第691話 『ヌルハチ』(1581/12/12)

 天正十年十一月十七日(1581/12/12)


「そうか、ヌルハチが一統したか」


「は、今は足場固めをしているようですが、直に他の女直へも勢力を拡げようとするでしょう」


「うむ。張居正はいかがだ? 持ち直しそうか?」


「それは未だわかりませんが、官を辞して自宅で伏せっているようにございます」


「ふむ」





 純正が新政府構想の下、着々と国内をまとめつつあった頃、大陸では大きな動きがあった。


 建州女直の五部族の長でありヌルハチの祖父であるギオチャンガと父のタクシが、明に反旗を翻したグレ城のアタイを攻めた李成梁に殺されたのである。


 正確には、二人を殺したのは李成梁ではなく、彼が目をかけていたスクスフ部族のニカイワイランである。

 

 当時、ヌルハチは家族間の軋轢あつれきに耐えきれず家出していたが、李成梁のもとで武将として成長していた。

 

 李成梁はヌルハチとニカイワイランの二人を重用していたが、ヌルハチは父と祖父を殺された怒りに燃えていたのだ。明側はヌルハチを慰撫いぶするため、20通の勅書と20頭の馬を与え、交易の優先権を持たせた。


 ヌルハチは左衛指揮使さえいしきしに任命され一族の長となっていたが、一方のニカイワイランも李成梁に重用されており、ヌルハチに服属を迫ってきたのだ。


 しかし、祖父と父の仇であるニカイワイランにヌルハチが従う訳がない。


 ヌルハチはその後、破竹の勢いで城を攻め落とし、ニカイワイランを自害させた。明の李成梁も利用価値がなくなったニカイワイランをかばうことはなく、ここにヌルハチは真に建州女直を統一したのだ。


 史実の建州女直の統一より、5年早い実現であった。


 これより大陸は、明の衰退とヌルハチの台頭によって大きな戦乱の渦中となるのである。





 ■南近江 暫定合議所


「さて方々、此度こたびは東国、北条ならびに奥州について言問いたいが、如何いかがにござろうか」


 純正は他の大名を前に北条氏政の処遇について話し合った。


「内府殿、内府殿は北条について、如何お考えか? この先新政府に弓引く勢と考えておるのか?」


 そう口に出したのは信長である。


「わかりませぬ。相模守殿は何を考えて居るのか読めませぬ」


 純正は答えたが、その瞳には深い思慮の影があった。


「相模守殿が新政府に従うかどうかはわかりませぬが、我らの力を恐れているのは確かでござろう。せんだって内府殿は北条の水軍を討ち滅ぼしております。しかも精鋭だったと聞きますれば、まともに打ち合っても勝てぬとわかっているのではありませぬか?」


 勝頼が純正の発言に対して答える。野田城の戦いの後、すぐさま小佐々への同盟を持ちかけ、織田・徳川との和睦を図った勝頼である。機を見るに敏なのだ。


「では何ゆえに、我ら新政府が度々参画を促して居るのに、上洛してこないのでしょうか?」


 畠山義慶である。


「おそらく、我らが信じられぬのではないでしょうか?」


 北条と何十年にもわたって戦い続けてきた里見義重、その後見の正木憲時が答えた。


「うむ。……では我らの力を分かった上で上洛せぬのは、戦うつもりはないが、我らの風下には立ちたくない。特に俺の風下であろうが……下風には立ちたくはない、そういう事であろうか」


 純正が、参ったな、という顔をしてつぶやくと、信長が発言する。


「これは……そうなると相模守殿は、とんでもない心得違いをしている事になろうぞ。もし、新政府に参加するのが内府殿の下風に立つことであれば、我らは全員、内府殿の下風に立っておる事になる。方々、我らはそうであろうか?」


 一同は静まり返った。

 

 大名たちはそれぞれの立場から考えを巡らせていたが、誰もすぐには答えられなかった。形式上は中央政府の名の下に平等ではあるものの、事実上は純正の政府である。


 しかし、だからといって服属しているわけでもなく、命令を強いられている訳でもない。ただ、そうする方が自らの領土の発展に寄与するし、逆らったところで勝てるはずがない。


 事ここにいたっては、どうする事もできないのだ。


 そのため、ほんのわずかだが、(下剋上の戦国武将としては)甘んじて受け入れている、というのが一番近い表現であろうか。悪意はなく、むしろ良い感情である。


「確かに、我らが皆、内府殿の下風に立つという考えではござらぬ。むしろ、新政府は平等な立場のもとに成り立っておる」


 ついに、徳川家康が静かに口を開いた。


「内府殿が率いるこの新政府は我らを力強く統べ、然りながら各々の自主性を尊ぶものであると、それがしは思うております。相模守殿も考えを改め、共に歩んで頂くべきかと存じます」


「ふむ。では方々、相模守殿に対しては新政府とはくべきものぞ(こういう物だ)と書状を送り、ただ上洛を促すのではなく、得心した上で参画してもらう、これでよろしいか?」


 純正の言葉に、全員がうなずいた。


「加えて、奥州の諸大名にも同様の文を送り、参画を求めましょう。いつまでも日ノ本の中で争っている訳にもいきますまい。朝廷に上奏し、惣無事令の勅許をいただくのはいかがでござろうか。然すれば自ずと集まりましょう」


 最後を締めくくったのは信長であった。





 ■小田原城


「殿、もし小佐々とさらに一戦交えるなら、三つ、考えねばならぬ事があります」


「なんじゃ?」


 板部岡江雪斎は、戦うという選択肢ならば、と前置きして話し始めた。


「まず敵は一人でも少なく、お味方は一人でも多い方が良うございます。されば景勝と和睦をし、盟ならずとも敵にはせぬ事が肝要。加えて佐竹と宇都宮に調略をしかけまする」


「なに? 景勝と和睦? ! 出来るわけがなかろう。それに佐竹に宇都宮だと? 何の調略をいたすのだ?」


 あり得ない事を言い出す江雪斎に、氏政は驚いた声を出した後、怪訝けげんな顔をした。


「ただでさえ今、我らに味方はおりませぬ。周りを敵に囲まれ小佐々の大軍に攻められては、ひとたまりもありませぬ。おそらく景勝は領内の治に力を注ぐため、不可侵には応じましょう。もし応じなければ、宇都宮と佐竹、これはもう小佐々になりますが、憂いを除いた上で上杉を攻めるしかありませぬ」


「憂いを除く? 小佐々に与するという事か? 言うておる事が矛盾しておるではないか」


「然に候わず、物事の順番にて、先に上杉を討ち、北への活路を見いだして力をつけ、その後に小佐々と相対するという事にございます。加えて佐竹と宇都宮には、もし味方になるなら旧領は返すと約束するのです。奥州の大名にも文を送ります」


 要するに、最終的に純正と戦うなら、まず上杉を味方(不戦)につけ、つかなければ攻めて力を増して備える。佐竹と宇都宮は和睦と同盟を条件に旧領を返し、奥州の大名と連立して小佐々にあたるというのだ。


「然れど、これは危うき賭けにございます。幾重もの運が重なり、上手くいって道が開けまする。純正は知恵者と聞き及んでおります。願わくは内府様に、新政府へ参画される事を進言いたします」


 氏政は考えている。


 どれほどの時が流れたであろうか、氏政は静かに口を開いて答える。


「あい分かった。……では、新政府とやらに与するとしよう。されど新政府がいかなる物かを慎重に吟味せねばならぬ。上杉と佐竹、宇都宮にも風魔の者をやり、両方の線で進められるようにせよ」


「はは」





 次回 第692話 (仮)『ウラジオストク(北領掌)、オホーツク(狩海)、ペトロパブロフスク・カムチャツキー(勘察加市)』

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