第666話 観測者と調停者

「アハ、アハハハハハ、凄い凄い、どうやってここまで辿り着いたのかと思ったらちゃんと類推して調査して裏取りまでして、完璧。僕ビックリしちゃった。人間て本当に凄いよね、非力で卑怯で卑屈で、でも時々君みたいな突出したのが出て来る。

だから人間観察は止められないんだよね。

今回の企画、もうダメダメでがっかりしてたけど、何々こんなサプライズが待ってるなんて誰も思わなかったよ。君、最高。なんかご褒美上げないとかな?」


あ~、それだったら場所代えさせてもらっていい?ちょっと紹介したい人もいるから。それにここだと備品が多いしね。


「OK、OK。今の僕はとっても気分がいいからね、ベッドにだって付き合っちゃうよ?僕こう見えても結構すごいんだよ?」


あぁ、うん。それなら道すがらお話ししてもいいかな?その姿、菊池洋子さんだけど、姿を借りてるだけなの?それとも何か別の方法を使ってるの?


「あぁ、これ?僕は本格派だからね、単に姿かたちを真似するなんてことはしないかな?この身体はちゃんと菊池洋子自身だよ。記憶も魂もちゃんとある。ただ身体はコピーだけどね、本体はすでに火葬されちゃってるし。でも僕が入ってない時や授業中は菊池洋子本人がちゃんと人生を送ってるよ、だから違和感がないし誰も気が付かない。それを出生地にまで行って調べて来るなんて恐れ入ったよ。記録自体は調べてもそこまで気が回る?電話の調査でも母親はまだ洋子が生きてると思い込んでるし、バレないと思ったんだけどな~。」


へ~、すごいね。だから全く違和感がなかったんだ。俺も最初この話しを聞いた時は信じられなかったもん。やっぱりこんな事を考える人って凄いんだね。

あ、着いたみたいだね。


そこは旧武道場の先、あまり生徒の寄り付かない広場のような場所であった。


ここはさっき通り過ぎた旧武道場が現役で使われてた頃に武道部が使っていた練習場跡。今は別の場所に武道館が出来たんで使われなくなっちゃったんだけどね。

それで君に会わせたい人ってのが彼女かな。用務員の朱音さんって言うんだ。


広場で待っていたのは用務員の朱音であった。彼女は緊張した面持ちで二人が訪れるのを待っていた。


「あれ?彼女ってお助けキャラの朱音だよね?確か困ったことがあると何処からともなく表れてアドバイスをくれるんじゃなかったっけ?何で彼女がこんな所にいるの?」


あぁ、ごめん、分りにくかったよね。朱音さん、もう隠蔽解いてもいいよ~。


”ブワッ”

広がる神威。そこには己の神性を顕わにした学園の守護神、朱音の姿があった。


「アハハハ、そっか、そう言う事か。お助けキャラの朱音ってここの土地神か何かだったんだ。てっきり土地神は学園奥の秘密の花園の引き籠りだけだと思ってたよ。それじゃ君はこの土地神の眷属か何かなのかな?だったら納得だ、よくやったと褒めては上げるけどね。

で、僕に何の用?別に君くらいどうとでもなるしまったく怖くはないんだけど?何か言いたい事でもあるのかな?」


「うむ、そなたが我より遥かに格上の神性であることはすでに承知しておる。我は見届け人じゃ。この土地の守護者として事の顛末を見届けねばならぬ義務があるでな。」


「ふ~ん、じゃあ一体どうするって言うの?わざわざこんな所にまで呼び出して。」


これは所謂神の遊戯、神の試練て事でいいんだろ?だったら相手は人間が行うのが筋ってもんだろう?

そう言う彼の手には何時か彼女が見た事のある張り扇が握られていた。


”ズバーン”

激しい打撃音、張り扇は隣にいたであろう菊池洋子を吹き飛ばしていた。


「痛~い、行き成り何するかな。って痛い?この僕が?こんなの前に増山とか言うおじさんにやられて以来なんだけど。って言うかその武器、君って彼の関係者かなんか?」


あ~、分った。お前確か北欧の神でロキって奴だな。増山のおっちゃんに聞いてるよ。おっちゃんが偉い世話になったらしいじゃないか、勝てたのが奇跡みたいなものだって事あるごとに聞かされたからよく覚えてるよ。


「あ、本当に知り合いだったんだ。だったら彼の最後を教えてくれない?あっちの世界にお迎えに行ったのに全然見つからないんだもん。どこに行っちゃったんだろう。」


さぁな、お前には二度と会いたくないって言ってたからどうにかしたんじゃないのか?増山五郎は俺の憧れの男だからな。


「そうだよね~、彼は格好いいよね~。そんな彼に憧れる君は彼ほど楽しませてくれるのかな?」


それは保証しかねるな。俺は増山さん程優しくないんでね。


”パチンッ”

「えっ?」


打ち鳴らされたフィンガースナップ。その瞬間ロキの身体は完全に身動きの出来ない状態になっていた。


お遊びはお仕舞だ。


”ズバーン”

振り抜かれた張り扇、その武器はロキの神核を正確に捉えていた。彼は菊池洋子を一切傷付ける事無くロキだけを始末したのだった。


「アハハハ、凄い、凄過ぎるよ。こんな人間がいるだなんて驚き以外の何ものでもないよ。本当に君は酷い男だよ、こんなに僕を楽しい気持ちにさせてしまうなんて。そんな君には神殺しの称号が授与されるよ、おめでとう。これで君も立派な神殺しだね。

それと残念なお知らせ、君が必死に守ろうとした菊池洋子ちゃんは僕がいなくなることで消滅します。だってすでに死んでるんだもんしょうがないよね、彼女が無事旅立てるようにご冥福を祈ってあげてね♪それじゃ、バイバイ。」


その場からロキの神威が消えた。彼は崩れ落ちようとした菊池洋子の身体をそっと抱きしめた。


「う、う~ん。ここは・・・。」


気が付いたかい?何があったのか何か憶えている事はあるかな?


「あなたは・・・そっか、あれは夢じゃなかったんですね。私は去年の事故で。」


俯く菊池洋子。彼女の瞳には今にも溢れんばかりの涙が溜まっていた。


「私はあとどれくらい持つんですか?」


分からない。だがそれほど時間は無いと思っていい。


菊池洋子はポケットからスマホを取り出す。


「あ、お母さん?こんな時間にごめんね、ちょっと急に声が聞きたくなって。うん大丈夫だよ、みんな親切だし、寮に友達も出来たんだよ。本当大丈夫だから、風邪なんか引いてないよ~。それよりお母さんこそ私がいなくなって寂しくなかった?私が桜泉学園高等部になんて行きたいって言い出したから、お母さんに寂しい思いをさせたんじゃないかって。お母さん、いつも我が儘ばかり言ってごめんね。本当にありがとう。急に変な事って、私だって偶には真面目な話もするんだよ?

お母さん、大好きだよ。いつまでも長生きしてね。

ごめん、友達が呼んでるからもう切るね、バイバイ、お母さん。」


スマホのスイッチを切った菊池洋子の手からはサラサラと白い塩の粉が流れ出していた。


「私がこのまま消えたら私って行方不明者って事になるんですか?」


いや、神の試練は終了すればその揺り戻しが起きる。君の事は交通事故で亡くなった菊池洋子として記憶されるだろう。


「そうか、ならよかった。お母さんをずっと苦しめる事になるんじゃないかって心配だったから。」


菊池洋子は悲しくも寂しそうな顔で微笑むのだった。


すまん、俺には君を救う事は出来なかった。君が無事黄泉の国に辿り着けるようによくお願いしておこう。


「先輩、泣かないでくださいよ。先輩は私の事を開放してくれたんですから。もともと私は死んでいたんです。これはそれが自然に返るだけの事なんですよ?」


菊池洋子は彼の頬に流れる涙をその崩れ行く指でそっと拭うと、彼の頬にやさしく唇を添えた。


「先輩、私最後に出会えたのがあなたでよかった。私の為に泣いてくれてありがとう。」

彼女は彼の目を見てそう呟くと、優しく微笑んだ。

”グシャリ”


後に残ったのは塩の積もった小山が一つ。


“我に祝福を与えし神よ

その繋がりによりて我が声に応えよ

我は求め訴えん 今ここに顕現せよ

北欧の神 ロキ”


“ブワ~~ッ”

大地に広がる巨大な魔方陣。そしてその中心より顕現せし一柱の神。


我が神ロキよ、さっきぶりだな。言葉使いが幼かったから子供の様な姿を想像していたが案外おっさんだったんだな。


「なっ、お前は先程の人間。なぜお前が僕を。」


ハハハ、忘れたのかい?さっきしっかり残して行ったじゃないか。

“バッ”

突如脱がれた上着、現れたのは見事な筋肉に覆われた上半身。そしてその胸元にはどす黒い大きな痣。


こんなに立派な眷属の祝福を与えておいて繋がりが生まれないなんて思っていた訳じゃないんだろう?


“ジュワジュワジュワジュワ”

胸の痣が大きく広がり彼の身体を覆っていく。その痣が黒き炎を纏い全身を包む。

“ブワッ”

炎が霧散した時、そこには黒きコートを纏い手には龍の籠手、顔に鬼のハーフマスクを着けた男が立っていた。


“カツン、カツン、カツン”


「な、なんで、動けないんだ!あ、あ、あ、く、来るな~!!」


そのハーフマスクから覗く赤く光る瞳がロキの姿を捉える。

“スイーンスイーンスイーンスイーン”

繰り返される横八の字の軌道。


“さぁ、第二ラウンドの始まりだ。”

今ここに、修羅おにの蹂躙が始まった。

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