第459話 ポルトガル東インド艦隊から見るイスパニアの野望と小佐々軍の奮闘
遡って元亀二年 四月二十五日 マカオ
「何い? 小佐々艦隊がイスパニアの艦隊を破っただと? 誤報ではなかろうな?」
「は、間違いございません! また、ミゲル・ロペス・デ・レガスピ総司令官は戦死との事」
「なんと!」
マカオのポルトガル商館の近くに設置しているポルトガル東インド派遣艦隊の司令部で、司令官フランシスコ・デ・アルメイダと副官のバルトロメウ・ディアスは、スペイン艦隊敗北の報せを受けた。
「司令官が戦死とは……。しかも、11隻のうち1隻が撃沈でその他すべてが拿捕とはな」
フランシスコは驚愕して、報告書を手に持ったまま中空を眺めてつぶやく。
「さらに、陸上戦力もマニラの要塞を攻略できず敗退したようです。提督の予想以上の結果になりましたね」
「うむ、しかしこれほどとは」
損害甚大とは言え、世界に冠たるスペインの艦隊を退けたのだ。自らの教え子達がやってのけた偉業に身震いした。
「確か、小佐々艦隊の総司令官はギダユウでしたな」
「ああ、そうだそうだ。あのやんちゃ坊主、というには年を取りすぎていたが、あの貪欲さには頭が下がった。確か国王のダンジョウダイヒツ様より、ああ、いまはコノエノチュウジョウ様だったか。年上だろう?」
二人は日本での滞在も長く、二度訪日した事もあって日本文化をある程度理解していた。そのため名前を呼ぶ時に通称(純正の場合幼名は武若丸、元服して平九郎)を使う事も知っている。
通称は親しい間柄や無位無官の場合に呼ぶ事、叙任されれば官職に就き、その官職名で呼ばれる事も理解していたのだ。
「そうですね。年の割に子供っぽいところがある生徒でした。懐かしい思い出です」
昔を思い出し懐かしがっているが、現実を直視しなくてはならない。
ポルトガルとスペインは、トルデシリャス条約とサラゴサ条約にて世界を二分する大国であるが、東インド(東南アジア・オセアニア・東アジア)においては紛争もあった。
スペインの前国王であったカルロス一世が1529年にサラゴサ条約を結んだが、それには採算の合わないモルッカ諸島進出をあきらめたという背景があったからだ。
ヌエバ・エスパーニャ(メキシコ)の西岸からモルッカ諸島へ行った場合、東風の貿易風に逆らって来た航路を戻らなければならず、非常に難しい。
スペインはアフリカやインドに中継地となる根拠地を持っていない。大航海時代においてポルトガルは東へ、スペインは西へと航路を開拓していったのだから当然である。
そこでカルロス一世は、議会の反対を押し切ってポルトガルと取引した。
35万ドゥカーデと引き換えにモルッカ諸島における権利を買い取り、同諸島の東297.5レグア(約1657.67km)の子午線を両国の植民地境界線としたのだ。
これがいわゆるサラゴサ条約で、東経133度付近が境界線であり、モルッカ諸島はポルトガルの支配下に入った。
また、フィリピンにおいてはマゼランが既に到達していたので、スペインは先取権を主張した。本来、境界線の西側のためポルトガルは反発しそうであるが、しなかったのだ。
スペインはヨーロッパでの戦争で財政が逼迫していたので、ポルトガルへの賠償金は出来れば支払わずに済ませたいと考えていた。
またポルトガルも、隣国であり大国であるスペインと戦争する訳にもいかない。それにフィリピンは香料や香辛料がとれないので、魅力がなかったのだ。
東南アジア、東アジアとの貿易に関してはポルトガルが先んじていたが、スペインは香料のためではなく、貿易の中継地としてのフィリピンを欲したのである。
「しかし、ガレオン船11隻が全滅となると、イスパニアにとってもかなりの痛手ではないでしょうか」
「そうなるな。イスパニアはビサヤのセブ島にサン・ペドロ要塞を築いて6年だが、マニラを狙うという事は、マニラの商業価値、貿易の根拠地としての利点を理解しての事だろう」
「そうですね。イスパニアは諦めるでしょうか」
「どうだろうな。大局的に見れば、犠牲を払ってでも獲りに来るであろう。しかし、膨大な戦費と建造費と、諸々の費用と引き換えにだ。今のイスパニアにその余力があるか、どうかだ」
「確かにそうですね。それに今回の敗戦で、ビサヤ人の首長たちも旗色を変えるのではありませんか? 必ず勝てると思って、略奪を期待して戦ったのです」
「そうだな。もう一度負ける様な事があれば、イスパニアは立ち直れまい。反乱が起きるかもしれん。それを踏まえて再度攻めるか、またはセブ島で根拠地を拡大し、明人や朝鮮人、日本人も含めた東インドの諸国と貿易できるようにするかだろう」
「できるでしょうか?」
「わからん。少なくともマニラを攻める事で、マニラにいた商人達のイスパニアに対する感情は最悪になったろう。ここはポルトガルとイスパニアは違う、と理解して貰わないとならん」
「そうですね。では、陛下には?」
「考えるまでもない。われらは軍人だ。事実をそのまま報告し、所見を述べれば良い。あとは命に従うのみ」
「かしこまりました。では情報を精査し、草案を作っておきます」
「うむ、頼んだ」
親愛なるセバスティアン一世陛下
陛下、私は神の恩寵と陛下の信任に心より感謝し、マカオより報告をいたします。
今日天が私たちに微笑み、そして私たちの友であり友好国である小佐々軍がフィリピンにおいて、イスパニアの艦隊に勝利した事を、喜ばしい心で報告いたします。
イスパニアのガレオン船11隻で編成された艦隊が、勇敢な小佐々軍によって撃沈、撃破され、その強大な力は砕かれました。
陛下、小佐々領の発展については前回の報告書のとおりですが、イスパニアとの関係は、わがポルトガル王国にとっても重要な意味を持っているかと存じます。
小佐々領はこれより、軍事、商業、そして学術の各分野で革新的な進展を遂げ、繁栄していくでしょう。
しかしイスパニアの進出は、われらポルトガル王国にとって脅威となっています。
条約に反してフィリピンの先取権を主張し、東インドの国々から品々を持ち帰る事による莫大な利益を目指しています。
今回の小佐々軍の勝利は、イスパニアの野望を打ち砕き、肥前王とわがポルトガル王国の友好関係をさらに強固にしました。
陛下、小佐々領との連携は、われらポルトガルが東方での立場を強化し、イスパニアの野望を制限する上で重要である事を進言いたします。
最後に、私は神と陛下に感謝し、そして今後も陛下の賢明な指導のもとで、東方の地で陛下の名のもとに奉仕することを誓います。
陛下の健康と長寿、そしてポルトガルの栄光と繁栄を心より祈っております。
東インド艦隊司令官 フランシスコ・デ・アルメイダ
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