第547話 『晴天の霹靂 越前での一揆と書状。純正、謙信に敗れけり?』
天正元年 四月二日 京都 大使館
純正の顔はいつになく険しい。対上杉戦に舵をきったものの、いったいどれくらいの期間戦が続くのか?
早く終わるに越した事はない。
もちろん、本当は長期戦というよりも経済戦で徐々に謙信を締め付け、撤退させる事が目的であった。
上杉領への禁輸を実施しても、小佐々領には影響がない。
上杉領から物が入らなくても、いっこうに困らない。
しかし、経済制裁は効果が出るのに時間がかかる。
その間に越中は戦乱に巻き込まれるし、一向宗は正直好きにはなれないものの、それでも戦で一般人が死ぬのは避けたかった。
謙信は退かない。
ならば一戦交えて手痛い打撃を与えて、退かせるしかない。
そう純正は決断したのだが、やはり謙信がどこまで考えて行動しているのか? それが不安だったのだ。
まさか、負ける事は、ない、よな?
「少し、休みますか?」
目の前にいる純久が、書類に目を通すのを一旦止めて、純正に声をかける。
「あ、うん、そうだな」
純久が近習にその旨を伝え、珈琲が運ばれ茶菓子をほおばる。純正は国許から送られてくる決裁書類に目を通し、最終決裁をする作業を連日行っていたのだ。
「大使! 大使! 大変です! ……これは御屋形様! 失礼いたしました!」
「よい、いかがした」
純久が純正を一
「は、一揆にございます!」
「なに? 一揆じゃと?」
一揆だと? あり得ん! いや、薩摩か? 土佐か? 肥前か? 筑前と豊前か? しかし、そのどこからも苦情もなければ陳情もない。
一揆が起こる兆候などなかったぞ!
その思いが一瞬にして純正の頭を巡った。
「どこだ? いずこで一揆が起きたのだ?」
「はい、それが……越前にございます」
「な、越前? 越前か……」
言うまでもなく、越前は小佐々の領地ではない。信長が二月に平定し、朝倉の旧臣が治めていた。
「越前ならば、まあ、良いことではないが、わが所領ではない。なに故そのように慌てておるのだ?」
「それが、その一揆勢が、三国湊のわれら小佐々の荷船を襲っているのです。無論わが小佐々のみではなく、織田や浅井の荷船も襲われてはおりますが、小佐々の荷船が一番多うございます」
「左様か……然れど織田の所領ゆえ、直に手を下すことは出来ぬな。叔父上、いかがいたそうか?」
「は、まずはよく事の様を改め(状況をしらべ)、兵部卿様(信長)にも知らせるべきかと存じます」
「うむ、では早速そうするといたそう」
信長の領国内での一揆、それによる自国の商船の被害。由々しき事ではあるが、収拾できない事ではない。
天正元年 四月二日 午三つ刻(1200) 庄川西岸(二塚村) 道雪本陣
「どうじゃ? 渡れそうか?」
道雪は渡河の準備を始めるとともに、狙撃の可能性を考えて鉄砲隊と弓隊を配置していた。
「深い所ですと肩まで、浅い所でも膝まではあります!」
「なんとか渡れる、太刀を濡らさずに渡れぬだろうか?」
「そうなりますと、鉄砲は無論のこと、大刀は肩の上まで持ち上げて渡るより他ありませぬ。土地の者を集めて聞いておりますが、安堵して渡るには、しばし刻が要るかと存じます」
中途半端な深さであった。
もう少し深ければ船を用意しただろうが、なまじ歩いて渡れる瀬があるために用意していない。
やはり当初の作戦通りに本陣は動かず、全体を見て必要にあわせて後詰めを送る他ないようである。
「申し上げます! 島津軍、一進一退の模様」
「うむ」
「申し上げます! 三好軍、立て直しを図り、再び渡河を始めております!」
「うむ」
次々に報告が入ってくる。
■庄川西岸(
「殿、先陣の先駆けは渡り終わり、陣を作り始めてございます」
「うむ、敵の事の様(様子)はいかがじゃ?」
「は、はじめは鉄砲弓矢を激しく射かけて抗っておりましたが、やがて我らが渡りきると、諦めて奥の本陣に退いていきましてございます」
「うむ、こちらの失(被害)はいかほどか?」
「は、数十にございますが、軽い傷にございます」
「そうか、では引き続き渡河を進めるとしよう。謙信の本陣は如何じゃ?」
「は、川岸よりさらに東へ五、六町(5~600m)離れて陣を張っております。動く気配はございませぬ」
「ふむ、正面の我らを意に介せず、何を巧むか(企む)……いかが思う?」
長治は軍監の小西隆佐に尋ねる。
「
「あえて川を渡らせていると?」
「左様、古来より川を前にして、渡りたる敵に掛かる(攻撃する)というのが兵法の定石なれば、謙信の意趣(意図)が分かりませぬ」
「ふむ……」
「とてもかくても(いずれにしても)、敵の動きに心おき(注意し)ながら、全て渡り終わるのを待ちましょう」
「そういたそう」
■能登 七尾城 遊佐続光(意訳あり)
文を
我の思ひは届かず修理大夫殿御出陣の由、誠に恨めしき仕儀に候。
おそらくはお家のため、能登のために我に与するかまた小佐々に与するかを考えけりと存じ候。
然れども我らの勢、ただいま庄川の東にて相見えるも、四倍の敵に対していささかも劣らざり候。
加えて小佐々の船手衆、兵船もろとも打ち破りけり候。
七日や十日、けだし一月以上は如何様にも動けじ候。
敵を
誼を通わしき美作守殿故、先に申し伝え候。恐々謹言。
四月二日 謙信 花押
遊佐美作守殿
(※意訳※)
手紙を出すのは久しぶりだけど、能登の平和と美作守殿との友情は片時も忘れた事はありません。
渡しの願いは届かずに、修理大夫殿が御出陣なさった事は残念です。
恐らくは家と能登の将来のために、上杉につくか小佐々につくかを悩んだ事でしょう。
ですが我らの軍勢は四倍の敵に対して全く劣勢ではありません。
それに加えて小佐々の水軍を撃破しました。今ごろは遠い出羽の湊に流れ着いたかもしれません。
七日から十日、もしかすると一ヶ月は確実に動けません。
敵を破ったうちの水軍が、明日か明後日にでも数百隻の兵船で七尾の港に攻め入ります。
親交のあった美作守殿ですから、先にお知らせしました。恐々謹言。
四月二日 謙信 花押
遊佐美作守殿
「……」
■摂津 石山本願寺(意訳あり)
未だ申し入れず候と言へども、是を以てこれまでの諍いを収め、我らと門徒の争いをなくしたく存じ候。
然れども、越後守護代の役目なれば、図らずも越中の守護代の求めに応ぜざるを得ざりけり候。
我が祖父の
此度の軍においても、神保越中守(神保長住)の求め故、致し方なく軍旅を率いて越中に入らん候。
加えて、我が負くる事は万に一つも無きことと存じ候へども、その万に一つが起きた後は如何相成るかと案じたり候。
織田は越前を治し、その勢いたるや加賀にも届かんと存じ候。
その織田と盟を結びし小佐々と争う事にならんと存じ候へども、小佐々と結びたりとて織田との争いは避けらじと存じ候。
幾月かの後、必ずや加賀の地を奪わんと北に勢を向かわせるは必定かと存じ候。
我は公方様の御内書によりて、上洛への道を作らんがために働きたり候。
我の思いが叶ひし後には、加賀越中の門徒達を疎かにせぬ事をお約束いたし候。
何卒御仏の道に沿いて、我と共に歩まれん事を、切に願い候。恐惶謹言。
(※意訳※)
まだ書面のやりとりをした事はありませんが、この書面をもって、今までの争いを終わりにしたいと考えています。
そもそも、我が越後には浄土真宗の寺がたくさんあり、家臣の中にも信徒が多数います。
ですが、越後の守護代という立場上、越中の守護代の要請には応じざるをえませんでした。
祖父の代からの因縁ですが、好き好んで戦う人などいません。
今回の戦争も神保越中守の要請で、仕方なく軍勢を率いて越中に入るのです。
加えて、私が負ける事は万に一つもありませんが、万が一負けた場合は、その後どうなるでしょうか?
織田は越前を領し、その勢いは加賀にまで及んでいます。
その織田と同盟を結んでいる小佐々と戦う事になったのですが、小佐々と誼を結んでも、織田との戦いは避けられません。
数ヶ月後には、必ず加賀に出兵するのは間違いありません。
私は公方様の御内書により、上洛するために動いています。私の願いが叶ったときには、加賀と越中の門徒達をないがしろにしないことを約束します。
何とぞ御仏の道に沿って、私と共に歩んでいただけることを、切に願っています。恐惶謹言。
三月十九日 謙信 花押
本願寺門主 顕如 殿
「……なんと、これは……ぐ……」
■第三師団、陸路にて北信濃の平倉城へ。4/5着の予定。
■第二師団、吉城郡塩屋城下。
■第四艦隊、出羽田川郡鼠ヶ関港。
■上杉軍城生城別働隊、喜右衛門。行軍中。
■杉浦玄任、庄川西岸小牧村。渡河開始。
■島津(伊東)軍、上杉軍の右翼と交戦。上杉軍からの包囲を避けるために後退。乱戦。
■島津(肝付)軍、吉久新村にて放生津兵と戦闘。
■島津本軍、庄川西岸にて渡河準備。先陣は渡河後、上杉軍の左翼(前先陣の右翼)と交戦中。
■三好軍、庄川西岸枇杷首村より再び渡河開始。
■立花軍、二塚村。渡河を諦め待機中。
■一条軍、大田村。渡河の準備。
■龍造寺軍、青島村。渡河の準備。
■謙信、庄川東岸、大門新村に布陣、右翼、伊東軍と交戦。
■(秘)○上中
■放生津城の伏兵二千、伊東軍を包囲殲滅するため、後方より襲撃。伊東、肝付、島津軍と乱戦。
■(秘)○○行軍中
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