第339話 肥薩戦争⑥旗艦金剛丸の薩摩制圧
十月九日 未四つ時(1430) 内城 旗艦 金剛丸 艦上
弁天波止の突撃部隊を粉砕した後、残りの新波止と祇園之洲台場を攻撃した。
……攻撃、したのだが、まったく反撃してこない。
おそらく、弁天波止台場の突撃隊に、なけなしの兵力をつぎ込んだのだろう。愚かな事だ。先の三つの砲台がどうなったのか、見ていなかったのだろうか。
艦長と艦隊司令の姉川惟安はデータ測定を行う。砲撃の精度を上げるために風向や風速、距離と仰角で飛距離と命中精度などがどうなるか、計算していた。
計測なので斉射などしない。一斉射したあとに反撃がなく、望遠鏡で敵兵の姿が確認できないので、計測に切り替えたのだ。
「もうよいか、惟安」
こちらの砲撃音しか聞こえない、まるで実戦ではなく演習のようである。そんな中純正は二人のやり取りを見ていたが、頃合いを見るかのように言った。
「はい、概ね取れました。本来は砲ごとに欲しいところですが、そうもいきません」
「うむ、では内城の攻撃にかかれ」
「はは」
二人は短い返事とともに行動に移した。その後純正は、自分のやることはもうないと考えたのか、賓客室へ向かった。砲撃音とともに船体が揺れる。
「ああそうだ。めんどくさかけん(面倒くさいから)、艦隊二つにわけて北東の海沿いの山城も消して」
内城は平城である。周りに遮蔽物もなく、着弾観測はやりやすい。北東600mに詰城の東福寺城があり、北1kmには清水城跡があった。
もともとの居城は東福寺城であったが、手狭になったため清水城に移ったようだ。その後内城ができた際に、清水城は廃城になった。つくりは簡素な屋形作りである。
惟安は二番艦の古鷹と汎用軍艦天龍、そして汎用キャラベルの白露、夕凪を分艦隊として北上させた。
汎用キャラベルは小型だが、新型のセーカー砲を搭載している。威力はカルバリン砲に劣るが飛距離で勝る。軽量なため小型船でも搭載可能なのだ。
本艦隊が砲撃を始めると、すぐに城の中の兵や武将、女子供が避難避行動を取っているのが見えた。惟安はなるべく城下町には着弾しないよう、内城だけを狙う。
避難民は東福寺城へ逃げ込んでいるが無意味だ。じきに分艦隊の砲撃にさらされる。瓦礫の山が一つから二つに増えるだけである。
攻撃に際して純正は何も言わなかったが、本艦隊と分艦隊で三斉射目が終わった頃に戻ってきた。
「良し、戻ろう。そろそろ限界だろう。敵地の真ん中に停泊するのは避けたいからな」。
純正は冷静に状況を分析している。
砲台西岸の砲台はほぼ無力化した。砲があっても扱う兵がいなければ、無用の長物である。それがわかっていたので純正は一時撤退を指示したのだ。
転舵反転し南下して、一路種子島に向かった。
明日は残りの砲台と、さらに内城と東福寺城を壊滅させる。
■十月十日 巳の四つ刻(1030) 薩摩 内城沖
前日、帰港した後、また負傷兵が出迎えてくれた。ねぎらいの言葉をかけ、明日は見送りはいいといったのに、また岸壁にいる。純正は苦笑いだ。
弾薬の補充と兵士の休息も十分にとった。気分を改めて卯の三つ刻(0600)に赤尾木の湊を出港した。前日同様いい風だ。
昨日の帰港はギリギリ間に合った。風が悪ければ屋久島どころか竹島か硫黄島で錨泊であった。寄港できるのと、錨泊では兵の士気が全く違う。
軍関係者以外に会って話すことができるのだから。
酒も少量なら許可をした。しかし出港の時刻は決めていたので、半刻前までに戻らない者は罰則が課せられた。士気は高い。問題なく全員帰艦した。
留学生組はもっと早かった。
出港し、現場に着いた艦隊は昨日同様ルーティンのような砲撃を続けた。砲台の破壊が目的ではなかったので、内城と東福寺城の破壊に重きをおいたのだ。
二斉射目が終わり三射目の準備をしていると、一隻の船が旗艦金剛丸へ近づいてきた。白旗を掲げている。刀は所持していたが、銃器は見当たらない。
身体検査の後、乗艦を許可した。
「島津修理大夫様が家臣、川田駿河守にございます。弾正大弼様におかれましては……」
「ながい、世辞もいらんし挨拶もいらん。弾正大弼じゃ。なんしよん(どうした?)」
純正は、どうでもいい事に俺の時間を割くな、とでも言いたげである。それともわざと尊大に振る舞っているのだろうか。
「は、されば、お願いの儀これあり、まかりこしました」
川田駿河守義朗は平伏したまま答える。
「そいで?」
「は、なにとぞ内城ならびに東福寺城への砲撃をおやめいただきますよう、お願いいたします」
純正はため息をつく。
「なんで? なんでやめないかんの?」
「されば城内には女子供もおりまする。なにとぞ慈悲の心をもって、お止めいただきますよう、伏してお願いいたします」
「なんか勘違いしとらん? そい(それ)は島津はおいたち(小佐々)に降伏するって事ばいいよっとや(事を言ってんのか)?」
それは……と、義朗は口ごもる。
「命の惜しかとやったら(命が惜しいなら)、どこんでん(どこにでも)逃げればよかたい(いいさ)。なんでおいたち(俺達)がやめないかんの(止めないといけないの)? 意味んわからん」
純正は面倒くさそうに立ち去ろうとする。
「なにとぞ、なにとぞ!」
義朗は食い下がり、平伏したままの状態で少しだけ顔を上げ、純正の足を掴みにかかる。
「無礼な!」
惟安が義朗を取り除こうとするが、純正が本当にダルそうになだめた。
「ああもう、くそんごとめんどくさかってな! (めちゃくちゃ面倒くさいな!)わかったけん(わかったから)、一刻(2時間)やる。そんうち(その間)に逃げろよ。あとは知らんぞ」。
ははあ! ありがたき幸せ! と義朗は平伏したまま後ずさり、額を床につけて叫んだ。
■十月十日 午三つ刻(1200) 大隅 中津川村(鹿児島県姶良郡湧水町)
「兄上、ここで小休止いたしませぬか。急ぐ必要はございませぬ」。
義弘が馬上から声をかける。
「そうだな。みなにも休息と食事をとらせよ」
休憩と食事をとったらまた出発するのだ、幕舎はつくらない。
そこらの草むらに簡易的に席をもうけ食事をとる。軍議、というわけではないが、それも含めた話題に笑顔が漏れる。
半刻とほど休憩をして、さあ出発しようかという時に、彼方から声が聞こえてきた。その声は次第に大きくなり、最後にはしっかりと聞こえた。
「申しあげます! 内城、東福寺城、海上から敵の攻撃を受けております! わが軍の砲台、ほぼ壊滅!」
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