ルドルフとライアンの華麗なる一日

 私の名はライアン。

 シュピーゲル家の次男…………いや、もうすぐライアン=スズキ、スズキ家の当主となる男だ。


 私は今、この降って湧いた当主任命に対して、当惑していた。


 事の発端は数ヶ月ほど前に遡る。


 それまで私は、領地を魔物から守ったり、はたまたこちらから魔の領域に攻め入ったりするなどして、魔物との闘争に明け暮れていた。


 攻防は一進一退。

 シュピーゲル家はもう何代にも渡って、攻めて守ってを繰り返している。


 そんなある日、魔の領域でオーガの群れと戦っていた時に、部隊を分断されてしまい、危機に陥ってしまった。


 もう駄目かと思ったその時、そう遠くない場所に敵の指揮個体が見え、破れかぶれで突撃を敢行した。

 結果は見事成功。

 リーダーを欠いた魔物はその瞬間から統率を失い、烏合の衆と化した。

 後は各個撃破していくだけの、単純な作業である。


 ……しかし、そこからが問題だった。

 どうもその時倒した指揮個体が、近隣一帯のボスだったらしく、魔物達の勢力が一気に衰退した。

 さらに今までその魔物が縄張りにしていた地域からは、驚くほどのスピードで、魔が薄れていったのだ。


 魔の領域を解放してしまった。


 数百年もの間達成できなかった偉業が、思いがけず達成されてしまったのだ。


 ……結果、王国から解放した領地を治める任を賜ることになったのだった。


 大変名誉な事ではあるが、正直なところ、私には荷が重い話だ。


 私には5つ年の離れた兄がいる。

 病弱ではあるが、非常に聡明な自慢の兄だ。

 聡明な兄は、民を率いる立派な領主となるだろうが、病弱なため辺境の戦士を率いるには力不足だ。

 私はそんな兄に代わり、彼らを率いてシュピーゲル家を支えるのが使命だと思い、幼少の頃より鍛練を重ねてきた。


 そんな私が戦士ではなく、民を率いらねばならぬ……

 魔物との戦いなら百戦錬磨でも、ペンと書類との戦いはまるで素人。

 クチバシの黄色いひよっこにも劣る有り様だ。


 兄から何人かの文官を回して頂き、なんとか土地の開発を行うための準備を整えようとするも、不慣れなせいか、あっちこっちで不備が発生し、未だに食料も資材も満足に用意できていない状況である。


 そんな折、宰相のジョシュア閣下よりお声がかかった。

 足りない資材等の支援をしてもらえるよう、噂に名高いファーゼスト辺境伯をご紹介頂けるとの事だ。


 ファーゼスト家は、貧しい土地柄ではあるものの豊富な資金を持ち、それを背景に様々な分野で王国に貢献する、多大な影響力を持った家だ。


 そんな家の支援があれば、資材の調達程度なんとかなるだろう。


 そんな期待を胸に、私はファーゼスト家の若き麒麟児、ルドルフ=ファーゼストとの会談に臨むのだった。









 あれから幾日かの時が過ぎ、私は今ファーゼスト家の応接室にいる。


 そこは、もう日が暮れようと言うのに、貴重な魔道具の灯りに照らされ、昼間のように明るく、用意されていた調度品も最上級の品質の物で取り揃えられていた。


 慣れない高級品の数々に身を囲まれ、居心地の悪さを感じて待っていると、ようやくノックの音が聞こえ、入り口から一人の男が部屋に入ってくるのが見えた。


「お待たせ致しました。お久しぶりですジョシュア閣下、ご健勝でなによりです」


 洗礼された一礼を披露するその男はまだ若く、顔にはどこか幼さを残していた。

 若いとは聞いていたがこれほどとは、私と同じか……いや私よりもいくらか若いぐらいだ。


「ルド坊も立派になって、見違えるようじゃ。いや、今は名実ともにファーゼスト領の領主、もうルド坊ではなくファーゼスト辺境伯と呼ばねばならぬな……」


「閣下にそのようにおっしゃって頂き、大変光栄です」


 国政を担う宰相閣下に対してこの堂々とした受け答え。

 いくら旧知とはいえ、並々ならぬ閣下の覇気を前にこのような対応が出来るとは……

 若いとはいえ、ファーゼスト家の当主は伊達ではないようだな。


「…………それよりそろそろ、そちらの方をご紹介頂けませんか?」


「おお、そうじゃった。今日はお主に紹介したい人物がいての。こちらはシュピーゲル家の次男でライアンと申す」


 私が彼の様子に感心していると、不意にジョシュア閣下よりお声がかかった。

 内心慌ててつつも、椅子から立ち上がり、佇まいを正してから口を開く。


「ご紹介に預かりましたシュピーゲル家の次男、ライアンと申します。この度は、名高いファーゼスト辺境伯にお会いでき大変光栄に存じます」


「ほう、武勇の誉れ高いシュピーゲル家の者にそう言って貰えるとは、私も鼻が高い。ルドルフ=ファーゼストと申します、以後よしなに」


 戦う事しか能のない私に対し、このようにその武威を称えてくれるとは。

 社交辞令とはいえ、やはり嬉しいものだ。


「さてルド坊……じゃなかったの……ごほん、ファーゼスト辺境伯。まだ内々の話ではあるが、今度新しい貴族の家が興るのを知っておるか?」


「いえ、存じ上げません」


「正確には、新興というわけではなく、一つの家からもう一つの家が独立し、新たな家名を賜ると言うだけの話なのじゃが」


「それでも、貴族の家が興るという事はなのでしょう。大変喜ばしい。閣下、心よりお祝い申し上げます」


 ルドルフ殿は、一通りお祝いの言葉を述べると、しばし思案をした後こちらに視線を向けた。


「つまり、ライアン殿が……」


 察しがいい。

 これまでの多少のやり取りから、おおよその事情を察してくれたようだ。

 こんな様子からも麒麟児の片鱗が伺える。


「はい、伯のご推察通りです。建国の英雄の一人から名を頂き、スズキの姓を名乗ることを許されました」


「ライアン殿、スズキ家の誕生を改めてお祝い申し上げます」


「ははは、ルドルフ殿からそう言われると、こそばゆいですな」


 かの有名な辺境伯に認められたような気がして、心が浮ついてくる。

 これから、彼からの協力を取り付けるための交渉をしなければならないのだが、大丈夫だろうか?……不安だ。


「閣下。つまり閣下は新興のスズキ家の力添えを私にして欲しいと、そういうことですね」


「うむ、そういうことじゃ」


「では閣下、ご入用は如何ほどで?」


「ほほほ、本日は金の無心に来たのではないよ」


「というと?」


「坊の所の商品に用があってのう」


 ……さて、ここまでお膳立てをしてもらえたならば、後は私の仕事だ。


「閣下、ここからは私が……」


 そう言って、ジョシュア閣下の言葉を引き継いだ。


 ファーゼスト家は、その豊富な資金での金貸しを主な生業としているが、この家の強みはそれだけではない。

 金を貸す。

 それは、言葉を変えれば投資をしていることに他ならず、また様々な分野に手を出しているため、各方面へのパイプも太く影響力も強い。

 この家が一声かけるだけで、開拓のために必要な物資はかなりの量が見込めるはずだ。


 私は慣れない言葉遣いで、四苦八苦しながら懇々とスズキ領の現状を伝えた。

 その結果。


「ライアン殿、この度の話、快くお受け致しましょう」


 なんと、ルドルフ殿は二つの返事で支援のお約束をして下さるというではないか。


「おお、引き受けて頂けるか。ルドルフ殿、感謝致しますぞ」


 こちらからの見返りはそう多くはないというのに快諾してもらえるとは。

 この方を紹介して下さったジョシュア閣下にも、感謝の念に堪えない。


 これで、後顧の憂いは断たれた。

 後は私の本分。鍛えた体と練り上げた技で魔物共をひたすら屠り、スズキ領を守っていくだけである。


 私は、ルドルフ殿と手を固く握り交わした


「それでは、さっそくライアン殿には商品を見定めて頂きましょうか……ヨーゼフ」


 ……だが、そこに水が差される。


「……は?この場で確認?ルドルフ殿一体それはどういう…………」


 いや、意味が分からない。

 届けて下さる食料の現物でも見せてくださるとでもいうのか?

 ……いや、そんなもの今ここで確認しなければならないものではない。

 それとも、人脈の中から紹介できる人がたまたま、ファーゼスト家に逗留していているのか?

 ……そんな偶然があるわけないだろう。


 私が頭を悩ませている間に時は過ぎ、ノックの音が聞こえてきた。


「お待たせ致しました」


 ファーゼスト家の家令の声が聞こえ、扉が開いた。

 そして、そこから現れたのは三人のメイド。

 しかし最後に入室したメイドを見た瞬間、魔物との戦いでは感じた事がない程の衝撃が背中を通り抜ける。


 透き通るほどに白い肌に、血のように赤くそしてふっくらとした頬と唇。

 流れる髪は黒檀の窓枠の木ように黒く、そして艶やか。

 おとぎ話にでも登場するかのような可憐な乙女が、メイド服に身を包み佇んでいた。


 …………言葉にならない。

 時間にすれば数瞬であろうが、私は彼女に心を奪われていようだ。


 ふと我に返る。


 私はルドルフ殿に、領地開発の支援をお願いしたはずだ。

 なのにこれは一体どういうことだろうか?


「…………ルドルフ殿?これは一体?どういうおつもりで?」


「何をおっしゃっているのかいまいち分かりませんが、ご希望の商品ですよ?」


 商品?

 この三人のメイドが商品とは、つまりこの三人をスズキ領に派遣するとのことだろうか?

 だが、メイドを数人派遣したところで何になるというのだ?


 そこまで考えが及んだ所で、はたと思い出す。

 ファーゼスト家の、知る人ぞ知るもうひとつの生業を。


「………………」


 そうだ、聞いたことがある。

 ファーゼスト家の侍従は、皆、幼い頃から英才教育を受けたエリート集団だという事を。


 ファーゼスト家は、もう何代にも渡って、領内から才能のある子供を見つけては屋敷で育て上げると聞く。


 彼らはあらゆる分野の知識を高い水準で修め、その上何か一つは専門の分野を持っていると言うほどの才人の集団だ。


 ファーゼスト家は、そんな彼らを各所に派遣しているのだ。

 事実、ジョシュア閣下の元にも何人かが派遣されており、閣下の手足として辣腕を振るっている。


 そんな人材を、派遣してくれると言うのか?


 なんという……まったくなんという心強い支援だろうか。

 彼女達に任せておけば、領内は過不足なく運営ができる。


 おまけに彼女達の姿を周りが見れば、ファーゼスト家がどれだけ支援に力を入れているかも分かると言うもの、ファーゼスト家が後ろ楯についたと言っても過言ではない。

 その事だけでも心強いというのに……


「占めて金貨九百枚……と言いたい所ですが、閣下のご紹介でもありますし、これから難事に立ち向かうライアン殿の顔を立て六百枚で如何でしょう?」


 このお方は、本当に人を驚かすのがお好きなようだ。


「な!?……ルドルフ殿、こう言っては何だが、本気で言っているのか!?」


 金貨六百枚。

 目玉が飛び出るような金額だ。

 小さな都市が一年は運営できるほどの額だが…………


 安すぎる!破格と言ってもいい。


 例えばの話だが、貴族が子供を育てようとすると、一般的に三人ほど教師を雇う。

 教師の一般的な年収は金貨五枚程度なので、年間で十五枚程の費用が必要になる計算だ。


 教育期間を十年と仮定すれば百五十枚程の費用となる。

 これはあくまでも平均的なの教育費用の話だ。


 だが彼女らは違う。

 超一流の先達を教師として、その才能を余すことなく開花させた、超一流の人材だ。


 それが、一人あたりたったの金貨二百枚。


 おまけに優秀な人材は金を掛ければ育つというものでも無く、金銭には代えられない代物でもある。


 そんな人材を三人も寄越してくれるとは。

 ただ食料や資材の支援をするのとは次元が違う。


 …………ルドルフ殿は本気だ。

 それほどまでにスズキ領の開拓に心を砕いてくれるとは……


 はっ、そうか、ルドルフ殿はきっとこう言っているのだ。

 後ろのことは任せろ、ペンよりも剣を持てと。

 くううッ、ここまで私のことを評価して下さるとは。

 同じ辺境の男として、こうまでされて奮わない男がいるだろうか?いや、ない!!


「本気も何も初めから商品と申しているではありませんか?何ならどうです、ライアン殿の世話も任せてみては。」


 そして、その言葉にはっとなる。


 彼女がスズキ家を守ってくれるという事は、家に帰れば私を待っていてくれるという事か!?

 けけけけけ、けしからん!!

 まったくもってけしからん!


 ……いや、まぁ、ルドルフ殿はこうして意味あり気にからかってくるが、王国法がある故、そう無体な真似はできない。

 性的行為の強要や、行き過ぎた暴力行為は王国法で禁止されている。

 彼女たちは奴隷ではなく労働者なのだ。


 今回の金銭のやり取りも、人身売買をするわけではなく、人材の出向に対する契約金に過ぎない。


 そう、彼女は人材派遣されているに過ぎないのだ。


 ……だがしかし、その過程で恋仲になってしまうことはあるかもしれん。

 それは不可抗力だ。


 もしも、お互いの気持ちが通じ合ってしまう事があったとしても、それは誰にも止められないはずだ。

 ……うむ、大丈夫だ問題ない。


 ふと視線をずらして、彼女の姿をとらえる。

 やはり可憐だ…………うむ、彼女の気を引くためにも、領地の開拓に一層気を引き締めなければな。


 そう心に誓っていると、彼女が柔らかく微笑みかけてくる。


 心臓が高鳴る。


 それを見て、自身の邪な考えが見透かされたように思えて、急に気恥ずかしくなってくる。

 顔も熱い。


「ほっほっほっ、ライアン殿も気に入られたようで何よりですな。どれ、支払いは私が持つとしよう。なに、これから困難に立ち向かう若者への祝儀じゃて、気にするでない」


 よほど動揺していたのであろう。

 ジョシュア閣下までもが、そう言ってからかってくる。

 支払いを持って頂けるのはありがたいが、色々と思うところがあり、頷くことしかできない。


 商談成立の瞬間である。


 やれやれ、ジョシュア閣下もとんだ人物を紹介してくれたものだ。

 これでは益々張り切るしかないではないか。


「フフフフフ、フハハハハハハ」


「ほっほっほっ」


 二人は満足そうに笑っている。

 まったく王国の麒麟児と、宰相閣下にここまで期待をされるとは……

 この方たちの思いに応えるためにも、一層励むとしよう。


「……」


 そう心に固く誓った。


 どうやら私はこの短時間で、ルドルフ殿にすっかり心酔してしまったようだ。

 こうも容易く私の大切なものを盗んでいくとは……


 …………ルドルフ殿は、とんでもない大悪党だったようだ。

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