第536話 上杉謙信の離間の計と海上戦略

 天正元年 四月一日 越佐海峡 霧島丸 巳の二つ刻(0930)


「長官、入られます!」


 艦橋の当直下士官が告げる。


「どんな具合だ?」


 長官の加雲は艦長に確認する。初日に数隻を拿捕だほして以来の艦船である。意気が上がり全艦に緊張が走る。


「は、ただ今全艦に警戒を呼びかけ、全周囲を見張っております」


「艦種はわかったのか?」


「いえ、それはまだにございます」


 天気は晴朗で風は南東だが、波は穏やかなので見張りには最高の状況である。


「艦橋、見張り」


「はい艦橋」


「前方の船影、遠ざかる。すべてが遠ざかる」


「艦橋、了解」


「長官、敵艦複数、すべて遠ざかっております。追いますか?」


「うむ、久しぶりの獲物だ。荷船であれ兵船であれ、拿捕だ」


 艦長からの報告を聞き、加雲の指示で艦隊は船を追跡する。艦隊は単縦陣で追うが、やがて見張りから報告が入った。


「艦橋、見張り」


「はい艦橋」


「前方の船より狼煙らしきもの見ゆ、白色」


「艦橋了解」


「長官、前方の船より狼煙があがっています。やはり兵船かと思われます」


「うむ、ならばなおさら追わねばなるまい」


 無理な戦闘はせずに通商破壊に徹するように言われていたが、その対象である商船がいないのである。


 上杉の船手(海軍・水軍)の兵船なら、しかも数隻なら戦闘を行っても何も問題ないであろう。そう加雲は考えたのだ。


「されど長官、狼煙があがっているとなると、後詰めの恐れがありまする」


「心得ておる。されど後詰めの恐れありとて、いずれは打ち合わねば(戦わねば)ならぬのだ。早いか遅いかだけの違いよ」


「は。全艦そのまま、警戒しつつ追跡せよ」


 しばらくすると再び見張りから報告が入った。


「艦橋、見張り」


「はい艦橋」


「右九十度、距離三○(三十町・約3,270m)、狼煙を認む」


「艦橋了解」


「長官、右真横、対岸から狼煙が見えまする」


「なに?」


 加雲は双眼鏡をのぞいて対岸を見ると、寺泊湊から白色の狼煙が上がっている。


 四半刻(30分)もしないうちに、さらに報告が入る。


「艦橋、見張り」


「はい艦橋」


「狼煙、さらに認む、右九十度、寺泊と二つ、もとい! 寺泊のさらに南方にも認む!」


 最初の寺泊で視認され、敵艦からも視認され、それが敵の注意喚起となって狼煙が次々に上がっていった。


「長官、これは……」


「うむ、船手の攻撃があるであろう。全艦戦闘配置!」


「了解! 全艦戦闘配置!」





 ■大名軍 阿尾城主 菊池武勝 陣中(下に意訳あり)





 なおなお もし再びわれらに合力し、敵を打ち破りしみぎり(時)には、婦負郡ねいぐん射水郡いみずぐんは右衛門尉殿にお任せいたしたく存じ候。


 未だ申し入れず候と言へども(一度も書面のやりとりはありませんが)、右衛門尉殿の武勇は聞き及び候。


 昨年のいくさより、われらと同じ志を持ちたる方人かたうど(味方)と思ひ候へども、かくも残念な仕儀にあいなり候。


 武門の誉れ高き右衛門尉殿に候へば(なので)、いかにして家門を継がんと心心こころごころおもんみけらむと思ひ候。


 ただ一つ思ひたるは、何故小佐々が勝たんと思ひ分きけり哉に候。


 敵ははるか西国二百里(約785km)の彼方より幾日もかけて軍兵を進ませ、見知らぬ土地にて軍をするは兵の士気も上がりまじく候。


 敵兵七万を号すと言えども恐るるに足らず、我五十五度の軍を行ひて、負けりは方人かたうど(味方)の虚(油断)による一度のみに候。


 加えて地の利は我にあり、万が一にも負けぬと思ひたり候。


 さて、もとより心に掛かりたるは、何とやら(どうやら)今の任は越中守殿にはいささか重しと存じ候。恐々謹言。


 四月一日 謙信 花押


 菊池右衛門尉殿


(※意訳※)


 一度も書面のやりとりはありませんが、右衛門尉殿の武勇は聞いています。


 昨年の戦争の後、我らと同じ考えを持っている味方と思っていましたが、このように残念な次第になっています。


 武門の誉れが高い右衛門尉殿ですから、どうやって家を存続させるか、いろいろと考え思案したと思います。


 ただ一つ思うのは、何故小佐々が勝つだろうと判断したのだろう、という事です。


 敵ははるか西の約785kmの彼方から幾日もかけて進軍して来ています。見知らぬ土地にて戦争するのは兵の士気も上がりにくいでしょう。


 敵は兵力を七万とうたっていますが、少しも恐れてはいません。私はこれまで五十五回戦争しましたが、負けたのは味方が油断した時の1回だけです。


 加えて地の利は我にあり、万が一にも負けぬと思っています。


 さて、話は変わりますが、以前から気になっていたのは、どうやら今の任務は越中守殿にはいささか重くはないか? と言う事です。


 なお、もし再びわれらに合力し、敵を破ったならば、婦負郡ねいぐん射水郡いみずぐんは右衛門尉殿にお任せしたいと思います。恐々謹言。


 四月一日 謙信 花押


 菊池右衛門尉殿





「殿、これは……」


「うむ、謙信公からの謀反の誘いであるな。謀反したそれがしに、さらなる謀反の誘いとは、然れど……」


「殿、迷ってはなりませぬ。ここで再び裏切って上杉についたとて、表裏比興の者との蔑みは避けられませぬぞ」


「心得ておる。わしの心はすでに決まっておるのじゃ」


 武勝は傍らにあった火鉢に謙信からの書状を入れ、証拠が残らぬように隠滅した。


 本人にその気がなくても、謀反の疑いがかけられるのだ。現代にも起こりえる事だが、ここでは生死に関わる。





 ■大名軍 守山城主 神保氏張 陣中


「申し上げます! 曲者が持ちけり文を奪いましてございます!」


「何! ? 持って参れ!」


 早朝からの軍議が終わり、陣に戻ってきていた神保氏張に近習が伝えてきた。


「見せよ!」


「はは!」





「なんじゃこれは! 思い上がりも甚だしい! おのれ武勝め! このわしを差し置いて守護代だと!」


 書状には、以下の事が書かれてあった。


 ・言いつけ通り謀反のふりをして参陣しています。

 ・合図がありましたら内より敵を混乱させてみせます。

 ・成功した暁には、かねてよりのお約束通り、氏張、長住を排して、自分を越中の守護代へお願いします。


 神保氏張が激高するのは無理もなかった。自分はもとより、その上の立場である神保宗家の長住をも排しての守護代である。


「こは(これは)、明らかなる謀反である。すぐにでも道雪どのに伝えなければ!」


「申し上げます!」


「なんじゃ!」


 急いで道雪のもとに証拠の書状をもって行きたかった氏張であったが、近習に呼び止められた。


「その……次郎三郎様の遣いと仰せの方がお見えにございます!」


「何い! ? 次郎三郎? ……(どの次郎三郎じゃ?)良い、通すでない。次郎三郎とは、いずこの次郎三郎とは申さなかったのか?」


「はい、名前だけ告げればお分かりになると仰せでした」


「やはり良い。追い返せ」


(どこの者かも名乗らぬ者に会ってたまるか)


「はは!」





「殿……」


「何じゃ?」


「御使者殿はすでに帰った様子にございました。そしてこれを殿にと……」





 なおなお もし再びわれらに合力し、敵を打ち破りしみぎり(時)には、力なき越中守に代りて、守護代の任をお願いしたく存じ候。


 申し入る事久しきと思ひ候へども、いささかも安芸守殿の信義を疑いき事なきに候。


 安芸守殿におかれては信義に篤く、約を違える事のなきお方と思ひき候へども、此度こたびの仕儀をかんがみるに、極めて恨めしく思ひ候。


(※意訳※)


 文を交わすのは久しぶりだと思いますが、少しも安芸守殿の信義を疑った事はありません。


 安芸守殿は信義に篤く、約束を破る事はない人だと思ってはいましたが、今の状況は極めて残念です。


 なお、もし再び我らに協力して敵を破ったなら、実力のない越中守(神保長住)に代えて、守護代をお願いしたいと思います。


 ~中略~


 四月一日 謙信 花押


 神保安芸守殿





 内容は菊池武勝に送られたものと、ほぼ同じであった。


「……」


 氏張も武勝と同様に証拠を隠滅したが、心の内は完全に同じではなかった。


 



 ■第三師団、陸路にて北信濃の平倉城へ 4/5着予定。

 ■第二師団、吉城郡塩屋城下。

 ■杉浦玄任、井波城着。

 ■大名軍、守山城にて着到待ち、軍議終了。

 ■城生城別働隊、喜右衛門。 行軍中24km(54.5km)

 ■謙信、増山城で待機中。

 ■第四艦隊、敵を発見。

 ■(秘)移動中

 ■(秘)移動中

 ■(秘)移動中

 ■(秘)移動中

 

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