悪徳領主ルドルフの華麗なる日常
増田匠見
悪徳領主の視察
すでに高く昇り切った太陽の光を感じ、優しい微睡から徐々に覚醒していく。
「んん~~」
よく寝た。
いや、よく寝過ぎたせいか、やや頭が重たくボーっとする。
これ以上眠る事は出来ないが、かといってすぐに起きる気分でもない。
しばらく柔らかいベットの感触を堪能した後に、ようやく起きる気になりベットの脇に置いてある呼び鈴を鳴らす。
チリンチリン
軽い音が響き、程なくしてノックの音が聞こえてくる。
「入れ」
そう短くつぶやくと、ドアが開き、数人の侍女が静かに入室する。
何も言わずにベットから降りると、侍女も心得たもので水桶を用意し、それで顔を洗いついでに口もすすぐ。
「ルドルフ様、今日のお召し物です」
まだいくらか鈍い頭をそのままにして、侍女のされるがままに支度を整える。
一人に寝巻を脱がせてもらい、新しい服を着せてもらう。
もう一人には、寝癖の付いた髪を梳かして整えてもらい、一通り終わる頃には、鏡の向こうに一人の貴族の姿が見えた。
年の頃は二十代半ば、髪は黒く特にまとめるでもなく自然に流し、顔立ちはやや幼さが残るものの、紫色の瞳は鋭く刃物の様な印象を受ける。
男の名はルドルフ=ファーゼスト。栄えある王国貴族の一員、この辺境ファーゼスト領を治める若き領主だ。
鏡に映る姿を一通りチェックすると、汚れ物を片付ける侍女を部屋に残し、食堂へと足を運んだ。
暖かくなってきた空気を感じながら、長い廊下の果てにある扉を開き、十人は座れそうな長机の一番奥に腰掛ける。
席に着くころには眠気もなくなり、ようやく一日の始まりを感じた。
コンコンコン
「失礼致します」
席に着くとそれほど間を置かずにノックの音が聞こえ、一人の老人が姿を見せた。
スーツを身に纏い、白い髪は香油で固め、背筋を伸ばしたその姿からは年齢を一切感じ無い。
老人の名はヨーゼフ、先代からファーゼスト家に仕える我が家の家令だ。
ヨーゼフはいつもの様にカートを引き、今日の昼食を配膳していく。
葉野菜のサラダにベーコンエッグ、トーストが2枚にトウモロコシのスープ。
出来たてのそれらをゆっくりと味わいつつ、ヨーゼフの話に耳を傾ける。
「本日のご予定は領内の視察と伺っておりますが、夕方からはウィリアム卿から面会がございます。それまでにはお戻り下さいませ」
視察と面会か……視察はともかくウィリアムからは例の手紙の件か、まったく忌々しい。
「ウィリアムへは契約書を準備しておけ。それから、これを食べたら視察に向かう、馬車を用意しておけ」
「かしこまりました」
一礼して退出する家令の姿を見届け、食事を再開する。
口の中に運んだサラダからは、特有の苦みを感じ、それを押し流すようにしてスープを飲み干した。
ガタゴトと揺れる馬車に揺られること小一時間、ようやく目的の村が見えてきた。
窓から見える景色はひどく殺風景で、どこか静かだ。
それもそのはず、ファーゼスト領は魔の領域に囲まれた辺境の地。
魔の領域では、大地も動物も植物も色濃い魔に侵され、狂った生態系から生まれた魔物や魔草がひしめき、中には厳しい環境を長年生き抜いて来た強力な個体も存在する。
そんな環境がすぐ隣にある影響か、ファーゼスト領では土は痩せ、大地の実りを享受することの難しい土地となってしまった。
必然、そこに住む人々は豊かな生活を送れるはずもなく、非常に厳しい日々を余儀なくされていた。
そんな村に貴族の目を楽しませるような建物や風景があるはずもなく、目の前にはくたびれた民家と、わずかな畑、そして広大な荒れ地が広がるばかりだった。
ふと景色が止まる。
どうやら、目的地に着いたようだ。
流石に村の中までくればそれなりに生活音が聞こえてくるし、その中にはこちらに近づいてくる人の気配も感じられた。
おそらく村長の物だろう。
「ルドルフ様、到着いたしました」
御者が恭しく馬車のドアを開くと、そこには予想通りの村長の姿があった。
「本日は、足をお運び頂き誠にありがとうござ…………ふごぁっ」
村長の口上を、蹴飛ばすことで無理矢理途切れさせる。
「頭が高い!」
平民の分際で貴族である私と目線を合わせるとは何様のつもりだろうか。
あまりにムカついたので、もう二、三発ほど蹴りをくれてやり、多少溜飲を下げる。
まぁいい、こんな愚図に私の貴重な時間をこれ以上くれてやるのも癪だ、視察を始めよう
「さっさと立て、私の時間をどれだけ無駄にするつもりだ」
「は、はい申し訳ございませ…………ふごぁっ」
最後に村長の尻を蹴飛ばし、ようやく村の案内をさせ始める。
視察とは言ってもファーゼスト領に点在する村々の規模はそう大きくはなく、だいたい数百人規模。
この村も例にもれず、視察はそれほど時間をかけずに終わってしまう。
というよりも見るもの自体がそれほど多くない。
痩せた土地から取れる作物はそう多くは無く、目立った特産品があるわけでもない。
では一体「何を」視察に来たのか……
……ふと、一人の村娘の姿が目に留まる。
まだ幼いと言っていい年齢の子供が、母親と一緒に一生懸命井戸から水をくみ上げている。
「村長、あの娘はいくつだ?」
「……は?」
「さっさと答えろ、また蹴られたいのか?」
「…………一緒にいるのはハンナですな。その娘であれば確か、八歳になったばかりかと」
ふむ、ちょうどいい年頃か。
それによく見ればそれなりに容姿は整っており、器量は悪くないな……
「そこの女!ハンナと言ったか。お前の娘を私の家で預かることにした」
そう言って近付くが、母娘は呆然とこちらを見て立ち尽くしていた。
バシン!
ハンナの頬が乾いた音を立て、その勢いで地面に崩れ落ちる。
「返事はどうした!?」
「ル、ルドルフ様!?…………え?……あの、私の娘が…………一体どういう事でしょうか?」
ハンナは、一体何が起きたのか分からないといった様子でこちらを見上げてくる。
これだから愚民は嫌いなんだ。
「もう一度だけ言うぞ。よく聞け、貴様の娘を我がファーゼスト家で召抱える、光栄に思え」
「ル、ルドルフ様……それはつまり…………」
ようやく私の言葉が理解できたようだ。
「返事は!?」
「……はい…………娘を、アンナを宜しくお願い致します」
ハンナは絞り出すように言って、深く頭を下げた。
下げた時に、地面が数滴の水で濡れたような気がするが、きっと私の気のせいだろう。
「フンッ、では明日から来させろ。……村長、視察は以上だ!」
そう言って視察を切り上げる。
もともと村そのものには見るものが無いが、そこに住む人間は違う。
奴らは気が付くと数を増やしていく。それを管理するのも貴族たる私の役目というもの。
我がファーゼスト領は私の物、必然そこに住む領民は私の物であり、それをどうしようと私の勝手であろう。
アンナと言ったか?クククッ、あ奴は一体どうしてくれようか……
屋敷に戻る馬車の中には、静かな笑い声が漏れていた。
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