第995話 人参たちの品評会、総合評価は桜泉学園男子生徒の義務です (4)
“コツン、コツン、コツン”
静まり返った会場、舞台上では壇上に臨む演者の靴の音だけが響く。
私立桜泉学園高等部男子生徒総合評価、その会場である体育館では教職員が、学園関係者が、全校の女子生徒が男子生徒が、モニター画面の向こうではライブ配信を視聴する全国の外部協力生たちが、壇上の者の一挙手一投足を見逃すまいと意識を集中する。
壇上に立つ男子生徒は一度瞑目し、大きく息を吐くと、ゆっくりと言葉を発するのだった。
「この会場にいる教職員の皆さん、学校関係者の皆さん、全校女子生徒の皆、共に壇上に上がった男子生徒の皆、そしてモニター越しでライブ配信をご覧になられている外部協力生の皆様。
俺の言葉に耳を傾けてくれてありがとう。
世間では俺の事を世界的なスターだとか平和の使者だとか持ち上げてくれるけど、皆は知っている筈だよね。俺がただの男子生徒、ただの男だってことは。
嬉しい時には笑い、悲しい時、悔しい時には涙し、どうにも出来ず叫ぶ事も怒りに声を荒げる事もある。そんな何処にでもいる様なただの十八歳、それが俺の正体。
作り上げられた王子様でも女性の理想の体現者でもなんでもない、美味しいものを食べればうれしくなるし、勝負に撒ければ悔しくなる。
第三回逃走王フロンティア大会、あの敗北は今でも忘れない、本気で悔しい、次回こそ絶対に取り返して見せる!!
ごめん、ちょっと感情的になっちゃった。
でもそんな普通の男が俺なんだよ。
だけどそれって凄い事なんだ、俺が普通の男でいられたのはすべてこの学園のお陰だったんだから。
芸能界って所はね、本当に大変な世界なんだ。人々の欲望が煮詰まったような場所、それが芸能界。そんな世界に身を置いていた俺を多くの人々が助けてくれた。そして学園の皆が俺をただの一生徒として扱ってくれた。
まぁサロンの皆の態度を見てどこが普通?って思う子もいるかもしれないけど、芸能界の俺様タレントって無茶苦茶だったんだからね?
今は相当に改革が進んでそう言う事も減ったけど、本当に良く人格が歪まなかったって思うよ。
それに多くの大人の思惑から俺の事を守ってくれたのも桜泉学園だった。
スタジオCherryを設立し、契約で活動を縛る事で俺が学園生を続けられる様に取り計らってくれた。
多くの方々が俺の為に知恵を絞ってくれた。
この感謝の気持ちをちゃんとした言葉で伝えたかった、本当にありがとうございました。
俺は学園を卒業する、そうしたら俺はアーティスト“hiroshi”として世界中を飛び回る事になると思う。
そんな俺の姿を見て皆が“あのhiroshiって私の友達なの”って言って貰えるよう、これからも頑張っていくつもりだよ。
君たちのクラスメートであり、同窓生であり、同じ学園に在籍した高宮ひろしは、皆の仲間、友人だ。
他の誰が何と言おうと俺が認める、皆は俺の友人だと。
だって俺をここまで育ててくれたのは、この環境を作ってくれたのは、友人である皆なんだから。
だから改めて言わせてくれ。
ありがとう。
三年Aクラス 高宮ひろし」
“パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ”
体育館に鳴り響く割れんばかりの拍手、皆が涙し皆が感動に打ち震える。
俺たちは、私達は、高宮ひろし君に認められたんだ。
桜泉学園の仲間として、友として。
壇上から満面の笑みで手を振る高宮ひろし、その姿は全ての女性を魅了する理想の王子様でも、世界的ビッグアーティスト“hiroshi”でもない。
等身大の十八歳の青年、学友高宮ひろし。
皆の心に宿る熱い思い、自分たちは彼と共に青春を過ごした仲間なのだと。
友情を誓い合った友なのだと。
これから先の人生どんなにつらく悲しい事があろうとも、俺たちには、私達には高宮ひろしがいる。彼の友人であるという事実が見えない未来に向けての一歩を踏み出させてくれる。
与えられた自信、向けられた信頼。俺たちは、私達は、決して下を向く事がないだろう。何故ならその視線の先には私達の仲間の頑張る姿があるから。
湧き上がる感動は止まる事を知らず、会場の拍手は、いつまでも打ち鳴らされ続けるのであった。
・・・これをどうしろと?
えっ、今までにない展開?ひろし君、完全に自分をコントロールしちゃってるじゃん、いつもならブワッて包み込むように広がる甘い香りも無いし、人々を魅了する王子様然としたオーラも無し。
それでいて魅せてくれましたよ、等身大の青年高宮ひろしの主張、それはただただ自分を支えてくれた者に対する感謝の思い。
これは痺れるわ~、堪ったもんじゃないですわ。
しかも仲間とか友人だとか、生涯忘れえぬ思い出、この想いを胸に一生頑張れちゃうって奴じゃないですか、まさに現人神そのものじゃないですか。
もうね、信者様方が凄いの、滂沱の涙ってこの事?ってくらいの号泣。これまでの自分の行いが信仰する神によって全肯定されたのよ?いつでもあなた様の為に死ねます状態よ?
男も女も虜にする究極のスター高宮ひろし、凄過ぎでしょう。
・・・この後の挨拶?俺帰っていい?駄目って吉川も号泣してるじゃん、感動に打ち震えてるじゃん。それでも俺にあの場に立てってのかい、アンタは鬼か!
吉川も強くなったよな~、この事態でも動じてないんだもん。想定の範囲内ってお前の想定はどうなってるのよ、天使が降臨してもおかしくないと思ってた?
吉川、ちょっと仕事し過ぎじゃね?少し休んだ方がいいよ?
いくら何でも天使が降臨って・・・そう言えばユーロッパ王国の例の花嫁奪還作戦の時にそんな事があったんでした。そりゃ想定しないとね、吉川マジ優秀。
「・・・はぁ~、行きたくねぇ~!!」
思わず叫んだ俺は悪くないと思います。どうせ誰の耳にも入ってないし、拍手はまだ止まないし、って言うか手が真っ赤じゃん、そろそろ止めたら?
テンション上がり過ぎて痛覚が仕事をしてないんかね、全く。
俺は致し方なく、本当に不本意ですが!これもお仕事と割り切って壇上に向かう準備をするのでした。
最初に異変に気が付いたのは誰だったのだろう。
体育館中が感動の渦に包まれ、割れんばかりの拍手が鳴り響く中、高宮ひろし君が去った舞台上に現れた一人の男子生徒。
その姿は高身長で確りとした身体付きをした、細マッチョ体形。壇上に向かう一歩一歩がとても洗練されていて、その動きにいつの間にか目が向いてしまう。
先程まで感動に激しく揺れていた心の渦が、徐々に静けさを取り戻していく。
鳴り響く拍手が段々と小さくなり、ポケットからハンカチを取り出し頬を拭い鼻をかむ者たちも現れ始める。ひとしきりの騒めきの後、会場は再びの静寂に包まれる。
それはまるで劇場でコンサートを聴く前の観客の様な、美術館で美しい絵画を目にした観覧者の様な。
何がある訳ではない。ただ目の前の、壇上にいる男子生徒から目が離せない。
その男子生徒は決して美しいとかイケメンであるとかではない、どちらかと言えば特徴の乏しいのっぺりとした面立ち、何か強烈な存在感を発しているのでもなく、ただ壇上に佇んでいる。
しいて言えば透明感のある芸術品、何が美しいのかはよく分からないが人目を引いてやまないそんなオブジェ。
静まり返った会場、人々の心の波が収まったのを見定めたかの様に、男子生徒は語り始める。
「この大和国は大きく変わった。
俺から言わせるとこの世界は酷く歪なものだった。男女比一対七、そんな世界で多くの女性が男性を求め争い、時には多くの血を流した。
その痕跡は歴史として、そして未だ世界中に残る女尊男卑の文化として見て取る事が出来る。
そんな中先進国と呼ばれる国々の多くは男性保護政策を取り、男性の権利を保障しようとした。そこに至るまでに多くの男性の命の犠牲があった事は、男性保護法の授業で習った事と思う。
だがこの制度は男性の中に自身は特別な存在であるという意識を作り出す事となった。所謂俺様系男子の登場だ。
女性は男性に奉仕する為の存在、替えの効く便利な家政婦。そんな歪んだ思想が、多くの女性を苦しめる。大和はそんな社会通念が蔓延る国であった。
さっきひろし君も言っていたね、芸能界の闇を。あの芸能界の闇も社会の歪みの一つ、そこに金銭的欲や社会的地位と言った欲が重なった状態、それが芸能界の闇。
だがその闇の多くがここ数年の女性の意識改革を基に変わり始めている。
今まで声を殺し自身を殺して生き続けて来た女性たちが行動を起こし始めた、それは一時期社会問題とまで言われた離婚率の増加であり、皆が身に付けた男性との付き合い方の技術であり。
女性が変われば男性も変わる。
ここ桜泉学園の男子生徒たちは素晴らしい人参だったでしょ?君たちの要求を満たす物語に登場するようなイケメンたち。
でもこのイケメンたちは始めからこんな素晴らしい者たちだった訳じゃない。学園内で多くの女子生徒に触れる中で、学園外活動で様々な企業や施設、学校などに訪問し、広報活動に参加する中で。
磨かれ洗練された真のイケメン、それが桜泉学園男子生徒達。
もう分るよね、君たちはただ求め彷徨う悲しい女達なんかじゃない、愛が欲しいと届かぬ星に向かい手を伸ばすだけの者でもない。
男女比一対七、これは変え様のない事実、素直に受け入れざるを得ない現実。
でも男性がいない訳じゃないんだよ?
理想のイケメンがいない?ならば育て上げればいい、その方法なら知ってるでしょう?
そもそも男性がいない。本当にそうかな?世の中には蔑まれている男性って結構いるんだよ?
幼い頃に植え付けられた女性への恐怖で内に籠る者、女性に相手にされず、それどころか迫害の対象にすらなっている者達。
苦しんでいるのは何も女性ばかりじゃないんだよ?
この桜泉学園はそんな蔑まれている者でも努力次第では評価して貰えるんだと言う事を教えてくれた。その事は俺の人生の中で大転換点となる程の衝撃だった。
俺を評価してくれてありがとう、俺の存在を認めてくれてありがとう。
この桜泉学園に俺を入れてくれてありがとう。
この三年間、本当に楽しかった。俺はこの学園での日々を生涯忘れないよ。
みんな、本当にありがとう。
三年Gクラス 佐々木大地」
壇上から会場中の仲間に向けられた佐々木大地の笑顔。それは夏のひまわり畑で無邪気に微笑む少年の顔。全身から溢れる感謝の思い、純粋な心が母性本能を刺激する。
乙女心に広がる甘酸っぱい思い。
それはそれぞれの心に宿る青春の思い出。
男子生徒は一度会場を見回すと再びニッコリと微笑んで壇上を後にする。
会場にいる者達は去り行く彼の後ろ姿を、いつまでも見詰め続けるのであった。
「・・・はい、任務終了。おい吉川、何ボーっとしてるんだよ、早く終了のアナウンスを流す。教職員の方々もちゃっちゃと動く!」
「「「は、はい。えっ?はっ、え~~!!」」」
騒がしくなる舞台裏、俺は何とか無事にお役目を果たし終わった事に、ホッと安堵のため息を漏らすのでした。
因みに後日発表された総合評価の結果発表で、“謎のイケメンは誰だ!?”と言うご意見が大量に寄せられたのは言うまでもない。
えっ、俺の評価点数ですか?零点ですが何か?
俺確り名前も言ったよね、順番的に俺以外の何者でもないよね?
またしても別人認識を受ける俺氏、ご意見欄にあった「佐々木大地君が現れた!!」って一体何?だったら俺に評価点数入れようよ!
佐々木大地君とのっぺり佐々木は別人?引っ込め中の人?
そうですか、分かりました。
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