第382話 永禄十二年 十二月一日 庄内の乱、東郷の乱。

 永禄十二年 十二月一日 巳の一つ刻(0900)薩摩


 薩州島津家当主、※島津義虎が動いた。


 南下して、二十年も抗争を続けてきた東郷氏の旧領を攻めたのだ。


 東郷氏は渋谷一族の分家で、祁答院氏や入来院氏とともに島津家と戦ってきたが、すでにすべて島津に降り、本領安堵となっていた。


 小佐々の仕置きにおいては、東郷氏は銭での俸禄を望み、三千貫の俸禄を得る予定であった。斧淵村、鳥丸村、宍野村、藤川村、山田村、南瀬村の東郷の地は小佐々の直轄地となっている。


 斧淵村の鶴ヶ丘城は東郷家の城で、そこを今までどおり使い、家族や家臣とともに住んで、代官として治める事になっていたのだ。


「申し上げます! 薩州の兵、こちらに向かっております、数は二千」


「おのれ義虎め、二十年にわたって争ってきたが、愚か者め、時勢が読めぬのか!」


 報せを受けた東郷重尚は、ただちに迎撃の準備をした。


 同時に内城の島津義久への救援要請に向かったが、すぐに集まる守備兵は二百五十。かき集めても到底二千には足りない。


 野戦にしろ籠城にしろ、厳しい。


 島津義虎が東郷の地を攻めたのには理由があった。


 東進して大口城を攻める手もあったが、相良が南下して攻め取るであろうと考えたのだ。蜂起軍同士で争っても仕方がない。


 伊東は真幸院へ、肝付は伊地知と禰寝の旧領を攻めるであろう。


 北郷は西進して大隅に入り廻城を、佐多と頴娃は島津を南から圧迫し、加治木肝付は大隅の島津旧領を狙うであろう。


 そういう目算があって、勝ち味があるであろうと踏んでの侵攻である。


 ■十二月一日 申一つ刻(1500) 内城(鹿児島城)


「申し上げます! 島津義虎様、御謀反! 東郷の鶴ヶ丘城へ向けて進軍しております!」


 伝令からの報せに、四人は驚かなかった。


 義弘は真幸院の守りをやめ内城へ戻っており、朝から四人で、どうか義虎が背かないように願っていたのだ。


「義虎殿、なぜに、なぜに背いたのですか! あれほど言ったのに、まだ足りぬのですか」


 歳久は天を仰いでいる。内城での会見の後に声をかけ、いつでも相談に乗ると伝えていたのだ。


 事実、その後何度か相談にのっていた。残念であり、無念である。


「義弘よ、つらいと思うが、兵五千を率いて制圧に向かえ」


 はは、と答えた義弘であったが、内心は穏やかではない。


 島津軍の陣触れから出陣まで、さして時間はかからなかった。小佐々の調略とは知るよしもなかったが、一日に反乱の兆しあり、十分備えられたし、と指示がでていたのだ。


 ■十二月一日 巳の一つ刻(0900) 日向 都之城 ※北鄕時久


「ようし、出陣じゃ! 伊東と薩州島津で密約が交わされたであろうから、間違いない! 背後は安心じゃ。昨日の敵は今日の味方となろう! 廻城を落とすぞ!」


 廻城の守備兵は二百五十である。


 北鄕時久はここぞ勝負所とばかりに徴兵を行い、旧島津領、現在の小佐々直轄地である廻城へ、二千の兵をもって出陣したのである。


 ■十二月一日 酉三つ刻(1800) 日向 都於郡城(宮崎県西都市鹿野田)


「申し上げます! 都之城の北鄕時久、出陣! 大隅の廻城へ向かっている由にございます!」


 二十八日の評定より三日間、祐兵、祐青、宗並、宗昌の四人は食事と寝るとき以外は、評定の間に詰めていたのだ。


「やはり動いたか。相良と肝付の動きはどうだ?」


 祐青は宗並と宗昌へ聞くが、二人ともまだ情報を得ていない。


 仮に同時刻に相良や肝付が動いていたとしても、距離がある。相良の報せは人吉城からで二日の昼、肝付の動きは二日の夕刻である。


「この動きは弾正大弼様も察知しておられると思うが、どうしたものか。即座に鎮圧に向かうであろうが、いかんせん薩摩と大隅の様子がわからぬ」


「殿、修理亮様、ここは北鄕討伐に向かわれるがよろしいかと存じます」


 そう答えたのは山田宗昌である。


「先日の御屋形様からの書状、われらの仕置きは変わらず、との仰せでありました。御教書の真偽を問わず、幕府の命に従わなかった事を不問にするという寛大なご処置と存じます」


 祐青も祐兵も宗昌の意見に耳を傾ける。


「この上は、そのご恩に報いるべく、北鄕を討つのが上策と存じます」


「相良と、肝付の動きはわからずとも良いのか?」


「はい、万が一相良が挙兵するとして、向かうのは大口城が真幸院でございましょう。肝付は旧禰寝領か伊地知領にございます。これらはすべて、今は小佐々家の直轄地にございます」


「うむ、つまりは、われらにはしばらくは害がないと?」


「さようでございます。相良が攻め取るなら小佐々領であって、伊東領ではございませぬ」


 上座の二人がうなずく中、宗昌は続ける。


「しかして、仮に攻めたとして、相良は北肥後の国人と小佐々の兵が背に控えておりまする」


 ゆっくりと、はっきりと話を続ける。


「肝付においては、小佐々の新しく組まれた、新式の兵具を持つ分遣の艦隊が種子島に駐まっておりまする」


 宗昌には確信があるようだ。


「それゆえ、全軍を投じることは容易くなしと見受けます」


 対して向かいに座っている荒武宗並は、黙って聞いている。


「宗並は、どうじゃ」


「それがしの考えも、同じにございます。肝付は小佐々の強さを身にしみてわかっているでしょうし、相良にしても交易をし盟を結んでいながら、いまさら逆らいますまい」


 ただ、と宗並は続ける。


「念のため弾正大弼様に宛てて、寛大なる御処置への謝意と、北鄕の動静に対して兵を起こす旨、一筆記して送るが良いと存じまする。これにより、後の世に誤解を招くこともなかろうと思われまする」


「あいわかった。殿、いかがいたしましょうか」


「義兄上、よくわかりました。よきにはからってください」。





 拝啓 小佐々弾正大弼様


 こたびの御教書における我らの不始末に対し、罪を問わぬ上、所領もそのままとの御沙汰、誠に感謝の限りでございます。


 しかしてこの度、都之城の北鄕時久が謀反の動きを見せておりまする。


 これを討ち、ご恩に応えんと存じております。何卒、御容赦の程を賜りますよう、お願い申し上げます。


 敬具


 伊東民部大輔祐兵

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