃんが信じられないのはわかったよ。やっぱり、継ちゃんにはあんまり興味ない内容だよね。それはごめん。でも、絶対継ちゃんがアイドルとして人気になるのに役立つからっ! だから一週間だけ。お願い」
結局、休止の理由も聞けないし、私が逃げる道も塞がれてしまった。
一人でお昼ご飯食べて逃げ帰ればよかったかも。
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