第433話 変革の時
元亀元年 十一月二十二日 伊予 湯築城
元親は純正の発言の意図が理解できない。
「それは一体、どう言うことなのでしょうか?」
「言葉通りの意味である。宇喜多殿とは使者を通じて、服属したいとの旨を承っており、了承したのだ。その際、この毛利家との四分六の同盟を結んだ事や会議の話をした」
元親はきょとんとしている。
「それが宇喜多殿のけじめという事なのだろう。どうする? 受けないのか?」
「いえ、そのような事は決して」
「無論、この件には毛利家は関わっておらぬ。話も通しておるし、問題はない。それから、他に要望はあろうか?」
「……」
元親は黙っている。
「やはり、宇喜多殿の首か? しかし、首を取ったとて新たな恨みを生むだけぞ」
元親もわかっているようだ。わかってはいるが、気持ちのやり場と解決策が見つからないのだ。
「それがしの、隠居でいかがかな?」
「!」
元親は耳を疑った。直家が隠居するだと?
それも自分から言い出したのだ。その場にいる全員が驚いていたが、純正も直家が自分から言い出すとは思っていなかった。
隠居をして家督を息子に譲っても、実権を握り続けた者はいた。いわゆる二頭政治で、イメージで言えば江戸幕府でいう家康と秀忠のようなものだ。
毛利元就も、北条氏康もそうであった。
しかし直家のそれは二頭政治ではない。完全なる隠居を意味していた。隠居とは、政治の実権を息子あるいは近親者に渡し、退くことだ。
もちろん、平和裏になされる隠居ばかりではない。しばしば戦後処理や政治介入により、他大名によって無理やり隠居させられる事も多かったのだ。
「宇喜多殿、これはいったい? よろしいのか?」
先だって行われた宇喜多家臣の戸川秀安との会談では、小佐々への恭順の意を示したものの、直家の隠居に関しては言及しなかった。
もちろん家臣の一存で決められる事ではない。その後協議されたのだろうか? しかし後ろの秀安は驚いた顔をしている。
「良いのです。それがしの隠居で、全てではなくとも修理進殿のわだかまりがとけ、両家に和議がなされれば祝着」
純正の直家に対する印象が変わりつつあった。
何か企んでいるのか? それとも本当に改心した? もともとの性格なのであろうか。いずれにしても渡りに船であった。
周囲の大名の中には、出来レースによる芝居では? と勘ぐる者もいた。しかし、芝居だろうが何だろうが、直家が隠居をすることに変わりはない。
こうなれば元親は、了承する他なかった。
もとより、毛利をもねじ伏せた超大国小佐々の当主、純正が仕切る会談である。本来であれば異議を申すどころか、一方的に調停がなされて終わりだろう。
児島郡の旧領? が返還される件は、数年前に讃岐守護の細川氏から奪った土地であるから、返還とも割譲ともいえない条件である。
もともとの讃岐守護である細川氏は、すでに没落して久しい。
当事者として本太城(上記旧領の本城)争奪戦に加わった三好は分裂し、阿波三好は純正の支配下であった。
しかし今後は誰にも奪われないお墨付きを得たのだ。それに仇敵である直家が隠居する。宇喜多の影響力は間違いなく落ち、周辺へ侵攻する事もなくなるだろう。
いずれにしても純正の理想が達成されれば、戦はなくなる。そのため直家や宇喜多の影響力に関係なく、お互いに侵略する事はないのだ。
そんな中、直家の隠居は、事実上三村家にとって宇喜多が一方的に譲歩しているようにも見えた。宇喜多にとって得るものがないのだ。
しかし、それは直家も十分承知の上である。宇喜多の譲歩なくして、この会合は成り立たないのだ。
「修理進殿、宇喜多殿はこう言っているが、よろしいか」
「……はい。異存はございませぬ。こたびは機会を与えていただき、ありがたく存じまする」
「なんの、気にすることはない。さあ、みなさん。一区切りついたところで、本日は終わりといたしましょう。夕餉の準備もありますゆえ、お部屋でお休みください」
湯築城は増改築がなされ、来賓用の宿舎も建てられている。
城下町は古くからある温泉街で、もともと栄えてはいたが小佐々文化の流入でさらに栄え、人口も増えていたのだ。
大名に一部屋、副使(家老の2名程度)に一部屋、使用人用に複数人が泊まれる部屋を用意している。そのすべてに時計があったが、これは会談を見越して純正が肥前から運ばせたものだ。
壁掛けの振り子時計や小型の時計が発明され、生産されているとはいえ、まだまだ数が少なかった。海軍と陸軍、それから主要政庁に優先的に設置されている。
その時計が、急いでつくらせたのだろうか。全ての部屋にある。
小佐々勢力下の大友、河野は慣れているのか驚きもしない。時計は一般的にまだ高級品であったが、それでも何度も見たことはあるし、政庁に設置してある。
三好は服属間もないので少々驚いていたが、それでも他の大名に比べれば、驚きは少ない。
その南蛮式の部屋にある全てのものが西国諸侯を驚かせたが、純正が促した酉三つ刻(1800)の夕食に、遅れる者はいなかった。
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