第450話 雑賀党と太田党、そして西国では嵐の前の静けさ
元亀二年 三月二十一日 京都大使館
「さて、まったく変なやつだと昔から思っていたが、その変わったやつが、ここまで家中を大きくしたのだからな。こたびの差配も、考えたら的を得ている」
小佐々治部少丞純久は、純正の書状をみながら、つぶやく。
信玄の西進情報と織田徳川の情勢、義昭の動きと畿内諸大名の動向を純正に送っていた純久だが、その都度必要な指示は純正から送られてきていたのだ。
発 近衛中将 宛 純久
秘メ 信玄ノ 西進ヲ 鑑ミ 紀伊 雜賀衆ノウチ 中郷 宮郷 南郷ノ 大田党ヲ 調略セシメ モツテ 本願寺 ナラビニ 十ヶ郷 雑賀荘ノ 雑賀衆ヲ 引キ止メ 欺カントセヨ アワセテ 南紀伊ノ 国人衆ヲ 調略スベシ 秘メ
そこで純久は、下記の文面で書状を送って調略を試みた。
太田三太夫殿(太田定久)
拝啓 春暖の候、貴殿におかれましてはますますご健勝の由、拝察いたし候。
さて、先般公方様将軍宣下の後、はや三年の月日がたちて候。
その間三好、本願寺、延暦寺、朝倉、六角等々、天下静謐を乱さんとする輩現れども、織田弾正忠殿の武威によりて鎮められ候。
しかして今般、再び畿内の大乱を目論む輩現れ出て候。
賢明なる三太夫殿におかれては、ご判断誤りなきよう、お願い申し上げ候。
さらに雑賀では鯛、鯨、海鼠(ナマコ)、赤貝、蟹爪などが海の名産と聞こえ候へども、同じく伊勢産にも良き産物ありて候。
良き品を同じ値にて、また同じ品を安き値にてそろえるは悪しきにあらざる事と存じ候。
伊勢の北畠三介殿(織田信雄)とわれとは昵懇の仲にて、三太夫殿との間取り持ちて、便宜を図ることあたうと存じ候。
これより後、貴殿ならびに宮郷の皆様方と、懇意にいたしたく存じ候。
敬具
小佐々治部少丞
信雄とは実際は親しくはない。しかし、信長とは親しいのだ。同じ様なものだ。
雑賀衆は五つの地域にわかれている。
海沿いの十ヶ郷、雑賀の荘の人々を雑賀党と呼び、山側の宮郷、中郷、南郷の人々を太田党と呼んで時に対立し時に共生していたのだ。
雑賀党の領地は砂地が多く農作には適していなかったが、漁業や交易において栄えていた。対して太田党の領地は農作に適しており、農業を主体としていたのだ。
これは宮郷を本拠地とする太田家当主の太田定久に送った書状だが、同様に南郷の稲井蔵之丞と岡本弥助、中郷の岡崎三郎太夫と湯橋家にも送っている。
あわせて純久は、南紀伊の国人衆にも書状を出して調略を進めたのだ。
紀伊国は信長に臣従している守護の畠山氏がいたものの、すでに形骸化しており、各地で国人勢力が乱立して、紀伊一国を完全に統治することはできていなかった。
したがってそれ以外の堀内や湯川などの中小国人にも、調略の手を伸ばしたのである。
■諫早城
「申し上げます! 吉川駿河守(元春)殿、ご謀反! 兵一万五千を率いて尼子の月山富田城へ向け、進軍中の由にございます!」
「なにい! 真か! 偽の報せではあるまいな?」
直茂が叫ぶ。
「は、間違いございませぬ。あわせて播磨の赤松、備前の浦上、旧支配下の国人を糾合して兵を挙げてございます! 山陰においては武田、南条が合力し、因幡の山名勢の城を攻める模様にございます」
一気に緊迫感に支配された会議室であったが、一息おいて純正が話しだした。
「案ずるな。このような時のために備えをしてきたのであろう。陸海軍は、はじめに示した通り動け。俺も出陣する!」
■陸軍第一師団(各旅団6,000名)
・第一旅団 諫早防衛
・第二旅団 美保関方面(山陰方面)
・第三旅団 豊後高田湊より周防へ渡海、第三、第四師団と合流(山陽方面)
■第二師団(各旅団6,000名)
門司港より周防へ渡海後、第一師団と合流し吉田郡山城へ(山陰方面)
■第三師団(各旅団6,000名)
・第一旅団 讃岐聖通寺より備前児島へ渡海(山陽方面)
・第二旅団 京都増援
・第三旅団 独立大使館派遣旅団 第二旅団とともに京都防衛
■第四師団(各旅団6,000名)
・第一旅団 伊予来島城にて渡海、能島、因島をへて備後一条山城へ(山陽方面)
・第二旅団 同上(山陽方面)
・第三旅団 南方戦線
山陰方面軍は合計二万四千、山陽方面も合計二万四千で同数である。
京都防衛は一万二千の兵力となった。山陰方面軍は純正が指揮をとり、山陽方面軍は第一師団長である小田鎮光少将がとる。
前回の合同会談で、純正は元春に対しての根回しというか、事前協議なく進めた事を気にしていた。結果そうするとしても、やはり前もっての事前協議や通達は必要だったかもしれない。
さらに、以前に代表として小早川隆景と話して決めた条件、これにも当然元春は無理やり納得させられたのだろう。
そして嫌々出席した会議での追加の条件である。一同騒然となり、一戦も辞さずというところまでいった。
結局事なきを得て、元春は謝罪したものの、その後も不穏な動きが相次いだ。兵力で考えても、戦略で考えても、負ける要素が圧倒的に少ない、ほぼない戦である。
将軍の御教書なり、御内書があったとしても、それが何になるのだろう? 確かに権威はあるが、地に落ちている。純正はいい加減、室町御所でのやり取りで嫌気がさしていたのだ。
おそらく、間違いなく元春が裏で糸を引いている。
しかし、だとしても勝算あっての挙兵なのだろうか。確かに織田家は危機的状況と言える。ただし、絶対ではない。
さらに、畿内は反織田に傾くとしても、反小佐々ではない。仮に、仮に阿波の三好が裏切ったとしても、阿波侵攻以前の状態に戻るだけである。
伊予と土佐の兵であたり、九州兵を四国へ渡海させれば問題ない。
なぜだ? そんなに俺に従うのが気に食わないのだろうか? 純正は考えた。
そうして自ら指揮をとる事を決め、戦のあと、生け捕りにした元春の顔を見て、なんで謀反を起こしたのか、聞こうと考えたのであった。
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