第36話 浅利家の助言
「────」
森谷は閉口した。
呪詛、なのだろうか。
警察組織というのは基本的に、そういう物質的に存在し得ないものを相手にはしない。いちいちオカルトや心霊などにかまけていたら、現実に存在する人殺しを見逃してしまう。ゆえに、本来ならば今回聞いた『藁人形の呪詛』についても、そうなんや、程度に流してしまえばよかったのだが、妙にひっかかった。
不自然な切断遺体。
敢行された闇バイト。
組織絡みの犯行──。
「呪詛」
ふと。
博臣が口をひらいた。かたちの良い頭をつるりと撫でて、彼はうっそりとほくそ笑んでいる。
「なんてものじゃ、たいてい人は殺せまい。だが人を殺すための動機にはなりうるんじゃないかね。森谷くん」
「────へ」
「その事件と、景一が絡んだ事件。共通項として──六曜会が絡んでいるそうだね? ああいや、捜査情報をそう簡単に教えてもらえるとは思っちゃいない。ただもしそうなら、いま将臣がいったような呪詛が絡んでいる可能性も容易にあるだろうな、とおもって」
「ど。どういうことです」
おもわず口を次いで出た。
なぜこの父子は、いつも非公開情報を知っているのだろう。とはいえ六曜会について情報があるのなら、多少の捜査情報をくれてでも聞く価値はある。
博臣は真剣な顔で森谷を見据えた。
「以前──連中から逃亡中の景一が手紙を寄越したことがあった。そこには、連中が何に対してご執心なのかがちらと書いてあったと記憶している。たしか『奴らはおそらく“死”の世界に魅入られている』、と。あくまでヤツの仮説だろうが、連中がオカルトやら心霊やらの領域に手を出していると考えるのは間違いじゃないような気もする」
「まさか──」
「もちろん、捜査をかく乱させるつもりはないよ。あくまでこれは連中の動機にすぎない。人を殺すのはあくまでも人でしかない。そこに犯人は必ず存在するものだ。しかし、動機という面においては──先ほど将臣が言ったように、人は欲のあまり目に見えない力に縋ることもある。人の欲望は、海よりも深いからね」
「────」
「大元の繰り手がだれなのか、いまはまだ分からない。とかくいま、警察が出来ることはひとつ。目前の糸繰人形たちから伸びる糸を手繰り──大元の手前に立ち並ぶ仮の繰り手たちを見つけるほかない。数を挙げればいずれ、大元にもたどり着くさ」
というや、博臣はがたりと立ち上がって伝票を手に取った。
あとはふたりで楽しんでくれたまえ──というひと言を添えて、そのまま会計を済ませたのち、ファミレスを出ていった。
気が付けばいつの間にか運ばれてきていた追加注文の品。森谷はふと視線を料理に落としてから、ゆっくりと将臣を見た。
彼は、父親のことばを幾度も脳内で反芻しているのか、顎に手を当てたまま動かない。が、やがて森谷の視線に気が付くとあわてて顔をあげた。
「森谷さん、その──六曜会については景一さんが詳しいんでしょう。詳細は聞いていないんですか?」
「事情聴取中に、龍クンに何言か言うたらしいわ。死に魅入られているかもってのはその時にも聞いた気はする。けどそんときはどういう意味かよう分からんかって。でも──さっきの和尚の話聞いてなんとなく分かったわ」
「聞くかぎり、相当常識外れな方たちのようですね」
「ああ。景一いうとったわ。異常が正常だ、ってよ」
「気を付けてくださいね。森谷さんも、三國さんも」
「うん。おおきに」
森谷はにっこり笑うと、追加注文できたドリアをかき込んで食事を終わらせた。
すでに会計が済まされていたこともあり、そのまま退店し、森谷の車へ。
「はー。なんやまーたいろいろ喋ってもうた気もするけど、しゃーないわな。もう浅利家は警視庁公認の捜査協力者っちゅうことにするわ」
「勘弁してくださいよ」
「そんくらい信頼しとるっちゅうことやで」
なはは、と笑いながら森谷は助手席のドアを開ける。
このあとは三國と捜査本部で合流する予定だが、宝泉寺は道往きにあるはず。送ったるわ、と将臣を車中へとうながした。
「一回行ったけどもう朧気やな。住所教えてくれ」
「案内しますよ」
「信用出来ひんからいうてんねん」
「────」
言ってることがちがうじゃないか──と言いかけて、将臣は閉口した。
※
一方、帝都中央医科大学の正門柱にもたれかかるは、藤宮恭太郎である。
この大学のとある大講堂で医科学会が行われている──という情報を得たので、まほろば訪問の翌日に手ぶらでやって来た。時間的には学会も終わるころ。今か今かと、大学から出てくる人影をひとりずつ確認する。どうせこの視力では見えないが今回ばかりは音に頼らずともそのぼんやりとした歩くシルエットで分かる。幼い頃から、飽きるほどその背中を見てきたのだから。
──いた。
スーツケースを転がすスーツ姿の男が目に入った。正門から外に出るべくこちらに向かってくる姿にひらりと手を振った。男はいっしゅん足を止めるなり、これまでの優雅な足取りとはうって変わって一目散にこちらへ歩いてきた。動揺ゆえかトレードマークの眼鏡もずれている。
「恭!」
「や、兄さん」
恭太郎はもたれた背を起こして、向き直る。
彼こそが待ち人──ふだんは大病院に外科医として勤める藤宮五人兄妹の長兄、藤宮孝太郎である。
「なにやってんだお前、こんなところで!」
「なにって学会やってるって聞いたから会いに来たんですよ。どうせ、昨日送ったメッセージだって見てないんでしょうから」
「メッセージ? ああ、プライベート携帯はきのうの手術からずっと電源を切ったままだった。わるかったよ──でも恭、学校は?」
「それより兄さんに相談があるんです」
「相談。お前が? あー」
孝太郎はちらりと周囲を見回した。
先ほどから大学正門を抜けていく生徒たちが、藤宮兄弟の横を通るたびにちらちらと視線を向けてくる。衆人環視のなかに居心地のわるさをおぼえたか、場所を移そうといってスーツケースを転がし、歩き始めた。恭太郎もそのあとをつづく。
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