ファンの主席になるのは、アイドルより大変。
第10話
私の顔は世界一可愛いし、顔の系統もいわゆる正統派アイドルってタイプだ。
ただそれ以外のところが全然アイドルらしくなかった。向いてなかった。
無駄に高いプライドも、将来的には女優になるからって仕事も選ぶし、おまけに性格がそもそも陰気で明るい言動が自然に出てこない上に、一人でいるほうが好きだって思っているからファンにもメンバーにも親しく接すことができない。
結果生まれたのが、顔が可愛いだけで全くと言っていいほど人気のない残念なアイドルである。私だ。
SNSのフォロワーは昨日ちょっとだけ増えて、それでも一万二千人くらい。その内多分五千人くらいは怪しい宣伝用のアカウントとかBotとか。
先日ついにクビ宣告を受けてしまい、最後の救済処置として提示された交換条件である恒星ウェスタリスで一番人気のアイドル
しかしこともあろうに、その活動休止中のアイドル月岡悠月は私のファンだった。忙しいアイドル業の傍ら、変装して私のことをいつも応援してくれていたのだ。
フォロワー百万人越えのアイドルに推される不人気アイドルの私。不釣り合い過ぎて荷が重いことこの上ない。
おまけに私がクビになることを聞いた彼女は。
「継ちゃんのファンとして、継ちゃんを人気アイドルにするっ!!」
勝手にそんな決意表明をされて、しまいには私がアイドルじゃなくなったら私生活を付け狙うとまで脅してきた。怖い。本当にこの人アイドルなの? 活動休止中に人格入れ替わってない?
ただまあ、ファンとして悠月にアドバイスをもらうのは気乗りしないものの、人気アイドルである彼女に指導してもらえるというのはありがたい話だった。今更人気になれるのか、多少ファンが増えてクビを撤回してもらえるのか。
正直、上手くいくとは思えないけれど、それでもやれるだけのことはやってみたい。
よく知っている相手で、それも自分より人気のアイドル相手と言うことで複雑ではあるけれど。
自分をこんなにも応援してくれている人が一人でもいるんだってわかって、少しだけどアイドルに対してやる気が出てきたからだ。
そういうわけで、悠月から朝早く呼び出されても文句を言わずに従った。呼び出されたのは以前彼女を訪ねて行った養成所だ。
アイドルのファン養成所。
養成所の生徒で、おまけに主席でもあるらしい悠月からいろいろ話を聞いたけど、全くもって存在からしてよくわからない機関だった。
一応軽く変装して、養成所につく。
外観としては、いわゆる養成所と相違ない。小さめの専門学校とかと同じようなものだ。それでもかけられた看板には、『ファン養成所』と書いてある。最初に来たときは『養成所』のほうに目を取られていて、ファンという言葉まで気にしていなかった。ファン養成所。そんなの養成する必要があるとはやっぱり思えない。
「継ちゃーん! おはよーっ」
「あ、おはよう。悠月さっ……じゃなくて
養成所内に入ると、エントランスに立っていた悠月から元気よく挨拶された。いつもの野球帽とサングラス姿だ。彼女がアイドルであることは養成所内では秘密で、真賀という名前で呼ばなくてはならない。
「そういえば真賀って、なんで真賀なの?」
「ふぇっ……そ、その……元々は
「……活動名? SNSのアカウント名みたいなやつ?」
「うーん、まあそういうのかな。でも養成所で逢魔が時さんって呼ばれるのちょっと恥ずかしいかなって、名前として普通そうなところ切り抜いて真賀にしてみたんだ」
なるほど。所かまわず大きな声で目立つリアクションを取る悠月だったが、痛い名前を名乗ることへの羞恥心はあるらしい。というか。
「そもそもなにその逢魔が時ってなに?」
「……内緒っ!! いいじゃん、わたしの名前のことなんてっ!! それより継ちゃんもここだと別の名前で呼んだほうがいいよね?」
「え? いいよ……別にそのまんまでも、バレないでしょ。バレないって言うか、最初から私のこと認識している人がいないっていうか」
人気アイドルグルー王恒星ウェスタリスのメンバーなのに知名度がゼロに近しいという、この世界の矛盾みたいな私だ。顔くらいならライブとかPVとかジャケットとかで見たことあるなって人はいるかも知れないけれど、名前だけでアイドルだとバレることもないだろう。
「そんなことないよーっ!! ウェスタリスの継ちゃんだって知ったら、みんな喜ぶよっ!!」
「あー、他のメンバーのサインとか頼まれるかもね」
悠月のサインがほしいって人は大勢いるだろう。活動休止中だし、もしかしたら今サインをたくさん書いてもらえばかなりの価値になるんじゃないだろうか。
「それで呼ばれたから来たけど、ここで私は何するの?」
「継ちゃんには、今日から一週間養成所に体験入学してもらいますっ!!」
「え? ……え?」
「ファンとしての素養をばっちり鍛えてもらうよっ!! もちろん主席としてわたしからもしっかりサポートするからねっ」
あれもしかしてこれって、あれか、気づいたら怪しいセミナーに勧誘されているやつなのか。
「真賀さん、悪いんだけど私、誰かのファンになるつもりはないんだけど……」
好きな女優さんは国内外にいっぱいいるし、ファンと言えばファンだよ。俳優さんにも監督さんにも脚本家さんにも推しはいる。だけど養成所に通ってまで一段上のファンを目指そうとは思っていないし、第一にここはアイドルのファン養成所らしいし。アイドルについては、申し訳ないけれどさっぱり興味がない。自分がそうって以外、ろくな知識すらない。
「えっと、真賀さんがファンとしての活動に精力的で頑張っているっぽいのはわかるし、それ自体には特に口だししないけど。私は一応まだギリギリアイドルとして活動しているから応援する側になるつもりは……」
こういうの初めての経験で、どう断っていいかわからなかった。できれば悠月を傷つけたくないけれど、もし彼女も騙されてこの養成所に入っているなら――もしかして活動休止の理由もこれなのか!? この養成所に騙されて……!?
「違う違うっ! あのね、この前継ちゃんがサービスだって喫茶店で演技見せてくれたときも思ったんだけど、継ちゃんはファンの気持ちあんまりわかってないなって……」
「え? わかるよ? ……私のこと好きなんでしょ? あんまりいないけど」
「そうだけどっ!! 好きって言ってももっといろいろあるんだよっ! どう好きで、推しにどうしてもらえると嬉しくて、推しにどう思われたいって……だから継ちゃんにはもう少しファンの人の気持ちを知ってもらいたいんだ。多分だけど、そしたらもっと継ちゃん人気になるから」
「えええぇ」
なんだかもっともらしいことを言われている。
口にしている相手が、人気アイドルだからだろうか。妙に説得力がある。でもこういう勧誘って言葉巧みに相手を騙すと聞いているからな。
「真賀さんの言いたいことはわかったけど、ちょっと……あのお母さんに相談してみないと……養成所ってあれでしょ? ほら、体験でもいろいろ申請とか費用とかあるでしょ? だから後日ね?」
「大丈夫っ!! そこはわたしの主席としてのコネでいろいろ解決しておいたからっ!! 体験だけならもともと無料だしねっ」
「えっ、あ、でもほら、お腹とか空いてきたし……」
「継ちゃん、朝ご飯抜いてきたの? クッキーあげるからほら、まず簡単に説明から受けよっ! わたしも一緒についてくからさ」
怪しい勧誘に騙される人から、お菓子をもらってついていく子供にシフトしてしまった。
逃げ出すタイミングを失って、私は養成所の体験入学へ参加することになってしまう。
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