第456話 不完全な信長包囲網
元亀二年 四月二十五日 因幡 鹿野城
発 純久 宛 近衛中将
秘メ 二俣城 危うし 天方城ヲハジメ 北遠江ノ 諸城 コトゴトク 落チリケリ サラニ 北条ノ 援軍アリテ 徳川 後詰メ ナラズ 一言坂ニテ 敗レリ 秘メ
三河の北東部と遠江の北部が武田の手に落ちている。
さらに、二俣城の救援が出来ず家康が一言坂で敗退した。信玄はわずか一月あまりで一国に相当する領地を得たのだ。
氏政の援軍も含め、信玄本隊と別動隊をあわせれば、四万に達する勢いである。
発 純久 宛 近衛中将
秘メ 松永弾正 三好左京大夫(義継) 蜂起セリ 弾正 急ギテ 筒井ヲ 攻メリ 大和ノ 平定ヲ 求メン 左京大夫 河内ノ 畠山ヲ 攻メリ 秘メ
上洛以降、信長に従っていた松永弾正が離反した。
三好義継も時を同じくして離反し、河内の畠山秋高を攻めている。松永弾正は三好三人衆との争いから信長に従っていたが、信玄の西上に伴い、敗戦の続く織田・徳川を劣勢とみて寝返ったのだ。
発 純久 宛 近衛中将
秘メ 伊賀 ナラビニ 甲賀ノ 透波衆 ソレゾレ 結ビテ 松永 三好ニ 与ス 根来衆 ナラビニ 雑賀ノ 太田党 織田ニ 与シ 左衛門督(畠山秋高)ヲ 助ク 秘メ
信長は越前攻めにあたり、全兵力を投入したわけではなかった。北伊勢の神戸三七郎(織田信孝)、そして南伊勢には北畠三助(織田信雄)を残していた。
しかしこの時点では二人ともまだ家督を相続しておらず、軍を動かして松永や義継を討つ事が出来なかったのだ。
伊勢を支配下に置くために神戸に信孝、北畠に信雄を養子に入れていたのだが、織田・徳川連合軍の劣勢をうけ、家中の反対勢力が息を吹き返しつつあった。
発 純久 宛 近衛中将
秘メ 乱 アレド 越前ノ 有リ樣 変ワリナク 兵数 ホボ 同ジウシテ 進ミテモ モドレバ 一向ニ カワリナシ 加賀ノ 一揆衆 越中ニ カカリテハ 謙信ヲ 引キトドメ 信玄ヲ タスク 秘メ
越前においては大野郡司の朝倉景鏡の謀反が発覚し、その景鏡が家臣に討たれてからは逃亡兵が相次いだものの、持ち直して浅井長政軍と一進一退の攻防を続けていた。
加賀の一向宗と言えば、朝倉とも因縁浅からぬ間柄ではあったが、石山本願寺の顕如の指令の下、越中にて謙信を牽制することに成功していた。
これがなされなければ信玄の西進がなかった、と言われるくらい重要な事である。
発 純久 宛 近衛中将
秘メ 武田 優勢ノ 報ヲ 幾度モ 受ケ 織田ニ仇ナス 者ドモ 勢ヰヅクニツレ 本願寺 ツヰニ 兵ヲ 挙ゲリ 公方樣 並ビテ 挙ゲザルトモ 各地ノ 蜂起ヲ 扇動ノ 模樣 秘メ
武田軍優勢の報告が続々と畿内に入ってくるにつれ、反信長の勢力は増加の一途をたどった。
本願寺は挙兵してどこかを攻める、という軍事行動はとらなかったが、仏敵の信長を打倒するという意思表示である。
延暦寺も同様である。焼き討ちはされていなかったが、長島の門徒を根切りにしたことで仏敵となったのだ。
史実の仏敵指定よりインパクトは弱いが、それでも信長は仏敵となったのである。
発 純久 宛 近衛中将
秘メ 大局ヲ ミルニ 長島ハ スデニ ナク 越前モ 浅井ガ 抑ヱケリ 西国スデニ 御屋形樣ノ 治ムルトコロ ナレバ 織田ニ 仇ナシタ トテ 敵フ 訳モナシ 然レドモ 信玄ノ力 恐ルベシ 拠所ト ナリテ 何ガ 起コルヤ 知ラズ 秘メ
純正は因幡入りした二日前に、美作の三浦氏の降伏と備前天神山城の開城、すなわち浦上宗景の降伏の報告を受けていた。
加えて純正は、山陽軍に対しても、殺さぬように厳命していたのだ。
南条と小鴨は十分の一程度に所領を減らしはしたが、代官として治める事を許した。美作の三浦や備前の浦上も、同じような処分にするつもりだ。
浦上は宇喜多よりはるかに家格は落ちてしまうが、仕方がない。
西日本の情勢と同時に、畿内の情勢も純久より随時送られてくる。純久には純正の所在と行動予定を送り、最短距離で連絡ができるようにしている。
それは純久の所在も同様である。
「ふむ、直茂……いや、直家、これをどう見る?」
いつもの癖で直茂を呼ぶが、謹慎中である。
「さようにございますな。それがしの見るところ、織田家を囲んで少しずつ弱らせていく算段なのでしょうが、やはり要となるのは信玄の動きにございましょう」
勝てる見込みがないと誰も動かない。
「されど、織田家を討ち滅ぼしたとて、その次はどうなりましょうや? 将軍の御代にはならず、そればかりか再び畿内は相争うところとなりましょう」
「そこよ」
純正は直家の言葉に相づちをうった。
「仏敵仏敵と叫びながら、結局は自らの私利私欲のために動いておる。真に太平の世を望んでおるなら、無理難題を言うてくるわけでもなければ、弾正忠殿に従っておれば良いのだ」
「さようにございますな」
「して、この後どうなるであろうか」
「は、されば不確かな証で論ずるのはいかがと存じますが、まずは大和でしょうな。筒井と松永は犬猿の仲なれば、織田家の助勢なくば、松永の優位に事が運びましょう」
「うむ」
「河内の三好は畠山を狙っておりますが、厳しいでしょう。根来と太田党が畠山に与しておりますし、和泉は織田の領国でございます。ただ、恐るるは伊勢にございます」
「伊勢?」
「は、これは弾正忠様が、どれほど両家の家中を手中に収めておられるかによりますが、長引けば反織田、織田憎しの輩が徒党を組んで家を分けるやもしれませぬ」
「ふむ、では最も悪しきは、伊勢が再び反織田になるやもしれぬ、と?」
「はい、されど御屋形様がお気を煩わせる事もございませぬでしょう。今のところは織田方が不利のように見えまするが、はじめからほころびのある囲いなのです。問題はないかと」
「うむ。信玄の動きは気になるところではあるが、弾正忠殿からは何も言ってこぬゆえな」
離反した武田高信の城である鹿野城近くに布陣し、降伏の使者を出した後に畿内の情勢について直家と純正が話していると、武田高信が家臣を連れて挨拶にきた。
武田高信は元春の甘言にのって、他と同じように謀反を起こしたのだ。
「近衛中将様におかれましては晩春の候、益々ご健勝の事とお喜び申し上げます。このたびはご尊顔を拝し奉り、この武田刑部少輔、恐悦至極にござります」
「うむ、それは良いが、お主はここで何をしておるのじゃ? おれは謀反を働いて山名を攻めている、武田刑部少輔を討ちにきたのだが」
「な! なにを仰せになりますか! 滅相もない。それがしに逆心など、微塵もございませぬ!」
なるほど、機を見るに敏な男のようだ。謀反を起こし、所領拡大のために兵を進めたはいいものの、どこからか元春が謀って南条が降伏した、もしくは周辺の状況を知ったのだろう。
「そうか、ならばこれはどうだ?」
純正は吉川元春と高信のやり取りを記した書状と、南条元続と交わした不可侵条約の書状を高信に見せた。
「な! こ、これは、偽物にございます! どうか、お信じくださいますよう! お願い申し上げます!」
純正はため息をついた。
「信じられる訳がなかろう。殺しはせぬ、所領はかなり減るが、それでよければ家も残してやる。話はそれだけじゃ」
純正はなおも食い下がってくる高信を突き放し、抑えの兵を残して陣払いを命じた。
これで山陰方面は掃討した訳だが、ついでなので因幡但馬の山名領を検分し、南下して播磨へ入る事としたのであった。
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