【完結】迷宮入りならおまかせを ~名探偵アイリのダンジョン捜査~

宮下愚弟

第1話

 名探偵、ダンジョンに現る。

 新聞タブロイドの一面を飾る見出しを握り締め、褐色肌の少女は木製のドアを叩いた。


「アイリさん! また無断で迷宮ダンジョンに立ち入ったんですって? 掟破りですよ、掟破り!」


 本当は両手で叩きたいくらいだったが、左手には大事な白い封筒を持っていた。

 仕方がないので右手だけでドアを叩く。

 返事はない。

 褐色肌の少女──クローナはため息をついた。

 ドアから離れて新聞に改めて目を落とす。


『名探偵、ダンジョンに現る』


 迷宮へ入り、たちまち難解な謎を解き明かす人物。それが巷でウワサのダンジョン探偵アイリだ。

 話題性は充分すぎるほどに充分で、他のニュース──人気役者の不貞報道だの、隣町に墓荒らしが出ただの、市街地で浮浪者が増えているだの──よりも世間を楽しませていた。


 だが冒険者以外がダンジョンに立ち入るのは禁止された行為。

 名探偵は冒険者ではなかった。

 そのくせギルド二階の空き部屋を住処にしていた。


「またギルドマスター大家さんに怒られちゃいますよ!」


 呼びかけるも返事はない。

 まだ早朝。多くの人は夢の中を泳いでいる時間だ。

 クローナはクセのある黒髪をかきあげてドアに耳を当てる。


「……て……た……」


 声がする。ボリュームから察するに独り言のようだ。

 いつも通りアヤシイ実験に没頭しているのだろうとクローナは考える。夢中になったら周りのことなんて気にも留めないのだ。

 まったくもう、と唇を尖らせ、ふたたびドアを叩く。


「謝りましょう! いつもみたいにワインでも渡せば許してくれますって!」


 返事なし。

 もういちど耳を澄ます。


「……けて……たす……けて……」


 うめき声が聞こえ、クローナは青ざめた。


「待っててください! いま助けます!」


 脚に力を籠め、迷わず扉を蹴破る。赤褐色の太ももは木製のドアなら軽々と壊せる膂力パワーを秘めていた。

 真っ二つになったドアの残骸を踏み越えて、クローナが突入する。

 部屋の主──アイリは薄着で床に倒れていた。

 銀糸のような長髪がゆるやかに波打ち、高級な絨毯よりも煌びやかに足元に広がっていた。

 近くには中身の減った酒瓶が転がっている。食べ散らかした揚げ鶏フライドチキンの骨。


「ただの二日酔いか!」


 クローナは手にしていた新聞を床にたたきつけた。


「ち……ちが……」

「なにが違うって言うんですか」

「こ、これ……はずし……て………………」


 うつ伏せのアイリが右手を伸ばしてくる。

 親指に指輪が光っていた。

 クローナは封筒を机に置くと、アイリの体を支え起こす。壁にもたれるように座らせてから、シルバーのリングを外す。

 アイリが息を長く吐き出した。


「た、助かったぁ~! クローナってばマジ天使~っ!」

「はいはい、天使ですよ。で、なんですかコレ?」

「ふっふっふ、聞いて驚きたまえ。ダンジョンで手に入れた最高の逸品さ!」

「最高の……?」


 銀のリングをしげしげと眺める。表面には装飾もなく、至ってシンプルな見た目をしている。

 逸品と言われてもクローナにはよく分からなかった。

 だがアイリはニコニコと笑う。


「最高だよぉ、使用者の魔力を吸い取る指輪でさぁ。改良すれば色々と……」

「どこが最高ですかっ! 呪いの指輪じゃないですかっ!」


 クローナは慌てるあまり、手の中のリングを落としそうになる。


「呪いじゃないよ。ただの魔力切れだって~外せばホラ、全快~っ」

「顔色は悪いままですよ。休んでてくださいって」


『魔力切れ』とは。

 体内の魔力が底をついたときダウン状態に陥る現象。

 魔術師協会の研究により、短時間で大量の魔力を消費することが原因だと判明している。

 つまり、元からたいして魔力を持たない一般人には縁のない話だ。

 クローナも未体験だったが、倦怠感と脱力感に襲われて非常に辛いと死線を潜りぬけた冒険者から聞いたことがある。

 クローナは銀色の指輪を制服の内ポケットにしまいこむ。


「危なすぎるから没収です、没収っ」

「ひどいよクローナ! 苦労の結晶を!」


 涙ながらに訴えかけてくるアイリ。


「三層の隠し部屋の宝箱から見つけて、二層でゴブリンの群れから逃げて、一層で骨に引っかかってコケたけどがんばって逃げてきたんだよぉ! それから夜通し加工してさ……」

「逃げてばっかりじゃないですか」

「だって私、探偵だよ? 戦うのは本業じゃない」

「でも魔法は得意でしょう」

「部屋の中で魔法が達者でも、ダンジョンでの戦闘に活かせるとは限らないでしょ。クローナってばダンジョンを甘く見ちゃダメだぞっ♡」

「くっ……正しいけれど、不法侵入者に言われるとハラが立ちますね……!」


 クローナが拳をミチミチと握りしめる。

 迫力に押されたアイリは、両手を挙げて降参のポーズをとる。


「わ、悪かったとは思ってるってば。ほら、お詫びにワインも買ってきたし」


 アイリが転がった酒瓶を指さした。

 クローナは拾い上げる。


「いつ買ったんです」

「そりゃ、ダンジョンに行く前だよ。バレたら怒られるって知ってるし」

「どうして減っているんです」

「ヘンなことを聞かないでよ~。飲んだからに決まってるでしょ?」


 アイリが肩をすくめる。壁にもたれているのに器用な動きだ。


「……つまりアイリはダンジョンに不法侵入して呪いの指輪を盗み出した挙句、揚げ鶏をツマミに謝罪用のワインで酔っぱらって、トンチキな実験をして魔力切れになって気が付いたら朝だったと」

「ちょちょちょい! 揚げ鶏はツマミじゃないよ!」

「なんて白々しい……ロクデナシとはいえ、嘘だけは言わない人だと信じていたのに」

「ウソじゃないって! 骨が欲しかったから酒場で貰って来たの! ゴミだからタダでくれたよ」


 誰かが食べた残骸じゃないかとクローナは後ずさった。アイリの食べ残しなら触れられるわけでもないが、見知らぬ人間の食べ残しだと考えるとより引いてしまう。


「何に使うんです、その生ごみは」

「組み立てて魔法で動かせば鶏のスケルトンになるかなあって」

「待ってください。動かせばってどういうことです」

「え? だから死霊術で」

「……死霊術は禁忌では?」

「まぁ失敗したから平気へいき~。他の魔法で動かせたし楽しかった~」


 けろっとした顔で言うので、クローナの怒りメーターの針が一周して0になる。


「先ほどの言葉を訂正しましょう。ロクデナシではなく捕まってないだけの犯罪者です」

「まぁね。探偵だもん」


 アイリが誇らしげに胸を張る。依然として床に座ったままだというのにまたしても器用なものである。


「そんで探偵だから、


 アイリが机の上の白い封筒を指さす。

 クローナは驚いた。依頼のことなど一言も口にしていなかったし、魔力切れで疲弊したアイリには封筒を気にする余裕などなかっただろうに。


「気付いてたんですか」


 クローナが封筒を手渡すも、アイリは興味なさげに部屋着のポケットにねじ込んだ。


「私宛てってことはダンジョン絡みの事件でしょ! 早く解こうぜ解こうぜ~っ」

「まったくあなたという人は……口を開けばダンジョンと謎のことばかり。退屈な子どもみたいですね」


 呆れと感心を込めてクローナは微笑む。


「そりゃもう! 私は未知を解き明かさなきゃ死んじゃう子どもだよ! そしてダンジョンは謎で満ちている……。ね、行こうよダンジョン、ダンジョン、ダンジョ~~~ン♪」

「歌わないでください」

「っちゅーわけで、はいっ」


 座ったままのアイリが両手を開いて伸ばしてくる。


「なんですその手は」

「ダンジョンまで運んで♡」


 クローナが無言で手を取る。名探偵を引っ張って抱き起こし、流れるような動きで肩に担いだ。

 酒樽を運ぶ海賊さながらだ。


「あ、あれー? クローナさぁん? 思ってたのと違うなーって思うんだけどー。女の子の扱いが雑じゃなぁい?」

「荷物は黙って運ばれてください」

「え、あ、おぉふ……もしかして怒ってらっしゃいますか?」

「大人しくしていればダンジョンまで運びましょう。文句を言うならギルドマスターの家に投げ入れます」


 名探偵は冴えた脳で瞬時に答えを導き出す。


「さぁ、ダンジョン探偵の出番だね!」


 クローナの頬の横で、アイリのおしりがゴキゲンに揺れた。

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