第514話 第二次蒸気機関革命 人類にとっては偉大な一歩だ! 秀政と十益新右衛門(トーマス・ニューコメン)

 天正元年(元亀三年・1572年) 三月十日 肥前国彼杵郡鳥加そのぎぐんとりか村 大串鉱山


 技術者で科学技術省大臣の太田和政藤の息子で、小佐々純正の従兄弟でもある太田和秀政は、肥前国彼杵郡の鳥加村にある大串金山で、新たな取り組みをしていた。


 大串金山は銀も産出しているが、純正が領有する前、もっと前の小佐々の家督を継ぐ前から、隠し金山として先代の小佐々純勝が運営していたのだ。


 当時は大村純忠の所領と境を接しており、そのせいで純正が家督を継いだ後に、権益の問題でトラブルがあった。


 その問題は図らずも武力による衝突で解決したのだが、その鉱山において新たな問題が発生している。


 1つは空気、もう1つは水である。


 大串金山にかかわらず領内各鉱山で同様の事案が発生していたが、それは露天掘りから坑道掘りへと移行していた鉱山全てであった。


 小佐々領になる前から採掘していた鉱山は、ほとんどである。


 しかしそのうち、1つ目の空気の循環についてはある程度解決の目処がついている。


 板踏み式や唐箕とうみをつかった送風設備と、溝を板で塞いで粘土で隙間を埋めた通排気口で循環させたのだ。


 これによって坑夫の酸欠問題は解決された。


 残る問題は湧き出てくる地下水の排水であったが、当初は手動のポンプを使って対処をしていた。


 しかし、7年前に父である忠右衛門が製作したポンプでは、大気圧の関係で地下10mまでしか排水できなかったのだ。


 そのため秀政は、3年前に自身が開発した蒸気機関を利用して、なんとか排水が出来ないかと開発研究を行っていた。


 同じく第2回遣欧使節でヨーロッパに留学した十益新右衛門とともに、その開発に余念がない。


 前回の機関とは全く違う構造のものを作り、工夫と改善を加えてもなお、多くの問題があったのだ。


 新右衛門は秀政と同じく工学と物理学、そして数学を専攻していたが、特に秀政が開発した蒸気機関に関心があり、共同研究者として機関の運転や保守を手伝っていた。





 ■大串金山 廃坑 蒸気機関実験場


 秀政と新右衛門は水没した廃坑の深部、といっても10mより少し深いところであるが、そこに設置した蒸気機関の点検をしていた。


 秀政は、貯水槽にかける冷水の量を調整するレバーを操作している。新右衛門はボイラーの状態を見ながら、秀政に報告をするのだ。


 ①補助ボイラを満水にし、主ボイラーに全体の3分の2の水を入れて、加熱して蒸気を発生させる。


 ②レバー・甲を操作して貯水槽・甲に蒸気を送り、中の空気をすべて追い出す。


 吐出し弁・甲が音を立てて排水管が熱を持てば、空気が追い出されたことが分かる。


 ③レバー・甲を切り替えて、蒸気を貯水槽・乙に送って、同じように空気を排出する。


 その間に冷却水槽から伸びている蛇口管・甲のレバーを操作して、貯水槽・甲に冷水をかけて蒸気を凝縮する。


 それにより下部の吸い込み管から水が吸い上がり、貯水槽・甲を満たす。


 ④貯水槽が冷えるので注水された事がわかる。


 レバー・甲を操作して、貯水槽・甲に蒸気を送り、中の水を蒸気で排水管へ押し上げる。


 時間を要するが、やがて水よりも蒸気が勝って、貯水槽表面が乾いて熱くなり、水が排出されたことが分かる。


 ⑤この間、蛇口管のレバーを操作して、他方の貯水槽に冷水をかける。


 これを両方の貯水槽で繰り返せば、滑らかに水をくみ上げることができる。(貯水槽・乙でも甲と同じ手順を行う)


「主機の水面が下がって参りました。補助ボイラーからの給水を要します」


 主ボイラーと補助ボイラーには長短2本の管甲・乙を組み合わせた水面計がある。それを見ていた新右衛門が叫ぶ。


「合点! 連結弁を切り替える」


 新右衛門からの報告を受けて秀政が、弁を操作して補助ボイラーから温水を主機ボイラーに注入する。


「水面が上がってきた。いい感じだ」


 減っていた熱水が徐々に増えていく。


「よし。貯水槽・甲の状況はどうだ?」


 秀政が新右衛門に次々に指示をだす。そして順調に揚水されているようだ。


「合点! 貯水槽・甲は……し(まずい)! !」


「いかがした?」


 秀政が新右衛門に尋ねる。


「貯水槽・甲の蒸気圧が高すぎるようです! このままでは配水管が破裂します!」


「なに! ? すぐにレバーを操作して、蒸気を乙に送れ!」


「すでにしております! 然れど! ……すでに乙もひとはた(満杯)にございます!」


「くそっ! これはし(まずい)! ボイラーの火を消せ!」


「合点! 然れど火を消しても、蒸気はすぐには冷めませぬぞ!」


「分きたる(わかっている)! 冷水をかけろ!」


「合点! ……これは! 損ねて(壊れて)おります! 水が、わずかしか出ませぬ!」


「……このままでは、機関がぜるやもしれぬ!」


 秀政は状況の深刻さを感じて叫ぶ。


「これよりは危のうございます! 逃げるより他ありませぬ!」


「然れど、機関を放ってはおけぬ!」


「ではいかがなさるおつもりか! 死ぬるのですか!」


「……」


 秀政は考え込んだ。残り時間はわずかである。


 導火線のような目に見える期限があるわけではない。1時間持つかもしれないが、5分後に破裂するかもしれないのだ。


 秀政の頭のなかには機関の設計図がたたき込まれている。


 その構造と原理を頭に浮かべ、問題点を浮き彫りにし、爆発を防いで機関もそのままの状態で残す方法を考え出す。


 ……。


「新右衛門! 聞いてくれ。救う方法を思いついた」


「誠にございますか! 説明はようございます! いかがいたすのですか?」


 一分一秒を争うのだ。原理がどうこう言っている場合ではない。


「まず、地下水の注水管と排水管の逆止弁を外すのだ!」


「合点! ……外しました!」


「よし! 次に注水管と排水管をつなげるのだ!」


「合点!」


 新右衛門は補修用の苧麻ちょまと亜麻でつくられたホースを破いてつなぎ、紐で固く縛った。


「次はいかがしますか! ?」


「よし、レバー・甲で蒸気を止めろ!」


「合点!」


「よし! 最後にボイラの安全弁を開けて、蒸気を外に出せ!」


「合点!」


 ……。





 2人はかろうじて、奇跡的に爆発を食い止める事が出来た。しかし多くの問題点と改善点が浮き彫りとなったのだ。


 ①高圧の蒸気が必要だが、継ぎ手がその高圧蒸気に耐えられず、爆発の危険性もある。


 ②蒸気の圧力不足のため、ポンプはくみ上げる水位面より約9.1m以上の高い位置に設置することができない。


 ③ポンプ一体型の蒸気機関のため深い位置に設置する必要があり、さらに故障時には水没してしまい、その都度回収して修復作業が必要である。


 ④高圧にさえできれば、ポンプから地表までの高さには理論上の制限はない。


 しかし安全性に問題があるため、それ以上の深さの坑道では、数台を直列につなぐ方が好ましい。


 ⑤蒸気が貯水槽に入るたびに、汲み上げた水と貯水槽の加熱のために、熱の大半が失われる。(熱効率が悪い)





 高圧に耐えうる蒸気機関を製造するためには、より高品質の鉄を精製、鋳造する技術を待たなければならなかったのだ。


 とはいっても、まったく役に立たなかった訳では、もちろんない。


 今回の秀政の蒸気機関は連続的に蒸気を発生させ、運動力に変えるという部分においては、3年前のシリンダー型の物より優れていたが、欠点も多かった。


 しかし、地下ではなく、海上や地上で動かすのであれば、そこまで高圧に耐える必要もない。


 事実、噴水への水の供給や部分的な家庭用水の供給などは可能であった。


 また、水車と併用することで効果的に揚水することもできたのだ。


 そして驚くべき事に、極めて限定的で、低速・短距離ではあるが、水上で船舶を駆動させる事に成功した。


 この事実は後日純正を驚かせ、また純正のヒラメキでさらなる革命を起こす事になる。

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