第703話 『南常陸・南下野・東上野・下総の統治』

 天正十一年十二月二十六日(1583/1/19)  新政府暫定庁舎会議室


 純正は北条と先の将軍義昭の悪巧みを公表し、その後始末として減封としたことを全議員(大名)に伝え、新政府内においては合議の上、一年間の参加資格の停止処分とした。


 停止処分とはなったが、負担金の義務は消えず、減封となった石高分の支払い義務は生じる。石高が減った分負担金は減るが、北条にとってそんな事はどうでも良かっただろう。


 小佐々家 49.93%

 織田家 27.47%

 武田家 7.83%

 北条氏 5.58%

 徳川家 3.03%

 里見家 2.53%

 浅井家 1.95%

 畠山家 1.26%

 大宝寺家 0.42%

 

「方々、北条家の処遇については中将殿とも話したのだが、隠居と減封で話をつけました。此度こたびは、その減封分の所領の取り扱いについて言問ことといいたしたく、お集まりいただきました」


 純正の発議とともに、旧北条領である南下野と南常陸、東上野と下総の運営方法を決めようというのだ。


「まずは、彼の地をいかに治めるか、方々のお考えをお伺いしたい。新政府の勝手向きを考えても、争いなく治むるための兵を保つにも、大き(多くの)費え(費用)が要りまする。りとて何もせねば土地は荒れ盗賊が跋扈ばっこし、無法の地となるは必定。いかがお考えだろうか」


 織田信長が最初に口を開く。


「旧北条領を統べるにおいて、彼の地が無法となれば我ら大方おおかた(全体)も動きなし(安定している・安心)とは言えぬ。速やかに処さねばならぬ」


「中将殿、何ゆえ然様にお考えか。中将殿の領国は彼の地とは遠く離れ、境を接してはおらぬではありませぬか」


 浅井長政がたずねた。


「確かに我が領国は、かの地とは直に境を接してはおらぬ。然れど新政府として日ノ本大方おおかた(全体)の安寧を考えれば、遠き地の無法も無視はできぬ。大日本国が栄える事は、我ら全てが栄える事につながるゆえだ」


 そう信長が答えると、純正は確認する。


「では中将殿、はっきり申し上げる。彼の地を新政府の蔵入地(直轄地)とするならば、街道を整え、生業を興して商いを盛んにし、人々の暮らしを良くせねばなりませぬ」


「うむ」


「そのためには政府の金、つまりは皆様の負担金からその費え(費用)を出す事になりまする。しかして大いに栄えても、一銭も織田の御家中には入ってきませんが、それでも良いという事ですな。無論この純正、小佐々としてはそのための負担金を供する事は、やぶさかではござらぬ」


 加えて、と純正は続ける。


只今ただいま(現在)も街道の整えに診療所をう(設置)など、新政府の費えは増える一方にて、これ以上の負担は負いたくないとお考えの方もいるのではございませぬか? それでも、一銭も入らずとも、良いと?」


「新政府が動きなし(安定)にて栄えるは、我ら全ての安寧に繋がるであろう。ならば、負担金を供することはいとわぬ。大日本国が栄える事で、その恩恵もやがて我が所領にも巡り来るであろう」


 しかし、会議に参加していたほとんどの大名は疑念を抱いていた。本音を言えば信長もそうだったのかもしれない。国力では二位だが、小佐々と比べると余裕資金は少ないのだ。


「中将殿の仰せの通り、国の大方(国家全体)に動きなし(不安定ではない事)は重き事にござろう。然れど、我らが所課しょか(負担)を増やしても即座に利がないのならば、得心しがたい。大方の安寧も重き事なれど、我が領内に利のない事で助くは難しであろう」


 徳川家康が発言した。続いて、里見義重(正木憲時)が言葉を継ぐ。


「下総に境を接する我が所領も同じにござる。新たな入米や運上銀(両方合わせて税収・歳入)など、つぶさなる(具体的な)利がなければ難しい」


「ごもっともです。旧北条領を整え備えるにあたり、それぞれの御家中に新たな利得の権を付け加え、入米の一部を配するならばいかがでしょうか。加えて、方々が彼の地における商いや生業から生まれる利を、順に得られるよういたします」


 純正は深くうなずき、言った。


「それは、我らが負う銭より多きものでしょうか。仮に千貫負うたとして、得られる銭が百貫では通りませぬ。千五百、二千とならねば、手間暇かけた意味がござらぬ」


 浅井長政である。


「武田殿、武田殿はいかがお考えか」


 純正の問いに、勝頼はしばらく考え、ゆっくりと答える。


「……はばかりながら有り体に申せば、利にならぬ銭を負うは本意ほいではござらぬ。我が領国は、たか(石高)こそ中将殿に次ぐ多きものなれど、その実貧しく、内府殿の助けを得て、ようやく豊かになりつつあったのがうつつの事の様(現状)にござる。それゆえ大義は解りますが、諸手を挙げて同ず(賛成する)事は出来ぬのが本意にござる」


 万座がしいんとなり、鎮まりかえる。誰もが言いたくても言えなかった事実を、勝頼が代弁したのである。純正はそれを聞いて、やはりな、と思った。


 怒るとか落胆するとか、そういう事ではない。純正も同じ立場であれば、同じ事を言ったであろうからだ。誰もが自国ファーストで、わかってはいても、実践するのは難しい。


 小佐々にしても余裕があるから出来るのだ。純正は言いたくはなかったが、言わなくてはならないと思った。


「方々のお考え、良くわかりました。然れども彼の地をそのままにしておく訳には参りませぬゆえ、彼の地に関わる費えは全て小佐々が出す事といたしましょう。然れど、彼の地の入米(歳入)が如何いかほどか解りませぬが、負うた分の銭が戻るまでは、小佐々の入米(歳入)といたす。戻ってしまえば、その後は政府の入米となす。これで如何いかがかな?」


 ……。


 ……。


 ……。


「如何か?」


 正直純正は、もうどうでもいいと思った。

 

 なげやりと言うわけではなく、何度も言うが自分が逆の立場なら、他の皆と同じだからだ。何もせず、誰かがやってくれるなら、それでいい。

 

 全員がそう思っているんだろうから、これ以上の議論は必要ないのだ。


「異議がござらぬようなら、此度の言問はこれにて仕舞いといたしたく存ずる。よろしいか」


 純正は責めるつもりはない。仕方のない事なのだ。


「では、異議がないようですので、仕舞いといたします」


 なんとも後味の悪い終わり方であったが、仕方がない。結論が出ないのだ。勝頼が代弁してくれた時に、小佐々が全面的に行う、という事で終わるかと思ったら、ウジウジウジウジと尾を引いた。

 

 今後も同じような事が起きるのではないかと思うと、滅入る純正であった。





 次回 第704話 (仮)『純正の三職推任と第一次港湾整備計画』

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