第647話 『長蛇の列とタブゴンの戦い』(1577/5/20)

 天正六年五月三日(1577/5/20) レイテ島南部 タブゴン


 パパン! パパパパーン……。


 タブゴン湾を見渡せる150mほどの丘の上から、散発的に銃撃が小佐々軍の偵察分隊に加えられている。しかし、幸いな事に距離は500mを超えているようだ。当たらない。


 敵だと認識して撃ったのだろうか? だとしても目測を誤っている。スペイン軍も監視と偵察を兼ねているなら、戦闘準備のまま伝令を送り、射程内まで待つべきなのだ。


「分隊長、どうしますか?」


「……幸い距離がある。この先は海峡になっていて船は通れるが狭い。そこに兵をおいているのなら、間違いなく監視の兵だ。少ないのもうなずける。対岸、湾の奥に本隊がいるとみて間違いないだろう」


「撃ってきたという事は、我々を敵とみなしたという事でしょう。どうしますか? 接近して殲滅せんめつできなくはありませんが……」


 分隊長は考えていたが、結論をだした。


「ふたたび戦闘になったのなら、致し方ないだろう。されど、伝令はすでに発ったであろうから、こちらから仕掛けても意味がない。周囲を警戒しながら対岸に出るぞ」


「了解!」


 タブゴンから山を隔てた東側のメロポロまでは隘路あいろになっており、ジャングルではあるものの、山岳地帯ではないので比較的行軍しやすい地形であった。


 分隊は警戒態勢をとり、弾を込め、いつでも発砲できるようにして進んだ。





 ■天正六年五月五日(1577/5/22) レイテ島カバリアン湾 ヒンバンガン川上流


「川です。ここが源流で、カバリアン湾にそそいでいると思われます」


「うむ」


 偵察小隊のうち山越えを行ってカバリアン湾を目指した分隊は、二日かけて偵察を行いながら、川の上流地点に到着した。


「いいか。これよりさらに会敵の可能性が高まる。各自警戒を怠るな」


 じわり、じわりと川をくだり3時間ほどで下流域に達した。


「!」


 前方の兵が右手を挙げる。


「着いたか」


 分隊長はゆっくりと、ゆっくりと前進し、スペイン軍の拠点が確認できる位置まできて止まった。前方には要塞とまではいかないが、丸太で設営したとりでのようなものが見える。


「ここからでは敵の艦隊が確認できません」


「よし。では場所を変えよう。左手の丘の上まで動くぞ」


「了解」


 偵察分隊はさらに警戒をしつつ、130mほどの丘に向かってすすむ。30分ほどして丘の上に到着した15名は、少しだけ開けた台地のような場所をみつけ、周囲をみる。


「!」


 全員が息を呑んだ。小佐々海軍の2個艦隊規模の艦艇が集結していたのだ。


「隊長、これは……」


「ああ、大当たりだ。何隻だ? 砲の数までわかるか?」


「……何とか、何とかわかります。数は二十五隻、砲は……」


「そうか……確認しろ」


 双眼鏡を持った兵がスペイン艦の砲門数を数える。


「でました! まずおおよそですが、1,000トン級の旗艦とおぼしき艦が3隻で各50門ほど。500から1,000トン級は砲が20門から30門で15隻。500トン未満は7隻で砲は10から20。合計で711門で25隻となります」


「よし、良くやった! 戻るぞ!」


 哨戒しょうかい任務についていない、スペインの主力艦隊の25隻である。





 ■カミギン島北17km・ボホール島南東36km


「艦長、あれは、あれはまさしくイスパニアの艦隊でしたな! 十七隻、大艦隊にござる!」


 パナオン島東岸から距離をとりつつ北上した小佐々(織田)艦隊は、南北にのびたスペイン艦隊17隻を発見したのだ。さらに、湾内に潜んでいた25隻の本隊も発見した。


「うむ」


「いかがなされたのですか?」


「いや、艦隊は艦隊だが、あの奇妙な陣形が気になるのだ。あのような布陣、見たことも聞いた事もない」


「南蛮人は考える事が違うのでしょう。それよりも、われらはそれを判じるのが仕事ではありませぬ故、この知らせを戦果として持ち帰りましょうぞ」


「そうだな」


 縦長の艦隊布陣と、総砲門数430門。本隊は奥に控えて、いったい何を考えているのだろうか。

 



 

 ■フアン・ゴイチ司令部


「報告します! タリボン・マハネイ・バナコンの堡塁ほうるいは壊滅状態。生存者はおりません。隊長はさらにセブ島の偵察を行うとの事でした、取り急ぎこれを知らせよと。おそらくサン・ペドロ要塞を含めたネグロス・パナイ他の堡塁は壊滅の可能性大! 詳細の知らせを待て、との事です!」


「なんと!」


「連中やっぱり、そこまで来てやがったか。要塞を次々に落として、それでこの前、ここまで来やがったんだ」


 ……。


「待ってはおれぬ、連中の準備が整う前に先制攻撃をしなければ、こちらは負けるぞ!」


「しかし、それはもちろんだが、敵がいてこちらの要塞を陥落させていることはわかっても、兵力がわからねえと攻めようがねえ。残りの偵察隊が帰るのを待つしかねえだろうな」


「……仕方あるまい」


 早く、早く戻ってこい。そう願う二人であった。1週間で戻らなければ、サン・ペドロ要塞の陥落と、敵の大攻勢が考えられると伝令は言っていた。





 ■マクタン島 マゼラン湾沖 5km


「な、なんじゃああれは!」


 オランゴ島の堡塁は予想通り破壊され、セブ-マクタン海峡入り口の堡塁も同様であった。偵察艦はマクタン島南部のコルドヴァからラバ島の堡塁を確認したのだ。


 幸い、ラバ島に隠れて西の対岸、小佐々陸軍が駐屯して陣地を設営しているタリサイからは見えない。


 敵はどこだ? 用心深くマクタン島東岸を北上し、発見した。


 スペイン艦隊偵察部隊の残りの一隻は、沖合から停泊している無数の艦艇を発見したのだ。ひとつ、ふたつ……と数えてみれば、なんと50隻以上が停泊しているではないか。


 正確には59隻。信長が偵察に出した数を除いて59隻が停泊している。


「敵の、敵の砲門は、数は確認できるか?」


「すみません。もう少し近づかないと見えません……」


「くそう……ぐ……。仕方ない。ゆっくりと近づくのだ」


 慎重に、慎重に近づく。


「……敵旗艦とおぼしき艦、砲門は……70……74門! 74門艦が……5……10……16隻! 同型が16隻。続いて……」





 どおぉ――ん。


「敵艦発砲!」


「くそう! 発見された! 退却だ! 全力で逃げよ!」


 74門艦が16隻。約20~35門艦が、43隻。合計で59隻。砲門数にして2,388門である。しかし実際には織田艦隊は各10門であるし、小佐々艦隊でも汎用艦は20門未満であった。


 実数は1,800~2,000門であろう。


 ……それでも驚異的であった。





 次回 第646話 (仮)『嵐の前の静けさ……レイテ沖海戦プロローグ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る