第583話 シリコン含有率の高い鉄と垂直型ドリルによる大砲の規格化

 天正元年(1572)十月五日 諫早城 


 下越においては、謙信にとって僥倖ぎょうこうとも言える状況であった。


 本庄城、鳥坂城、新発田城の奪還後に膠着こうちゃく状態になり、伊達・蘆名両軍も防衛陣地を下げて抵抗していたのだが、伊達領の北にある最上領で異変が起きたのだ。


 一昨年の元亀元年(1570年)ごろから父子の関係は険悪となって対立を繰り返していたが、ようやく沈静化し、最上義守の子である義光よしあきが当主となっていた。


 しかしそれが再燃し、伊達氏からの独立傾向を強めていた義光を抑えるため、伊達輝宗が岳父・義守救援の名目で最上領内に出兵したのだ。


 謙信はこれを見逃さなかった。


 南の竹俣城攻めの軍は最低限の抑え程度に残し、後詰めの可能性が低くなった上関城へ総攻撃をしかけたのだ。


 結果、上関城は謙信によって奪還され、伊達勢は下越より駆逐された。その後伊達勢は最上を抑える事を最優先とし、謙信との和睦に舵を切ったのだった。





 <純正> 


 発 治部大丞 宛 権中納言


 秘メ 下越ニテ 上杉ハ 蘆名ト伊達ヲ 駆逐セリ 秘メ


 秘メ 北陸ニテ 織田ト本願寺ノ 打チ合ヒ(戦闘) 続ク 秘メ


 秘メ 一揆勢 おおのかナル 討チ入リ(攻撃) 仕掛ク(計画) 恐レアリ 秘メ


 秘メ 織田 河内ト紀伊ノ 守護 畠山左衛門督秋高殿ノ 求メト号シ 雑賀攻メヲ 仕掛ケタリ(計画している) 秘メ





 やれやれ。


 謙信はさすがというか、本当に毘沙門天の化身かもしれない。もっともだったら負けなかっただろうけどね。


 うーん、織田と一向宗か……。


 簡単には収まりそうもないけど、正直どうでもいいっちゃどうでもいい。信長の北進を止めるなら一向宗に肩入れしなくちゃいけないけど、うむむ。


 河内と紀伊はどうなんだ? まるっきり畠山の意向がないとはいえないけど、信長が雑賀を攻めたところで、畠山にメリットはないしな。織田家に服属してるんだから。


 この辺、織田家の今後も含めて会議を開かなきゃいけないな。





「殿! 国友一貫斎様がお見えです」


「何? 一貫斎が?」


 さては、何か新しい開発が完了したのか?


「一貫斎、いかがした?」


 いつものごとく油汚れのこびりついた服を着て一貫斎がやってきた。もう誰も何もいわない。開発に専念できるなら、と俺が許可したからだ。


「は、大砲製造においてひとつののり(基準)となる作製技術、ならびに工作機械が完成しましたので、お知らせに参りました」


「則とな?」


「は、これは百聞は一見にしかずでございます」


 俺は一貫斎に先導されて研究所兼工場に向かった。



 


「忠右衛門様と源五郎殿が開発した高炉を使う事で、加工しやすい鋳鉄を生成する事ができるようになりました」


 当初は木炭の代わりに石炭を使っていたのだが、不純物が多かった。そこにビーハイブ炉で生成されたコークスを使う事で、不純物を取り除く事に成功していたのだ。


 鉄の、なんだっけか……。なんかの成分比率なんだろう。


(※シリコンの含有量が多いと加工しやすいようです)


 一貫斎はそう説明しながら、大きな壁のない小屋の前にやってきた。下に大きな上を向いたドリルがあり、真上には垂直に固定して吊るされた鉄の棒がある。


 なんじゃこりゃ? と思ったが、おそらく大砲の元になるものだろう。


「これまでは大砲を鋳造するにあたって、空洞部分に粘土の棒をおいて、円筒形の型の中に鉄を流し込んでおりました。しかしそれでは中心部分が安定せず、ずれてしまう事も多々ありました」


 ああ、上側が厚いけど下側は薄い、みたいな感じね。当然薄い部分の強度は低くて破裂したり、砲身の先と尾栓近くで傾いていて方向がズレてしまう事もあった。


 大砲ごとにクセがあって、砲手が変われば命中精度も変わる事が日常茶飯事だ。将兵の技量ではなくて、大砲の技術的な欠陥が露呈していたのだ。


 以前から指摘して、改善を依頼していたんだけど、それがやっと出来たのか?


「これの動力には馬力、水力、そして源五郎殿が開発した蒸気。それらを用いてドリルを動かします」


 一貫斎はそう言って技師に命じてドリルを動かす。 


 源五郎研究所から派遣されたスタッフが蒸気機関を起動させ、連携をとりながら一貫斎研究所のスタッフがテキパキと動く。


 やがてごうんごうんごうん……という音とともにドリルが動き出し、砲身を削っていく。


「すごい、これは見事であるな」


 俺は思わず感嘆の声をもらした。


 今までは改良に改良を重ねても、正直なところ大砲製造は職人技に頼るところが大きかった。大量に作ることはできても、要するに最後のさじ加減が人任せだったって事ね。


 これで完全に規格化できる。


 砲腔は完全に真っ直ぐになるし、ああ、大砲の砲身の向きと全く同じって事ね。口径と弾の直径を正確に一致させることができる。


 そうなると発射時のガス漏れがなくなるから、効率が圧倒的に上がる。


「一貫斎よ、よくやった」


「は、ありがたき幸せにございます。未だ改める要はありますが、努めまする」


「うむ! ……時に一貫斎よ、これはカノン砲か? それともカルバリン砲か? 太さはちょうどその間くらいに見えるが」


 一貫斎がにやりと笑い、答える。


「カノン砲にございます。これまでよりも精度が良いので砲身は軽く造れますし、火薬も少なくて済むのです。その結果発射のガスの漏れが減り、少ない火薬で同じ距離を飛ばせるようになりました。同様に砲身が長い方が飛距離が長いのですが、同じ射程なら砲身を短くする事が能います。火薬が少なくて済めば薬室の厚みも少なくて済み、砲架も軽量化でき、機動性も増すのです」


 これは願ったり叶ったりじゃないか!


 今まで大砲は重くて運ぶのに大変だった。小佐々領内では街道が整備されているので良かったが、敵地は道幅も狭く、戦場となれば砂利道などは当然だったからだ。


 陸軍に配備されてはいるが、要塞砲や攻城戦、艦砲としての戦果が期待されていて、実際の戦果もその通りだった。


 威力は変わらずに軽量化できるとなれば、かなりのアドバンテージだな。まあ、重い事に変わりはないが。


 ああそうだ! 大砲の軽量化で思い出した。前々から重い大砲をどうやって運ぶか考えていたんだ。


 せめて、敵地での輸送は厳しくても、領内と同盟国内で実践できればかなりの効率化ができる!


 馬車鉄道だ。


 余分に場所を取ることになるが、舗装をしていなくても、人員輸送や大砲などの兵器、物資の輸送ができる。何と言っても、蒸気機関がさらに実用化されれば、機関車用として使える。


 それに線路の上を馬が引いていけば、通常の馬車に比べて乗り心地もいいだろうし、輸送力も大きいだろう。


「一貫斎、ご苦労であった。報奨は事務局に言っておくぞ」


「ははっ」


 忠右衛門も一貫斎も、源五郎(秀政)もお金に無頓着だ。学者とか研究者ってみんなそうなのか? といつも思う。でもそれはそれ、ちゃんと報奨で報いないとね。





 俺はそう言って研究所を後にして、忠右衛門と源五郎に鉄道馬車について話すためにそれぞれの研究所に向かった。


 次回 第584話 純正の大義名分と信長の大義名分

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