第996話 特別企画“お見合い大作戦 IN 私立桜泉学園高等部”

“ガチャッ”

「それでは本日はよろしくお願いします。失礼いたします」


“バタンッ”

閉められた理事長室の扉、部屋から出た男子生徒は大きく息を吐くと、“ヨシッ”と自らに気合を入れ廊下を歩きだす。


二月の頭に行われた総合評価は大きな波乱もなく幕を閉じた。集計の際に“謎のイケメン男子生徒が現れた”“あの男子生徒に投票するにはどうしたらいい?”と言った問い合わせが殺到するも、その順位自体に大きな混乱はなく、生徒たちは粛々と日常に戻って行った。

総合評価が終われば学期末テストである。女子生徒たちは新たな配属先に決まった意中のイケメン男子生徒にお近付きになるべく、己の全力をぶつけ勝負に挑む。

試験とは彼女らにとっての戦場、全てはイケメンと夢のスクールライフを送る為。

女子生徒野獣とは本能から逃れられぬ生き物なのだろう。

そしてそんな戦いも終息を迎え、戦士達の一喜一憂が過ぎた月の半ば、体育館において卒業を前にした三年生向けにとあるイベントが開かれようとしていた。


「マイクテスト、OKです。照明、大丈夫か?」

「カメラスタンバイ完了、今回は生ライブ配信だからな、スイッチャー、気合入れろ!」

てきぱきと動き回るスタッフたち、番組制作会社浅田プロダクション所属制作ディレクター植松咲子は、急遽決まったこの仕事に口角を引き上げる。


「しかしのっぺり氏は相変わらずでありますな~。一私立高校での試み、でもその影響力は絶大。今後今回の資料を基に多くの高校で同様のイベントが行われる可能性は大きい。

男性保護法下における婚姻の義務達成の為に高校卒業間際の男子生徒が名ばかりの婚約を結ぶことは社会問題となっていますから、今回の話には大和政府や男性保護観察局も大変乗り気であるとか。

本当にのっぺり氏の人脈はどうなっているのでありましょうな~。

さて、自分も気合いを入れなければならないであります。

のっぺり氏、高校最後のその勇姿、確りカメラに収めさせてもらうでありますよ」


植松咲子はこれまで数々の興奮と驚きを与えてくれたのっぺり顔の青年の事を思い浮かべる。

中央都テレビ制作局において燻っていた自分、そんな自分に逃走王と言う一大企画を示してくれた青年。その後の温泉企画やバトルフィールドなど、数々の輝かしい功績は全て彼が助言提案してくれたもの。

のっぺり佐々木氏がいなければ今の自分は無いと言っても過言ではない。


「全員注目!これから始まるのはかの“お見合いおじさん”の大舞台、どんな奇跡が起きるのか分からないそんなイベントです。

さぁみんな、気合を入れて行くでありますよ!!」

「「「おう~!!」」」


準備は整った、後は主役たちの訪れを待つのみ。

植松咲子はこれから始まる夢舞台に、まるでサーカスを初めて見に来た子供の様にワクワクする気持ちが止められないのであった。


(side:三年生女子生徒)


「ねぇ、今日の緊急集会って一体なんだか分かる?朝から丸一日掛けて三年生を対象にしたリクリエーション的な事をやるって言ってたけど、今までそんな事ってやってたっけ?」


「さぁ?でもまぁウチらの代って桜泉学園の歴代を見ても突出して色々あった世代みたいだし、その振り返りだけでも一日終わると思わない?」


「「あぁ、納得」」


私立桜泉学園。私立の名門と謳われるその学園の歴史は長く、これまで多くの優秀な生徒を排出して来た。

その原動力と言われるのがこの学園独自の生徒採用方法。学園が独自に選出した全国各地のイケメン男子をスカウトし、女子生徒の人参とする。

そのあからさまな生徒集めのやり方は多くの教育関係者から批判の声が上がるも、その声を跳ね除ける程の実績を示し続ける実力主義の学園でもあるのだ。

そんな競争主義然とした学園にはこれまで多くの“王”と呼ばれる男子生徒が在籍していた。

その絶対的カリスマと自己中心的な言動や行動から“暴虐の王”と畏れられた者、己の欲望のまま全てを従え“強欲の王”と呼ばれた者もいた。近しい所では唯我独尊、絶対王者として君臨した“太陽王”尾崎秀悟が記憶に新しい。

だがそれらの王たちをもってしても隔絶した存在の違いを示した伝説の王がいる。

それが“光の王”高宮ひろしなのである。

そして大きな存在は付随するかのように多くの事件も引き起こす。

一年生の時にはテロリスト襲撃事件があり、波乱の体育祭があり、大混乱の文化祭があり。二年生の時は高宮ひろし自身が世界的大スターに上り詰め、人生の伴侶たるキャロライン殿下を救出する為ユーロッパ王国の内乱を鎮めた。

三年生になってからはそんな光に誘われるかの様に、世界各国から王族や国の要人が聴講生として訪れた。

常に注目の中心、騒動の中心には彼がいた。


「でも結局ひろし君とはお近付きになれなかったな~。地元に帰るたびに言われるのよ、“ひろし君と同じ学校だなんて羨ましい、代わって欲しい”って。

でも実際そうそう会えないし、会えたとしても遠目で見るだけでお話しするなんて夢のまた夢じゃない?

テレビよりも近いっていう違いしかないのよね」


「確かにね、信者の子は同じ空間にいれると言うだけで幸せですとか言ってるけど、私達一般人からするとそれもねぇって感じよね」


おしゃべりをしながらぞろぞろと向かう体育館、そこはいつもの集会とは何処と無く違った雰囲気の会場。


「ねぇ、何か周囲に大学の進学ガイダンス会場みたいな専用ブースが作られてるんだけど、あれって何?」


「さぁ?あっ、鬼龍院校長、鬼龍院理事長と後は来賓?一体何が」


舞台脇のテーブル席に座る学園の代表者たち、そして来賓らしき人物。

暫くすると会場の騒めきが静まり、一人の男子生徒が壇上へと歩を進める。


「皆さん、本日はお集まりいただき大変ありがとうございます。

私の事は別に紹介はいらないと思いますが、敢えて名乗らせて頂きます。

桜泉学園の異端児、イケメン評価対象外、佐々木大地でございます。

総合評価はまさかの零票、にも拘らずコメント欄には“佐々木大地君を返せ、引っ込め中の人”って酷くね?普通に投票してくれればいいじゃん。佐々木大地君とのっぺりは別人って意味が分からないからね?

オホンッ、大変失礼しました。少々高ぶってしまいました。


本日皆さんにお集まりいただいたのは男性保護法に関するとある試みに参加して頂く為であります。

その件につきまして、男性保護観察局捜査室室長菊池秋子観察官にお越しいただいております。

菊池観察官、よろしくお願いします」


佐々木大地の紹介により来賓席より立ち上がった菊池観察官は、壇上に立つと体育館の生徒たちに向け言葉を発する。


「皆さん、初めまして。ただ今紹介に預かりました男性保護観察局捜査室室長菊池秋子と申します。

皆さんはご存じだとは思いますが、この大和では男性の人権を保護するという目的で男性保護法と言う法律が制定され、その厳守が義務付けられています。

この法律により男性は安全に文化的生活を送ることを保証されている訳です。

ですがこの法律は何も男性に一方的な利益供与をする為のものではありません。その制定に伴い男性には一定の義務が課されています。

十六歳以上の男性の精子提供義務、十八歳以上の男性の婚姻もしくは婚約の義務、そして二十八歳までに三人以上の女性と婚姻関係にならなくてはいけない義務です。

所謂“精子奉公”と“婚姻法”と呼ばれるものです。


これらの法律はいくつかの条件を満たす事によりその開始年齢を引き延ばしたり、免除を受けたりする事が出来ます。

“精子奉公”に関しては高等学校及び専門学校在籍により三年次終了まで、留年などの措置を受けた場合は十八歳になった学年が終了した時点から義務が発生します。

婚姻法に関してもその開始年齢は三年次終了となっています。

つまり男子生徒の皆さんは卒業と同時に婚姻法の対象者となり、違反者に関しては行政指導並びに行政処分が科される事になっています。


その為高等教育卒業間際になり名目上の婚約関係を結ぶ男性が多数存在すると言った事が、大きな社会問題として取り沙汰されているのが現状です。

我々男性保護観察局としてはこの現状をどうにかしたい、男女共に幸せな婚姻並びに婚約関係を結んでもらいたいと常々考えていました。

そんな中一つの光明が齎された、それはとあるテレビ番組のお見合い企画でした。

その番組ではやはり婚姻法を前にした今年卒業を迎えると言う若者も多く参加されていた。

現代社会の男性の多くが婚姻に対して消極的である中、こうした出会いの場を提供する事で婚姻に対する新たなムーブメントを起こしうるのではないか。

今回この私立桜泉学園高等部の三年生を対象にその試みを検証して頂くというお話を頂いた事は、我々男性保護観察局にとっても大きな前進ととらえています。

皆さんの中から多くのカップルが誕生する事を心から願いつつ、挨拶に代えさせていただきます」


“・・・えっとつまりどう言う事?”

女子生徒たちに広がる困惑。菊池観察官は結局何が言いたかったのか。


「菊池観察官、大変すばらしいお話をありがとうございました。

えっと、皆さん、現状があまり分かっておられないご様子ですね。

ではまず登場していただきましょう。

野郎ども、カモン!!」


佐々木大地の掛け声と共に舞台袖からぞろぞろと現れたのは三年生に在籍する男子生徒総勢三十一名(注:留学生のルーカス・コルステ君はこの中に含まれておりません)、そのそれぞれが胸にバラの花をあしらったバッチを付けている。


「はい注目~。こちらの男子生徒の皆さん、胸にバラの花を付けておられますね。その花の色の違いがお分かりになりますでしょうか。

種類は四つ、赤、ピンク、白、黄色となります。赤い花は婚約者がいると言う事を示し、ピンクの花は現在お付き合いもしくはそうなりそうな女性がいる事を示しています。そして白い花はそうした女性がいないと言う事ですね。

では黄色い花はどういう意味か?

ジャジャ~ン、現在黄色い花の保持者はこの佐々木大地君だけ、そしてその数は七輪。はい、もうお分かりですね、黄色の花は婚姻関係の女性がいる事、そしてバラの数はその人数です。

先程の菊池観察官のお話、そしてこの舞台上の男子生徒達、これから一体何が行われるのかはもうお分かりですね。

司会進行はこののっぺり佐々木と~!」


サッと舞台袖に向けられたのっぺり佐々木の手、そこから現れた人物、それは。


「伊集院ミホでお送りしま~す、ってのっぺりこれってどう言う事よ、急遽桜泉学園高等部の仕事が入ったって言われて来てみればこれって!」


「まぁまぁミホちゃん落ち着いて、まずはタイトルコール行ってみよう」

「「私立桜泉学園高等部卒業記念特別企画“お見合い大作戦 IN 私立桜泉学園高等部”~!!」」


「「「「・・・・え~~~~~!!」」」」

会場を揺らさんばかりの驚愕の叫び。

私立桜泉学園高等部の歴史に伝説として語られる学園内集団お見合いは、こうして幕を切ったのでした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る