【完結】ダンジョン探偵アイリの事件簿!

宮下愚弟

第1話 探偵は無法者!

「アイリさん! また無断で迷宮ダンジョンに立ち入ったんですって? 掟破おきてやぶりですよ、掟破り!」


 新聞タブロイドを握り締め、褐色肌かっしょくはだの少女は木製のドアを叩いた。

 本当は両手で叩きたいくらいだったが、左手には大事な白い封筒を持っていた。

 仕方がないので右手だけでドアを叩く。

 返事はない。

 褐色肌の少女──クローナはため息をついた。

 クローナはドアを叩く手を止めて、改めて新聞に目を落とす。


【──名探偵、ダンジョンに現る】


 迷宮へ入り、たちまち難解な謎を解き明かす人物。

 その名もアイリ。

 ちまたでウワサの『ダンジョン探偵』だ。

 街の市場では連日、人々の話題のタネになっており、他のニュース──人気役者の不貞ふてい報道だの、隣町に墓荒らしが出ただの、街の外で浮浪者ふろうしゃが増えているだの──よりも世間を楽しませている。

 迷宮には未だに未知なるものが多く巣食っている。

 それらの不思議な現象、謎のモンスター、不可解な事件……を、アイリがばっさばっさと解き明かしていく様子は、民衆にとっては娯楽でもあった。

 吟遊詩人ぎんゆうしじんが広場で語れば、連日、通行困難になるほど人が押し掛けるほどの人気である。


「もう、まだ寝ているんですか?」


 アイリから返事はない。

 だがクローナとしては甘やかすわけにはない。

 なぜなら冒険者以外がダンジョンに立ち入るのは禁止された行為。

 そして名探偵は冒険者ではない。

 つまり、アイリは不法侵入者だった!

 お役人からすれば、いかに民衆に人気と言えど、見過ごせない。人々が笑っていられる明るい世の中なのはけっこうだが、罰せないのも示しがつかない。

 憲兵がアイリを追いかけ、アイリは憲兵から逃げるのが日常茶飯事となりつつあった。

 つまるところ、アイリはお騒がせな時の人であった。

 そしてそんな彼女のお世話……という名の監視の任についているのがクローナ。

 つまり、彼女が新聞の報じたとおりに無法むほうを働いたのであれば問い詰めなければいけない。

 クローナは再びドアを叩く。


「また大家さんギルドマスターに怒られちゃいますよ!」


 呼びかけるも返事はない。

 まだ早朝。多くの人は夢の中を泳いでいる時間だ。

 ドアの向こうにいるはずのアイリもそうなのだろうか?

 クローナはクセのある黒髪をかきあげてドアに耳を当てる。


「……て……た……」


 声がする。ボリュームから察するに独り言のようだ。

 いつも通りアヤシイ実験に没頭ぼっとうしているのだろうとクローナは考える。夢中になったら周りのことなんて気にも留めないのだ。

 まったくもう、と唇を尖らせ、ふたたびドアを叩く。


「謝りましょう! いつもみたいにワインでも渡せば許してくれますって!」


 それはワイロでの買収ばいしゅうというのでは? とツッコまれそうなことを、クローナはさらりと言う。

 だが返事なし。

 もういちど耳を澄まし──


「……けて……たす……けて……」


 うめき声が聞こえた。クローナは一気に青ざめる。


「待っててください! いま助けます!」


 あしに力をめ、迷わず扉を蹴破けやぶる。赤褐色せきかっしょくの太ももは木製のドアなら軽々と壊せる膂力パワーを秘めていた。

 真っ二つになったドアの残骸ざんがいを踏み越えて、クローナが突入する。

 部屋の主──アイリは薄着で床に倒れていた。

 銀糸ぎんしのような長髪がゆるやかに波打ち、高級な絨毯じゅうたんよりも煌びやかに足元に広がっていた。

 近くには中身の減った酒瓶が転がっている。食べ散らかした揚げ鶏フライドチキンの骨。

 つまり。


「ただの二日酔いか!」


 クローナは手にしていた新聞を床にたたきつけた。


「ち……ちが……」


 アイリがうめくように言った。

 クローナはジトっとした目を向ける。


「なにが違うって言うんですか」

「こ、これ……はずし……て………………」


 うつ伏せのアイリが右手を伸ばしてくる。

 親指に指輪が光っていた。

 クローナは手にしていた封筒を机に置くと、両手でアイリの体を起こしてやる。壁にもたれかからせてから、シルバーのリングを外す。

 すると、アイリが息を長く吐き出した。


「た、助かったぁ~! クローナってばマジ天使~っ!」

「はいはい、天使ですよ。で、なんですかコレ?」


 外したリングを指先でコロコロと転がす。


「ふっふっふ、聞いて驚きたまえ。ダンジョンで手に入れた最高の逸品いっぴんさ!」

「最高の……?」


 銀のリングをしげしげと眺める。表面には装飾もなく、至ってシンプルな見た目をしている。

 逸品と言われてもクローナにはよく分からなかった。

 だがアイリはニコニコと笑う。


「最高だよぉ、使用者の魔力を吸い取る指輪でさぁ。改良すれば色々とおもしろそうなことに……」

「どこが最高ですかっ! 呪いの指輪じゃないですかっ!」


 クローナは慌てるあまり、手の中のリングを落としそうになる。


「呪いじゃないよ。ただの魔力切れだって~外せばホラ、全快~っ」


 アイリはぐぐぐーっと伸びをする。

 が、途中で顔を真っ青にしてへなへなと崩れ落ちる。


「顔色は悪いままですよ。休んでてくださいって」


『魔力切れ』とは。

 体内の魔力が底をついたときダウン状態に陥る現象。

 魔術師協会の研究では、短時間で大量の魔力を消費することが原因だと言われている。

 指輪に魔力を吸われたアイリがぐったりとしているのはそのためだった。


「危なすぎるから没収ぼっしゅうです、没収っ」


 クローナは銀色の指輪を制服の内ポケットにしまいこむ。


「ひどいよクローナ! 苦労の結晶を!」


 涙ながらに訴えかけてくるアイリ。


「三層の隠し部屋の宝箱から見つけて、二層でゴブリンの群れから逃げて、一層で骨に引っかかってコケたけどがんばって逃げてきたんだよぉ! それから夜通し加工してさ……」

「逃げてばっかりじゃないですか」

「だって私、探偵だよ? 戦うのは本業じゃない」

「でも魔法は得意でしょう」


 クローナの問いかけに、アイリはフフーンと笑う。


「部屋の中で魔法が達者でも、ダンジョンでの戦闘に活かせるとは限らないでしょ。クローナってばダンジョンを甘く見ちゃダメだぞっ♡」

「くっ……正しいけれど、不法侵入者に言われるとハラが立ちますね……!」


 クローナが拳をミチミチと握りしめる。

 迫力に押されたアイリは、両手を挙げて降参のポーズをとる。


「わ、悪かったとは思ってるってば。ほら、お詫びにワインも買ってきたし」


 アイリが転がった酒瓶を指さした。

 クローナは拾い上げる。


「いつ買ったんです」

「そりゃ、ダンジョンに行く前だよ。バレたら怒られるって知ってるし」

「どうして減っているんです」

「ヘンなことを聞かないでよ~。飲んだからに決まってるでしょ?」


 アイリが肩をすくめる。壁にもたれているのに器用な動きだ。


「……つまりアイリさんはダンジョンに不法侵入して呪いの指輪を盗み出した挙句、揚げ鶏をツマミに謝罪用のワインで酔っぱらって、トンチキな実験をして魔力切れになって、気が付いたら朝だったと」

「ちょちょちょい! 揚げ鶏はツマミじゃないよ!」

「なんて白々しい……ロクデナシとはいえ、嘘だけは言わない人だと信じていたのに」

「ウソじゃないって! 骨が欲しかったから酒場で貰って来たの! ゴミだからタダでくれたよ」

「ひっ」


 酒場の生ごみってこと!? とクローナは後ずさった。

 アイリの食べ残しだったら平気というわけでもないが、見知らぬ人間の食べ残しと思うと、より引いてしまう。


「何に使うんです、その骨は」

「組み立てて魔法で動かせば鶏のスケルトンになるかなあって」

「待ってください。動かせばってどういうことです」

「え? だから死霊術しりょうじゅつで」

「……死霊術は禁忌きんきでは?」

「まぁ失敗したから平気へいき~。他の魔法で動かせたし楽しかった~」


 けろっとした顔で言うので、クローナの怒りメーターの針が一周して0になる。


「先ほどの言葉を訂正しましょう。ロクデナシではなく捕まってないだけの犯罪者です」

「まぁね。探偵だもん」

「なんですかそれ。なんの説明にも──」

「そんで探偵だから、

「……え?」


 アイリが机の上の白い封筒を指さす。

 クローナは驚いた。依頼のことなど一言も口にしていなかったし、魔力切れで疲弊ひへいしたアイリには封筒を気にする余裕などなかっただろうに。


「気付いてたんですか」


 クローナが封筒を手渡すも、アイリは興味なさげに部屋着のポケットにねじ込んだ。


「私宛てってことはダンジョン絡みの事件でしょ! 早く解こうぜ解こうぜ~っ」

「まったくあなたという人は……口を開けばダンジョンと謎のことばかり。退屈な子どもみたいですね」


 呆れと感心を込めてクローナは微笑む。


「そりゃもう! 私は未知を解き明かさなきゃ死んじゃう子どもだよ! そしてダンジョンは謎で満ちている……。ね、行こうよダンジョン、ダンジョン、ダンジョ~~~ン♪」

「歌わないでください」

「っちゅーわけで、はいっ」


 座ったままのアイリが両手を開いて伸ばしてくる。


「なんですその手は」

「ダンジョンまで運んで♡」


 クローナが無言で手を取る。名探偵を引っ張って抱き起こし、流れるような動きで肩に担いだ。

 酒樽を運ぶ海賊さながらだ。


「あ、あれー? クローナさぁん? 思ってたのと違うなーって思うんだけどー。女の子の扱いが雑じゃなぁい?」

「荷物は黙って運ばれてください」

「え、あ、おぉふ……もしかして怒ってらっしゃいますか?」

「アイリさんには2つの選択肢があります。一つ目、大人しくしていればダンジョンまで運びましょう。二つ目、文句を言うなら憲兵隊けんぺいたいの詰め所に投げ入れます」


 どちらがお好きですか? とクローナは尋ねる。

 名探偵・アイリは冴えた脳で瞬時に答えを導き出す!


「おとなしくしまァす! 目指せダンジョンっ!」


 クローナの頬の横で、アイリのおケツがゴキゲンに揺れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る