第672話 『純正、惣無事令構想を打ち立てる。武田軍、信越国境より撤退す』(1579/7/19)

 天正八年七月十九日(1579/7/19) 京都 大使館

 

「おわっ! だ、誰じゃ……て、平九郎? ごほん。御屋形様、いついらっしゃったのですか?」


 不意に執務室で声をかけられた純久は、驚いて思わず名指しで呼んでしまった。


「あはは。さっき。いいですよ、叔父上。佐吉にはコーヒーをお願いしましたので」


 純正は戦略会議室のメンバーを連れて京都に来ていたのだ。もちろん、理由はあった。上杉家内訌ないこうの決着がついた後の事である。北条との文書のやりとりの事もあった。


 そしてさらに、そこには純久にとって珍しい、懐かしい男が一緒にいた。


 純正の父、沢森改め太田和弾正少弼しょうひつ政種(叙任前は兵部小禄)である。


「おお! これは! 兵部の兄上ではございませぬか! いや失礼、今は弾正少弼殿でございましたな」


 純久にとっては姪の夫の父親である。兄であった純俊の親友で、小佐々の両翼と呼ばれていた政種は、純久にとっては兄のような存在でもあり、かわいがって貰っていたのだ。


「ははははは、久しいの治三郎よ。本当に……わはは、随分と老けたではないか」


「義兄上こそ、息災にございましたか?」


「うむ、まだまだ閻魔様はお呼びではないようだ」


 そう言ってがはははは、と笑う。豪放磊落らいらくな政種は変わっていない。いつの間にか後ろには純正の母である吉野がいて、その後ろに男の子と女の子がいた。


「大叔父上様、吉法師にございます」


「愛にございます」


 純久の弟と妹だ。双子で生まれ、政種と純正が『忌み子なんてくそ食らえ』でかわいがって育ててきた。間もなく元服を迎えるが、凜としている。


「平九郎、これはひょっとして……」


「そう、そのまさか。親父はいつかいつか、と思っていてやっと親孝行が叶ったんだけど、なぜかみんなくっついて来てしまった」


 純正は苦笑いをする。舞姫も藤姫も子供達もみんな、上洛してきたのだ。吉法師と愛姫以外は出かけている。


「他の子は?」


「義父上(関白二条晴良)のところに挨拶に行っているよ。親父も後から行くと言っていたからね」


 二条晴良は昨年関白を辞任して、自宅で悠々自適の生活をしていた。実の孫や義理の孫には会えないが、同じように純久の子供二人を溺愛していたのだ。


 息子の兼孝は九条家の養子となっていて関白となっていたが、次男の昭実は信長の養女を正室としており、織田家と小佐々家はいつの間にか親戚となっていた。


 



 後に純正も含めて挨拶にいくのだが、それが二条晴良と純正の今生の別れになるのである。





「さて平九郎、親孝行をするためだけに上洛してきた訳ではないだろう?」


 政種を今夜は飲み明かそうと約束をして見送った純久は、少しだけ真剣な顔をして純正に聞いた。


「ご名答。ちょっと左近衛中将殿(信長)に用事があってね。それから北条とのやりとりもあるでしょ? 一週間足らずで返信はできるけど、その間はここで直に対応しようと思ってね」


 上杉の内訌には興味を示さず、北条を見据えて信長との対談? 何を考えているのだろうか。そう純久は思った。


「中将様と? このような時に、何を話すというのだ?」


「うーん、そうだねえ。……今後の事」


「もったいぶらずに言え。お主が居らぬ時は俺が対処せねばならぬのだ。知っておかなければならぬ」


 なんとなく、これまでの純正の言動で予想がつきそうだが、純久は確証が欲しくて聞いたのだ。


「日ノ本大同盟の事だよ。今、この日ノ本には……国力で考えれば俺なんだろうけど、明確に為政者という者がいない。北条が匿っている公方様がいるけど、正直いないのと同じだし」


「ふむ」


 純久は短くうなずく。


「そこで同盟国の外征については合議にしたり、いろんな取り決めをして戦をなくそうとしていたけどさ、正直これでいいと思ってたんだ、最初はね」


「それで?」


「ところが北条はイスパニアとくっついて敵になったでしょ? イスパ二アは退けたけど、奥州もまだ定まってない。同盟に参加を求めても、大宝寺は良い感じで、加盟した」

 

 上杉戦の頃より好感触で、予想通り加盟を申し込んできたのだ。

 

「でも蘆名や伊達、最上や葛西、南部やその他は返事がない。斯波氏もそうだ。秋田や蠣崎はアイヌ交易の兼ね合いもあって加盟に前向きだけどね。というか、うちと組まないと生き残れない。そんで結局、戦は絶えない。上杉は勿論もちろんだけど常陸や下野もきな臭い。それで……」


「一気に方をつけるつもりか?」


「うん」


 なんとなくイメージはわいたものの、はっきりしない。


「して、いかがいたすのだ?」


「まずは中将殿にあって、正式に大同盟がこの日ノ本を治める、と全国津々浦々に知れ渡らせる。そのための政庁である城もつくる。北条や奥州の諸大名には上洛を命じて、大同盟を認めさせて加入させる。そして戦をしてはならぬと宣言する。もちろん、天子様の勅はいただくよ。三識がどうの、というのは面倒臭いから後で考えるけどね」


 正式に大同盟政府をつくって加盟をさせ、戦をするなら処罰するぞと宣言するのだ。


「そう、上手くいくか?」


「うーん、出来ないことはないと思うよ。時間はかかるかもしれないけど。中将殿は在京中?」


「いや、不在だ。お呼びするか?」


「いいや、俺が岐阜に行く。ここで呼んだら上から目線になってしまうからね」


 純久はすっかり純正の現代語口調になれている。


「わかった。気をつけろよ」


「うん」





 ■天正八年八月二十八日(1579/9/18) 躑躅ヶ崎館


「そうか。弾正少弼殿はそう来たか」


 条件は金二万両の贈与に加えて、北信濃の上杉領と上野の沼田領の割譲である。勝頼の心は決まっていたが、後は北条への言い訳になる大義名分を考えるだけだった。


「は。あとはこの題目を呑み、支城を押さえながら北上し、……そうですな、和睦の名目で調停役として立つ、という形でいかがでしょう」


「うむ。それでよいだろう。北条は二月以上なにも動いておらん。合力して三郎を助くを約しておきながら、信用できぬと」


「はは」





「申し上げます!」


「なんじゃ?」


「徳川勢、奥三河に討ち入りましてございます!」


「なにい!」





 次回 第673話 (仮)『信長との対談。御館の乱の形勢逆転』

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