第574話 上杉戦の反省と留学生の今後

 少し遡って天正元年(1572) 三月三十日 諫早城 織田信忠


 小佐々の殿様、権中納言様が上杉といくさをなさっているさなか、春休みという事でわれらはいったん故郷へ帰り、元服を済ませた。


 父は今年の三月が中学の終わりで、小佐々の領民は卒業後は働きに出るか、高等学校へ進学すると言うのを知っていたのだろう。


 高校へ進学する前に、元服をするように仰せつかったのだ。


 元服をし、俺たちは晴れて一人前の大人になったわけだが、俺の場合はもう一つ、結婚という問題があった。


 他の者達もこの十四日という、小佐々の領内では二週間というくくりになるんだが、この期間に式をあげた。


 元服をして結婚をし、普通であれば軍働きをして家に貢献すべき年なんだ。


 元服をしたのに、まだ学び舎で学問を学ぶ、という織田領内では考えられない事であるが、小佐々領内では普通だ。


 元服は早くても十六である。


 少なくとも、中納言様が直接治めている所領ではそうだ。


 そして学生の間は初陣がない。学生の本分は学業であり、働く事ではないのだそうだ。


 ずいぶん前、そうはいっても数年前だが、海軍や陸軍の学校が出来た頃は歳もバラバラで、初陣がまだの者もいれば猛者もいた。


 然れど今では、軍の学び舎でさえ初陣前の者ばかりだ。


 ……話がそれた。


 結婚だが、俺には許嫁がいた。


 甲斐武田氏の信玄公の六女、松姫だ。


 まだ小佐々と織田が盟を結ぶ前、無論留学前だが、婚約をしていたのだ。父が畿内を一統する間、甲斐の武田とは敵対したくなかったのだろう。


 然れど軍が起きた。


 甲斐武田との軍が始まったのだ。無論われらの婚約は破棄となり、もう会うこともないだろうと考えていたのだ。


 ところが信玄公の病気、小佐々の特別部隊が特殊な鉄砲で狙撃したという噂もあるが、真偽は定かではない。


 いずれにしても信玄の体の具合が悪くなり、甲斐へ退いたのだ。


 そして、和睦となった。


 織田としては断じて武田を許すまじ、との気風であったのだが、実際のところは畿内にまだ敵も多かった。だから助かったというのが本音だろう。


 ここでも中納言様の、これは武田からの働きかけなのだろうが、お力もあって和睦がなった。


 ……そして浮かび上がったのが、此度の婚儀だ。


 織田と武田の和睦がなり、小佐々と武田が盟約を結んだ。


 いわば小佐々陣営の中に織田と武田が入ったような形となったのだ。小佐々陣営、というほどであるから、誰が盟主なのかは言うまでもない。


 残念ながら我が織田家は、武田と毛利を抑えて三百五十万石近い高ではあるが、それでも服属を含めた小佐々陣営には及ばない。


 優劣を決めるのは難しいが、戦っても勝てぬであろう。


 それゆえ父は盟約を結び、この俺をここにやったのだ。


 普通は俺のような大名の子息や子女の婚儀となれば、多分に政略的な意味合いが多い。武田とはそういう関係だ。


 然れど同じ小佐々陣営なのだ。


 ここであえて、一旦は破棄した婚約を復してまで、婚儀を行う必要はない。


 小佐々の御家中では一悶着あったようだ。


 同盟国同士とはいえ、武田と織田が婚儀を組み誼をさらに通わすとなれば、小佐々としても無視できない勢いとなる。


 武田に徳川、浅井を加えると五百万石を超える。勝てないまでも、苦しめることはできるだろう。そして、その恐れありとして、反対の声があがったのだ。


「……様、勘九郎様」


 勝蔵(森長可)の声がした。


「勝蔵か、いかがした」


「いかがした、ではございませぬ。何度お呼びしても返事がないではございませぬか」


「さようか、済まぬ」


「なにかお考えですか?」


「ふむ、何か、か。織田家はこの後、いかようになるのかと思うての。父は畿内を一統し越前まで手に入れ、紀伊の国衆も従えた。然れどまだ、この小佐々には遠く及ばぬ」


「今はまだそうでも、十年二十年……。勘九郎様が名跡をお継ぎになる頃には、その差も縮まっておるでしょう。……それはそうと、勘九郎様はやはり、陸士に進まれるので?」


「ふ……俺にそんなことを聞いてくるのは、勝蔵、そなたくらいじゃぞ。それに、俺は無論のこと、他の者達も同じであろう。選ぶことなどできぬ。まあ、弥五郎(九鬼澄隆)は海兵だろうがな」


「そうですね。それがしと一緒に、はじめに諫早に来た奥田様に可児様、河尻様と平手様は、年齢の制限で海兵にも陸士にも入れませぬ故、他の五名と同じく研究所に入るか織田領に戻るようです」


「そうか、この先何が起こるかわからぬが、われらがここで学んだ事が、無駄にならぬような世がくるようにせねばな」


「仰せの通りにございます」





 ■五月二十五日 諫早城


「では此度の、上杉戦における反省点を踏まえた、今後の対策会議を行うとする。直茂、進めよ」


 純正はそう言って、集まった戦略会議室メンバーと閣僚を見渡した。


「は、兵員の輸送に関しては、海軍艦艇だけでなく商船を含めた諸々の船が用いられました。その際に意思の疎通が遅れたり、各所で諍いが起こったときいております。これの改善点はございますか?」


「海軍大臣、いかがか?」


「は、それにつきましては、明確な指揮系統の確立と、それを遂行できるような訓練が要るかと存じます。ゆえに海軍の沿岸警備隊を頂点とした組織形態に指揮系統を組込み、定期的な指揮運用訓練を施せばよろしいかと」


 深堀純賢が述べる。


「それは、荷船も含めるのですか?」


 発言は官兵衛である。


「これは造船と科技省との兼ね合いもあるかと存じますが、本来なら荷船を使わず、海軍艦艇のみで兵の輸送をするのが運用上もっとも適しております。ゆえに兵士の輸送に特化した船を、早急に建造計画の中に織り込んでいただきたい」


 官兵衛に答えた純賢は、大蔵省と科技省の大臣を交互にみる。


「大砲を載せず、兵の輸送のみを考えた時、どのような形の船がもっとも良いかは一考の余地があると考えます。おおよそ一万石船で千人ほどは運べそうですが、これは南蛮式の船の場合です」


「では、能うか?」


 純正が問う。


「は、帰港せず、遠距離を運べるとなると、値が高くとも建造し運用する価値はあると存じます」


「うむ。では試算し、検討のすえ可となれば、再度議題にあげるとしよう。次はなんじゃ?」


「は、此度の第四艦隊の初戦の敗退。これは将の兵法というよりも、艦隊戦術ならびに兵装の問題かと存じます」


 直茂が渋い顔をしながら言う。


 船の数の違いはあっても、スペイン艦隊に行った同じ戦法で、上杉水軍から手痛い敗北を喫したのだ。あれがなければ放生津の援軍も、七尾城陥落もなかった。


「うむ。これは俺も省みる事が多い。これまで我らは、大砲を用いて遠距離より攻める戦術であった。然れど敵はその盲点をつき、われらの砲の当たらぬように巧みに近づいては、帆を燃やしおった」


 アウトレンジ戦法が使えない。純正にはかなりのショックであった。


「は、それゆえわが海軍では、艦隊編成の方法を一新する方向で動いております。小型・中型・大型の艦艇を、その能力に適した形で配置して陣形を組み、弱点をなくすのです」


「うむ、して兵装はいかがじゃ?」


「これは科技省の方ともさらに話さねばなりませぬが、艦載の鉄砲の数を増やし、鉄砲にかわる焙烙玉や棒火矢をさらに良く改めて設置いたします。また、携帯用の小型の焙烙玉を作り、敵に投げつけて使えるようにいたします」


 手榴弾の事だろうか。確かに、これは海軍に限った事ではない。陸軍歩兵(銃兵)の弱点でもあるのだ。


「あいわかった。陸軍はいかがじゃ? 飛騨や信濃では、かなりの失があったであろう」


「は、残念ながら、歩兵いわゆる鉄砲兵ですが、普通の鉄砲でも一、二町(100~200m)。らいふるなら五町(545m)離れた敵でも倒せますが、いかんせん接近戦では弱いのです」


「うむ」


「そのため、海軍の焙烙玉ではありませんが、竹筒に細い火縄をつけ、鉄砲で撃ち漏らした敵を攻撃できるようにいたしました。また、銃剣で戦うにも甲冑を着ておりませんので、今の軽装鎧に鉄の大きめの籠手を盾にできるよう、工夫いたしたく存じます」


「あいわかった」


「あわせて円滑な渡河のための橋梁設置、工兵の装備の改善を科技省に願いでております」


「うむ」


 その他にも機雷や水中部隊、気球や旋回砲など様々な意見がでたが、未開発の物、開発中の物も含め順次研究開発、実行に移す事となった。


 また、当然のようにこれまで小佐々のアドバンテージであった、情報伝達速度の重要性が再認識された。


 対大友戦、対島津戦、四国戦役と中国戦役までは、なんとか優位を保てた。


 地理的な条件が良い条件として重なったというのもあるが、今回のように海軍との連絡であったり、敵地が広い場合には、辛うじて優位を保つのが精一杯だったのだ。


 しかも、今の手旗・発光・伝馬・飛脚の中から最速を選ぶ方法以外に、電信電話は少なくとも電気の発明を待たなければならない。


 自領以外の同盟国の街道の整備も必要である。


 機雷や気球も時間がかかるだろう。……問題は山積みである。



 


 次回 第575話 電気という概念と様々な試行錯誤



 







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