第5話 凶器の弾丸
警視庁刑事部捜査第一課所属の沢井龍之介警部補はいま、担当する事件に頭を悩ませている。
──品川区ホテル射殺事件。
遺体発見現場で男を確保した、と聞いたときは早々に解決かとおもわれたが、発生から二週間以上が経った現在においても確証が得られず、起訴猶予のタイムリミットを目前にしている。
なぜここまで難航するのか。原因は三つある。
まず、事件現場に問題があった。
現場となったのは『革新ホテル』という名の次世代型宿泊施設。被害者は大手商社に勤める男とその妻であり、殺害現場には夫妻の娘であろう少女が身をふるわせていたという。
連絡を受けて駆けつけた沢井が、開口一番漏らした言葉は
「なんじゃこりゃ」
だった。
ホテル受付には二体のヒト型ロボットが設置され、ロビー全体は細やかなプロジェクションマッピングによって近未来のイメージに彩られる。先駆けた交番警官に話を聞けば、事件当時受付ロビーは無人であった。沢井と三橋が到着してすぐ、ホテル支配人を名乗る
──ホテルマンがなんたるザマか。
昔気質な沢井にとって、このホテルはすべてが理解し得ないことの連続であった。
ホテルマンならば宿泊客を出迎えて然るべきだし、宿泊施設なのだから内装もリラクシング要素重視にすべきだろう──と、事件そっちのけに不満が漏れる。が、相棒たる三橋綾乃は、上司でもある沢井の発言を嘲笑で一蹴。
「そういう発言するといまどき老害と言われますよ。東京って街は世界的に見てもテクノロジーが栄えた場所ですから、こういうのも不思議じゃないでしょう。むしろ近未来じゃこういうホテルが一般的になっているかも」
「チッ。効率化だのテクノロジーだの、心がねえよ。心が」
「ふふ。そりゃ、わたしも過去に重きを置く人間ですから──気持ちは分かりますけど」
などと、彼女なりのフォローも添えて。
つづく問題は、被疑者の男である。
通報を受けた警官が突入した際、現場には被害者のひとり娘のほか、もうひとり男がいたという。
男は遺体のそばに跪き、左手には一丁の拳銃を携えて、少女へむかって右手を伸ばしていた。状況的に男が怪しいため手荒に取り押さえたものの、男は罵倒はおろか悪態やうめき声すらあげずに、おとなしく捕まったとか。
沢井らが到着した時点ですでに署へ送られており、その場での聴取はかなわなかったが、確保した警官によれば
「一切の身分証もなく、本人も頑として沈黙を貫いた」
らしい。
その後の調べで、現場となった一室は男が宿泊するはずの部屋であることが判明。被害者家族が外から招かれたのかと思いきや、彼らは別部屋での宿泊予定だったことも分かった。
──接点はなんだ?
男の身元が分からぬ以上、被害者家族とのつながりも見えてこない。それなのに男は勾留されてから今日まで「タバコ」の一言しか喋らない。
ならば、と聴取対象を目撃者の少女へ変更するも、ここでもまた問題が顕在した。
彼女はショックと混乱のためか、声を出すことができなくなっていた。事件後すぐから、警戒心を解くべく三橋が毎日接触を図るも、事件に関するコミュニケーションは断固拒否。起訴期限まで幾ばくの猶予もなくなった先日、所轄の刑事が断定的に
「親を殺したのはあの男だろう」
とぶつけてようやく、少女が首を横に振り、意思を示した。
それによって事件はふたたび後退したのである──。
検察が起訴保留する理由はそれだけではない。少女の証言を裏付けるように、男の嫌疑を晴らす材料がほかにも出てきたのである。
鑑識課による調査の結果、事件現場には被害者夫婦とその娘、男のほか、あとふたり分の痕跡を確認したのである。それらはいずれも男性で、ホテル従業員のだれとも一致しないことも判明した。
ならば宿泊客か──と、遡って調べたものの、過去二週間分の宿泊客は一致せず。いよいよ捜査は暗礁目前であった。
「電話でお伝えしようとも考えたんだけど、見てもらった方が早いとおもって」
帝都中央医科大学法医学研究室。
今朝方、捜査資料とにらめっこする沢井のもとに、ここ研究室の主から電話がかかってきた。被害者夫婦の解剖結果について新たに判明したことを伝えたい、とのことだった。
少しでも多くの情報が欲しい沢井は、連絡を受けるや本部を飛び出し、ひとりでここまでやってきたのである。
室長、
昨年秋頃にここへ着任した法医学医で、その若さながら腕はたしか。彼女の助言により事件解決につながった事例も多くあるとか。とかく死体と向き合うことが好きなのだ──とは、彼女の弟である藤宮恭太郎の証言である。
肩ほどの黒いストレートヘアを揺らし、沢井の前に腰かける。手にはふたつのコーヒーカップ。沢井が来るたび飲んでいるから、よほどの珈琲愛飲家なのだろう。
「あら、今日彼女は?」
「三橋なら別動隊で出てるよ。アンタの弟もいっしょにな」
「恭?」
長姉はなんとも言えない顔をした。
「またエライもんに協力要請したのね」
「んなこたねえ。ありゃ聴くことにかけちゃプロだよ」
「──なるほど」
警察の思惑を理解したらしい。
コーヒーカップを沢井の前にひとつ置くと、神来はデスクに置かれていたバインダーを手にとって、沢井の対面に腰を下ろした。
「さっそくだけど、これを見て」
差し出されたバインダー。
挟まる写真には、不気味な形状をした弾丸が写っている。
「これは」
「死因は先日お伝えしたとおり、脳天一発からの失血性ショック死ね。分かったのはこの弾丸の種類よ。その名も──R.I.P」
「なに?」
「『|Radically Invasive Projectile《過激に侵入する弾》』の頭文字からとったそうだけど、本来の意味合いは『rest in peace』のが強いかもね」
「
「事実、その名の通りの殺傷能力を誇る弾なのは間違いない。弾丸の特性としてあげられる指標に、貫通力と破壊力があるけれど、同時にそれらは相反する。けれどこの弾は、どちらも両立されるように作られたもの──つまり、人を確実に仕留めるためにつくられた弾なのよ。見て」
神来の指が写真を指す。
「この弾は発射されると、王冠のような形に広がって動きを止めるの。花が開いたみたいでしょう」
「こんな弾、日本国内じゃどこで入手できる?」
「銃弾の流通経路には詳しくないけれど──およそ国内の一般人が気軽に手にできるものでないことは確かね」
「そりゃあそうだ。線状痕は?」
「鑑識の話では、被疑者の──ああ、重要参考人の方が正しいかしら。その男が握っていた拳銃と一致したそうよ。凶器となった銃はそれで間違いないでしょう。でも──それを発砲した人間がだれかは、まだ疑問が残る」
「────」
凶器も、目撃者も、参考人も、すべてが揃っている。しかし犯人の姿が──露ほども見えて来ない。
「男はいったいなにを隠しているのかしらね」
と、神来がコーヒーカップを口元へ運ぶ。
「そもそもほんとうに──被害者は被害者なのかな」
「どういうことだ」
「考えてもみて。こんな凶器でいのちを狙われるって、よほどのことだとおもわない?」
「それは、」
「現場状況を考えれば無差別とは考えにくい。もしかすると我々が見ている被害者像のほかに、見えていない一面があるのかも。あるいは重要参考人の男との関係性もね。男の身元が分からない以上むずかしいだろうけれど、そこを知らないことには、進むものも進まなそうだわ」
「────」
「いっそそっちにもプロを使ったら?」
という神来のことばに、沢井は唸ることしかできなかった。
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