笑える人物

雨沢白田ー

笑える人物

 いいか、この物語の主役はとんでもない逸材だ。こいつは冴えない芸人で、売れもしない、哀れな姿を場で晒してんだ。一つも取り柄も無いような奴。つまんねェテレビの番組に出れやしない。コイツを説明するに際して、どこまでもボロクソに貶してやれるが、そりゃ出来やしない。はは、こいつに付けられる命の価値よりも更に無ぇ。ひは、真に褒め称えれるのは、ぐひゃ、賞を取った事さ、バナナの皮で生涯を終えたって事で、イグノーベル賞を。ぐぇはっ! ひゃは! ああ、それがこいつの褒めどころ。くだんねェけどな、おかげかネットに名を残せたのさ、同じくバナナの皮で命を落とした奴に並べられて! ああひでぇ、こいつの家族は浮かばれねぇ! もっと酷い侮辱なのさ!

 しかもこいつは不幸な事に、直前になるファンタジーの本を読んでいたのさ。望んだろうな、この世界を変えてやりたいって、考えたろう、こいつにとって大層な願いだったが、薄っぺえ。だが正直言って、なるファンタジーよりは厚みがあったぜ。何もかも上手く行くんじゃ、全く苦労も無ぇから面白味に欠ける。そんじょそこらのモブもヒロインも思い通りに主役を祀り上げんだ、偶像みたいにな。主役が個性の無い自分の投影って点には、こいつも同じだけどな! ああ、考えたらこいつの人生はなるファンタジーに似通ってる。持ち上げてくれたのはバナナの皮なんだから! これは一本取られた! 身体を張って笑いを取りは出来るらしい! ひははぁ!

 ああ、笑った笑った。とても間抜けなもんだ。良い糧になったよ。……お前みたいになりたくねぇや。お前みたいな奴はな、見聞きもしたくない。貧相なんだよ。何にも、幸せでねェ。大衆に好まれやするだろうが、哀れであると拝まれるだろうが、それはお前と似たり寄ったりな、望みも無い、理想しか語らんクソッタレだ。こう言ってはなんだが、どうもツンデレ気質らしい。両極端って言うかもな。お前の事は哀れんでる。だが誰だって仏ちゃんって訳はない。貧民だから慈悲深い、富豪であるから守銭奴、ってステレオタイプも今や廃れたもんだ。

 つまりな。お前は嫌な奴じゃなかったけど、お前の好みには好きになれなかった。お前の謙虚っぷりには媚びているようで苛立っていた。お前の中身の無さは、物語に導入するにはひどく退屈だった。でも良い奴でありたかったんだろ。お前のような奴は、言う事を素直に聞く。誰かへの親切心を大切にする。一方で気に入らない奴には容赦しなかったけどな。それがお前の良い奴である事だったんだろう。

 お前は人間らしいな。自分の正義を信じてやまない、その愚直さが、背景の無さが。でもお前みたいな奴は、幾らでも生きてる。哲学のての字も知らない愚民がな。幸い、こっちはまともに義務教育を受けた覚えなんざないが、死なずして生きてる。それに目的も目処が立ってる。教養の違いってところか。一つ教えてやろうか。例えばお前の信じてる正義は、実は定規のようなもので、善と同じじゃない。その定規には善と中立と悪の目印があって、それで分け隔てるって訳だ。勉強になったろ。

 ……なあ、何でだ? なんでお前は、そうバカになったんだ? どうして他人を、自分と同じ人間でありながらも違う個性がある事を、認められなかったんだ? 勿論、お前の好みに関してはこっちが言うことじゃない。だけど、何を文句を言う必要がある? 好きな事を貶されるのは不快だってのに、何でだ?

 いや、分からないか。だって本当に、バナナの皮で滑って、それで死んじまったんだから。

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