第417話 浦上宗景の戦略と宇喜多直家の運命

 元亀元年 十月一日 諫早城





 発 純久 宛 総司令部


 秘メ 公方様 各地ノ大名へ 書状ヲ送レリ マタ 本願寺ヨリ 幕府ヘ 長島ノ戦 和睦ノ 調停 要請アリ ト 認ム。


 マタ 浅井ノ 軍勢ハ 丹後ヲ 順当二 制シテイル 模様 秘メ





 和睦だと? 純正はあきれた。


 しかし本願寺としては苦渋の選択なのだろう、とも思った。海上を封鎖され、陸は織田の領国を通らなければならないが、それも封鎖されている。


 しかも紀淡海峡は小佐々海軍が封鎖しているので、南回りでの補給も絶望的である。


 残るは和議しかないのだ。


 前回は長島の一揆で苦しんだとはいえ、信長陣営が明らかに優勢であった。仕切り直しのためだけの和議なので、刈り入れが終わるまでの短期間である。


 信長は呑まないだろう。それに和睦したところで、また本願寺に言われたら蜂起するはずだ。わかっていて和議をするなど、あり得ない。ましてや信長だ。


 義昭にしても、信長が呑むかどうかは考えているのだろうか? 少なくとも本願寺に対しては調停をした、という体は保てる。


 それに従わず面子を潰したら信長憎し、である。安請け合いをして和議がならなくても、良いと考えているのか?


 それならば義昭と信長の間には、相当な隔たりがあると見て良いだろう。


 信長にしても義昭の御内書乱発の件では相当イライラしているようだ。和議の成否にかかわらず、衝突は避けられないだろう。


 ■備前 天神山城


「して、どうであった?」


 宗景は、会談を終えた行雄に対して聞いた。


「は、先に受け取りし書状の通り、有り体に申せば、われらに降れ、と申しておりました」


 宗景は憮然としている。


「ふん、純正め、大国の驕りであろうか。さりとて無視もできぬ。どうしたものか……行雄、おぬしはどう思う?」


 舌打ちをし、扇子を叩きながら吐き捨てるように言う宗景に、行雄は答えた。会談後、自分なりに考えてきたことである。


「は、それでは、はばかりながら申し上げまする。この上は、降るより他はないかと存じます」


 行雄は覚悟を決めたように、まっすぐに宗景の目を見て話す。


「な、ずいぶんとはっきり申すのだな。それほどか」。


「はい、まず戦っても勝てませぬ。あれは日ノ本に二つとないものにございます」


「なんだ、あれ、とは?」


「軍船にございます。見たこともない大きさに、船縁にいくつもの大きな大砲、と呼んでいましたが、それが備えられ、左右に何十もの鉄砲が備え付けてあります」


 利三郎は論より証拠で、海軍に要請して、第二艦隊と第三艦隊を小豆島北岸の北浦の湊沖に停泊させていたのだ。


 あまりの事に絶句した行雄であったが、会談ではあえてふれずに平然を装った。


「なるほど、わしが見ておれば、同じように驚いたであろうか」


「は、おそらくは。近隣の漁民も集まり見物客が出るほどにて、それほどの大きさにございました」


 実際に小海城山城周囲には警備の兵が配置されていた。


 中には入れないようになっていたが、見たこともない大きさの船が何隻も沖に現れたので、見物客が絶えなかったのだ。


「ふむ、しかし、たかが一隻であろう? 一隻でなにができるというのだ?」


 宗景は少し小馬鹿にしたような表情をしている。


「殿、一隻ではありませぬ。そうですな……安宅船にして七百石積み、それが九隻。二千石積みが三隻。二千五百石積みが二隻、三千石積みが二隻、これほどの軍船が沖に泊まっておりました」


「!」


 宗景の扇子が止まった。


「それは、真か?」


「はい、真にございます。さらに信じられないことに、その玉は一里半ほどは飛ぶそうです」


 行雄はさらに続ける。宗景の眉間にしわが寄る。


「船に乗せているのは小型のものにて、陸で使う大砲はさらに大きなものもあるようです。われらが届かぬところより攻められ、近づくものは鉄砲で射殺され、たどり着けませぬ」


「ふむう、にわかには信じられぬが……。一戦も交えずに降るとなれば、相応の条件でなくばならぬ。それで、服属の条件はなんなのだ」


 宗景は愚鈍ではない。


 愚鈍であれば備前、美作、西播磨と勢力を拡げることなど出来なかったであろう。その宗景が真剣に考えている。降るか、降らざるべきか。


「それが……まずは、浦上の本領である十三万石はそのままでも良いと申しておりました。ただし近隣の国衆は小佐々に仕えるものとする、と」


 当然であろう。臣従していた国人は途端に自由になるのだ。浦上の影響下から、どうするかは自分で決めることができる。


 とは言っても、実際は浦上が小佐々に代わるだけの事だ。中小国人に選択の余地はない。家を守るにはより強力な力の庇護下に入るしかないのだ。


 そして、浦上に対する条件である本領安堵は、いわば最低条件である。


 本領が安堵されるという安心感があってこそ、従うのだ。知行が減るとわかっていて、戦わずに降る者はいない。


 そこに圧倒的な力の差があったとしても、屈辱以外のなにものでもない。


 そのため純正は戦う前には、必ず条件を提示する。恨みを持たれたままなら、後に謀反の種を残すからだ。


 しかしそれは同時に、宗景の動員兵力が半分以下になる事を意味している。


「今は、従うしかないか。時がくれば……あるいは」


「殿、降るうえは、よからぬ事を考えぬ方がよいかと。小佐々は大国、おいそれとは崩れませぬ」


「うむ……。しかし純正の本心はどうなのだ? 朝廷や幕府を引き合いに出しておったが、毛利と戦うつもりなのだろうか」


「それはわかりかねます。しかし、われらは毛利と争い、織田とも争った事は事実にござる。三方に敵を抱えては、いくら周辺の赤松や別所、山名と組んだところで勝ち味は薄うございます」


「そうであるな。この上はわれらに与するなと、触れ回っているやもしれぬ。いや、そう考えた方が良い。行雄よ、期限はあるのか」


 国の行く末を考える重要な案件であり、熟慮が必要なのは言うまでもない。


「は、利三郎殿いわく、急ぎはせぬと。しかし、年内に返事がもらえるとありがたい、と申しておりました」


「ふむ、そうか。で、あればじっくりと考えるとしよう。周辺の状況も見なければならぬな。国人衆にも小佐々の使者は行っておるであろうからの」。


「殿、では宇喜多はいかがなさいますか」


「降るとなれば、約定どおり切らねばなるまい。浦上がここまで大きくなったのは宇喜多の力によるところが大きいが、一度背いておるし、二度目三度目がないとは限らぬ」


 こうして宗景は、熟慮を重ねるが、宇喜多に関しては切り捨てる、という判断をしたのであった。

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