悪徳領主の金利

 親愛なる ルドルフ=ファーゼスト殿


 まもなく大地の実りの収穫が始まろうかという忙しい時期に、このような手紙を送る非礼をどうか許して欲しい。

 お互いが、学園を卒業してからどれだけの年月が経っただろうか?

 ルドルフとの学園での日々は今も色褪せず、君の毒舌や、ルークの法螺話が聞けないのが、残念でしょうがないよ。


………………


 コンコンコン


 「ルドルフ様、ウィリアム様がご到着致しました。」


 ノックの音の後に、家令のヨーゼフから声がかけられる。

 ふむ、これからウィリアムとの会談の為に事前の手紙の確認をしていたら、思った以上に時間が経っていたようだ。

 ヨーゼフが来たと言う事は、準備が整ったと言う事だろう。


「食堂へ通せ」


 そう言って自身も食堂に向かう。

 遠路はるばるやってきたのだ、もてなしの一つもしなくては貴族の沽券に係わる。


 食堂で自分の席までやってくると、狙ったようなタイミングでヨーゼフが現れた。


「ウィリアム様をご案内致しました」


 そう言って扉を開いたヨーゼフの影から、一人の美丈夫が姿を現した。


 金髪碧眼、甘いマスクではないが、精悍なその顔立ちをしており、どこか幼さの残るルドルフとは対照的な印象を受ける。

 また、その鍛え抜かれた体躯は鋼の様であり、一度剣を持てば、一振りで魔物を屠るであろうことを容易に想像させられる。

 それでいて人を安心させるような、何かに包まれているような暖かさを感じさせるそんな男であった。


 ただ、ルドルフの記憶にある面影と比べると、いささか憔悴しているようだ。


「やぁ、ルドルフ久しぶりだね」


「相変わらず暑苦しい体だな、貴様には多少窮屈かもしれんがとにかく座れ。移動で疲れただろう、まずは英気を養え。」


「君も相変わらずだね。ここはお言葉に甘えさせてもらうとするよ」


 お互いが席に座ると、静かに現れたメイドがグラスにワインを注いでいく。


「旧友との再会に、乾杯!」


「乾杯!」


 お互いにワインの入ったグラスを傾け、会食は始まった。


 さてヨーゼフが案内したこの男、ウィリアムは私の学生時代の同級生である。

 彼は当時からその能力を存分に発揮し学園を首席で卒業、その中で彼は、バンガード家の令嬢の心を見事射止め、今ではバンガードの地を治める立派な王国貴族だ。


 そんな彼が、なぜわざわざ遠くまで足を運んで、ファーゼスト家までやってきたのか……

 さっきまで読んでいた手紙の続きはこうだ。




 さて、耳の早い君の事だ、バンガードで起こった事件の事はもう知っているだろう。

 そう、迷宮が暴走したんだ。

 あふれた魔物によって街は壊滅状態、何とか鎮静化に成功はしたものの、復興には莫大な時間と資金が必要だ。

 ここまで書けば俺が何を言いたいか分かると思うが、高名なファーゼスト家から金を借りたい。

 勿論、学友の誼で金利を下げろなんて言わない。

 ただ、金額が金額なだけに君以外に頼れる者がいないんだ。

 詳細は同封してある別紙を確認してもらえればと思う。

 頼む、どうか力を貸して欲しい。




 迷宮都市バンガード。

 迷宮と呼ばれる洞窟の中からは、無尽蔵と言っていい程の資源が採れる。

 魔物の素材から、肉、鉱物から貴重な薬草、はたまた魔力の籠った魔道具なんて物まで出土する事があり、うまく管理をすれば莫大な財貨を生み出す、金の卵を生む鶏である。


 勿論それ相応のリスクはある。

 魔物が跋扈する迷宮からそれらを取ってくるには文字通り命がけとなるし、迷宮が力を付け過ぎれば魔物を大量に吐き出す厄介な代物と化す。


 そしてウィリアムは迷宮都市の管理に失敗をし、都市を魔物で溢れさせてしまった。

 何とか鎮静化する事は出来たものの、その復興には莫大な金がかかり、自前ではどうしようもなくなり、我がファーゼスト家を頼ってきたのだ。


「なぁ、ルドルフ。どうか君の力を貸してもらえないだろうか?」


 食事が一通り終わる頃、ウィリアムがおもむろに切り出した。


「手紙の件だな。貴様の言う通り、金貨一万枚もの金額を貸せるのは私ぐらいのものだな……」


 金貨一枚が、平民の一般的な年収だと言えば、一体それがどれだけの額になるか想像ができるだろうか?

 それをポンと貸せるのは、私ぐらいの物だろう。


「……いいだろう、貸してやろう」


「ルドルフ!」


 ウィリアムが思わず顔を上げるが、そこにこう付け加えてやる。


「但し、返す時は五万枚にして返せ」


 その瞬間、静寂が訪れる…………


「………………なっ」


 驚くのも無理はない、何故ならあらかじめ貰っていた書状には、利息は二割と書かれていたからだ。

 それが利息四十割……実に二十倍だ。

 ……というより、利息に二割というのが舐めているとしか思えない。

 金貨を一万枚も借りておいて、二千枚しか利息を払わないなど、金貸しをなんだと思っているのだろうか。


「ルドルフ、君は正気か!?」


 正気を問いたいのは私だ。

 やれやれ、この男はまだ自分の立場を分かってないと見える。


「…………別に私は貸さなくてもいいのだ。この条件が飲めないのなら他を当たりたまえ」


「……お前という奴は…………本当にお前という奴は…………」


 ……ここまで言えばさすがに分かるだろうが、私はこの男が大嫌いだ。学園での生活もこいつのせいで碌な目に合っていない。

 剣術の試合ではこいつにボコボコにされ、野外実習では泥まみれにされ、こいつの巻き起こす様々なトラブルに巻き込まれ、本当に散々な目にあった。


 おまけに、この男は純粋な貴族ではない。

 元はどこかの貴族の落し胤らしいが、半分は下賤の血が流れており、当然父親の認知もないので、ただの平民と言ってしまって問題のない出自だ。

 こうして対等に口を利いているのは、奴が玉の輿に乗り、名実ともに貴族の仲間になったからに他ならない。


「…………してくれ」


 絞り出すような声が聞こえる。


「ん?よく聞こえなかったのだが、はっきり言ってもらえるかな?」


「……その条件で貸してくれ」


 うつむき、全身を震わせながらウィリアムスはそうつぶやいた。


 その言葉に対し、私は満面の笑みで応える。


「君ならそう言うと思っていた。ヨーゼフ、契約書を持ってきたまえ」


 そう言うと、すぐさま二枚の書類が用意される。

 今だに顔を上げないウィリアムに、そっと近付きペンと契約書を差し出した。


 ウィリアムは無言でそれを受け取り、ペンを走らせていく。

 その際、契約書の所々に水滴の跡が付いたが、まぁ契約には全く関係の無いことだ。


 ああそうだ、首輪はしっかりと付けておかなくては。


「ヨーゼフ、そういえば最近手の空いた者が数人いたな?金貨一万枚もの大金の運用だ、我が家の者も数人付ける。お互いに力を合わせてバンガードを復興しようじゃないか」


 クックックッ、これで金貨の持ち逃げは出来ないし、復興後のバンガードの利権にも食い込める。


「……くっ」


 クシャ


 サインをする手に余計な力が入ったのか、ウィリアムの手元の書類が、音を立ててシワを作る。


 そうして、ようやく出来上がった酷く不格好な契約書は一部はウィリアムが、もう一部は私が保管をする。


「ヨーゼフ、ウィリアムはお疲れだ。彼は明日からも大変だ、今日はゆっくり休んでもらえ」


「かしこまりました。それではウィリアム様、お部屋にご案内致します」


 呆然としたウィリアムが家令に案内されて去っていくのを眺めると、自分の席に付きワインを一口飲んだ。


「……クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!」


 誰もいなくなった食堂で、堪えきれずに吹き出した。


 見たか?あいつのあの顔を。

 あんなに真っ赤にして、あんなにプルプル震えて……

 傑作だ。

 こんなに笑ったのは一体いつ以来だろうか。

 学生の時から散々煮え湯を飲まされたが、こんなにも笑わせてくれるなら、それも多少は許してやろうという気になる。


 それに何もしなくても金貨四万枚もの利益だ。

 これだけでも笑いが止まらない。


 奴は復興のための資金が得られ、私は利益が得られるという、お互いに得のある素晴らしい契約だ。

 奴も文句はあるまい。


 別に一括で返せと言っているのではない。

 金貨の五万枚ぐらい、迷宮という金の卵を生む鶏を飼っているのだから、二、三十年もすれば返済できるだろう。


 …………もっとも、二、三十年もの間、借金だらけの生活を送るなんぞ、私ならば絶対にごめんこうむるがな。


「フハハハハ、アーハッハッハッハ!」


 しばらくは旨いワインが飲めそうだ。

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